第二章 計画始動

第4話

≪太陽暦:三〇五六年 九月二十七日 一一:一六 廃殻西方部≫


「¨タイヨウ¨を撃ち落とす……兵器」

 少年――炉那の声色は猜疑に満ちていた。天上に浮かぶあの人造恒星を撃ち落とす、そう宣う少女に対して、剥き出しの懐疑心。

 少女――アルナは僅かに唇を噛んだのち、炉那へまっすぐに向き直る。

「ええ。月都でも見つかって間もない事実です。それ以前は逸脱機の中でも用途があまりに正体不明で、前文明の住居だとか宗教施設だとか――いずれにせよ、無用な代物と思われていました」

「そりゃ、廃殻でも同じだな。一番近い¨壊都かいと¨の奴らも近づきやしねえ、意味のわかんねえ¨亡霊塔¨ってそこそこ有名さ」

 ま、こいつは知らなかったらしいが、そう言って己を小突く手は振り払われる。

「おおう睨むなって。まぁお前はもうちょい雑学に興味を持てってこった。それで?」

「ええ。ですが近代になって、廃殻西部の遺跡から、千年宗家による探索により発見されたのです。¨大羿だいげい¨に関する前文明の記述を……百道さん」

 そう言ってアルナという少女は、目覚めた側近から耐熱ビニールシートの書類を受け取り、見せる。電子書類しか扱わないという月都の人間がわざわざ物理媒体を使用しているのは、¨タイヨウ¨から放射される電磁波対策なのだろう。

 見せられた書類の内容はほぼ全て前文明の言語と数式の羅列であるがために、炉那には99%も理解できなかった。だが1%だけは、理解できるものがある。

 黒色の鉄塔から放たれた何かが、日輪を射る図。

 所々に遺された曲線や弧を見るに、それはタイヨウから鉄塔までの距離や何かの速度を計算するための図なのだろう。つまり、この書き手――恐らくは大羿という逸脱機を造った技術者は本気で¨タイヨウ¨を撃ち落とす気でいたのだ。

 これには、冷淡な炉那も目を剥いた。脇では、蛮風が元々血色の悪い顔を尚蒼くしている。

「未だ不明な点が多く、如何なるメカニズムがあるか、把握しているわけではありません。ですが、近代から現代にかけての解読作業の果てに、これは確かにタイヨウを撃ち落とすための逸脱機ということはわかりました……その、お名前を伺っても?」

「ああ、俺は蛮風で、こいつは炉那だ」

「炉那さんは、その腕をどこで?」

 二人が顔を見合わせる。その後に蛮風は顔を逸らし、炉那が眉を顰めた。

「……俺の腕なら、故郷の集落の財宝だった。カミサマみたいに扱われてたそれを……色々合って、付けることになった」

 逸脱機は現文明では解明できない技術の結集。奇跡を起こしているのにも等しき代物だ、信仰の対象となるのはよく聞く話。だけど――一瞬、少年の言葉に苦渋めいた気色が混じったのは気のせいだろうか。

アルナは意識的にその話題を逸らす。

「逸脱機はその大半が使用不可能なまでに破壊されているのが多い中、貴方たちは扱えている。なぜですか……?」

「言っただろ。俺らは行商で遺跡漁り。逸脱機を見っけて売るのが生業。ガラクタいじりは得意なのさ。アンタらが思うほど、逸脱機なんて大したことねえんだぜ?」

 へらへらと笑う蛮風だが、それは並大抵なることではない。月都の科学者が一生を費やしてようやく稼働する逸脱機も存在するのだ。アルナは、はち切れそうなほどに切羽詰まった心地のまま言葉を吐いた。

「申し遅れました!私は第五十八代太陽官、北辰アルナ――¨タイヨウ¨を観測、管理、その対策する任を背負っている者です」

 炉那が蛮風に視線を向ける。養父にして師は静かに頷いた。月都には確かにそのような役割があるのだろう。

「ですが太陽官の仕事は今までタイヨウの観測データの整理のみでした。タイヨウをどうにかしようなどと、夢物語の話ですから……ですが太陽官の本来の仕事は、人類が¨タイヨウ¨への対抗手段を見つけるための役割だった。故に、私は」

 少しだけ、息を吸い込むと背を正し、いつか演説台でやったそれのように宣言する。

そうすると、確かに17ほどの娘でも少しだけ“らしく”見えた。

「大羿という対抗手段を得た今、タイヨウ¨を撃ち落とし、地表環境を人類好適環境に開発するプロジェクト、≪大羿計画だいげいけいかく≫を立ち上げたのです」

「……あんたが言い出しっぺなのか」

「ええ?でもおま、まだ16~17くらいのお嬢ちゃんじゃねーか。月都ってそんな年からでもお役人になれんのか?」

「……お飾りの役職、なんですよ。様々な権能を持つ割に、今までその存在は名前だけでしたから」

 月都の平等性の象徴。容姿端麗にして飛び級の才女。新世代からの斬新な抜擢―――――浮かんだ暗色の苦悩から逃れるように、少しだけかぶりを振った後、アルナは毅然と向き直り、突然頭を下げた。高慢な月都民から頭を下げられるのは、炉那は初めてだった。

「あなた達にも目的と生活があるのを承知でお願いします……どうかこの廃殻の案内人ガイドとして、計画に協力いただけませんか?」

 その声は張りつめていた。それは抑えきれぬ期待と希望であり、そしてこれを逸せば、大きく計画は大きく停滞するという不安と焦燥からなのだろう。

「為すことは多い。巨砲の解明は無論、稼働に必要な電力インフラも建設しなければならない。そのためには廃殻市民の協力は不可避。だけど私たちは貴方たちを知らなすぎる……逸脱機にも聡く、また廃殻での生き方を知っているあなた方は、これ以上なく頼れる存在なんです。計画は2~3年に跨ぐ長期間ですが、その間の生活の保障と報酬は確約します。だから」


「……この地表に、涼しい風が帰ってくるんです。どうか」


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