終話
《システムエラー プロセス[0009B5CA]終了します》
《リークエラー 該当関数にて規定以上のメモリ消費を確認》
《システムエラー プロセスの復帰エラー》
《EL MUNDOシステム 終了します》
* * *
「む? ……またか」
画面に表示されるエラーを確認し、少し投げやりに再起動をかける白衣の男性。
彼は、このラボを統括する研究者だ。
「外的プロセスからの関数をロードさせるのはダメか……一旦変換もかけたんだが、リークしやがった」
そう誰もいない部屋で毒づきながら、カップに残ったコーヒーをあおる。
そのまましばらくガチャガチャキーボードを叩いていたが、やはりうまくいかないのか諦めたように肘掛け椅子に体を預ける。
虚空を眺めながら、男性は考えていた。
このまま、この研究が終わらなければ……
現在彼が行っているのは国家的なプロジェクトだ。
先任の研究者はすでに引退し、その一番弟子といわれた彼が引き継いだ形なのである。
もちろん時には師匠でもある先任者が遊びに来ては、忠告やアドバイスをくれるのだが。
「何であのジジィとくっつくかね……人生っちゃ分かんねぇな……」
実は、先任者は別の研究室のトップと結婚したのだ。
お互い大概な年齢だったのだが、師匠は美魔女と呼ばれる存在、相手は相手でいい年して女の尻を追っかけるのが趣味な変態ジジィだ。
本当に訳が分からない。
「どうしたんです、ヴァイス教授?」
ちょうど彼の呟きが聞こえたのか、一人の白衣の青年が入ってくる。
「ん? おお、変態2号」
「酷いですね、流石にそれは問題ですよ」
「うるせぇ。あのジジィの後釜なんだ、そのあたりも引き継いでんだろ」
入ってきた青年は、彼の言う「変態ジジィ」の後任者なのだ。
そして彼も、同じく国家プロジェクトに参加している一人なのだ。
さて、彼が口にした名前。
そう、「ヴァイス教授」だ。
かつて、レジーナ・ブラックウッドに拾われた竜人の青年は、すでに三十代目前であり、先任者のレジーナに代わってこのラボのトップになったのだ。
ヴァイス・ブラックウッド。
それが彼の今の名前である。
「別に引き継いではいませんよ、僕はたまたまヴァイス教授を好きになったんです」
「やめろ! 俺にはそっちの気はないぞ、オスカー!」
ちょっと悪寒のしたヴァイスは椅子から飛びのく。
流石に同僚から尻を狙われるのは勘弁のようだ。
「ふふ、冗談です」
「お前のは冗談に聞こえん……」
オスカー・ベットナー。
そこはかとなく変態性を感じさせる奴である。
だが、仕事はできることで有名だ。それにイケメンなので、女性ファンも多い。
「しかし……相変わらず『
「……分かってたのか」
てっきりおちょくりに来たと思っていたが、案外そうでもないらしい……とヴァイスは感じた。
それは現在ヴァイスが所属するラボが開発しているシステムである。
これは、サーバ上に世界を構築し、シミュレーションを行いながら世界の事象に対する回避策、対応策を練るための基幹システムなのだ。
「ええ……これが出来上がれば、
「ふん、上層部の連中はどうせここ10年20年しか見てねぇよ。俺たちみたいに、50年後か、100年後かわからねぇ『
そう。二人が参加しているプロジェクト。
それは「世界崩壊の抑止、あるいは人類と文化の保存」である。
世界というものは一つではない。
誰が提唱したのか定かではないが、昔からまことしやかに囁かれていたもの。
だが、最近になってこれまでにない証拠が出てしまった。
それは「転移者」の存在である。
どこともわからない世界から飛んできた彼らは、魔法こそ知らなかったが、より科学的な部分を理解し、それを実用化できるほどの知識を持っていた。
その彼らによって認識できた「地球」という世界。
構造や、知識を聞く限り、非常に自分たちと似通りつつも異なる世界だった。
そして、その地球とやらより魔術に恵まれるこの世界で、様々な検証や観測が行われたことで、とんでもない発見がされたのである。
それが、数多くの世界が存在すること。
そして、今自分たちがいる世界の崩壊の可能性である。
世界には様々な人間が存在し、様々な行動をしている。
そして、それを許容するキャパシティも定められている。
時たまにキャパシティの限界に近づくと、災害や文明のリセット、戦争などが発生して所謂クリーンアップが入るのだ。
だが、どうも自分たちがいる世界はそれが起きない。
いや、起きないわけではないのだが、クリーンアップをしてもすぐにまた限界に到達してしまう。
そのため所謂自浄作用が働かず、いずれは世界が崩壊する、と言われているのだ。
その状況をシミュレーションし、対応策を練るための手段――それが
だが、その開発も完全にはクリアできていない。
なぜ世界を跨がせるのか。
それは世界を跨ぐという動作は、大きなエネルギーを発生させるからだ。
それだけのエネルギーを持つ存在を、崩壊に向かう世界に呼び込み、世界を安定させる。
もちろん、そのままエネルギーを送っては世界の崩壊を誘発するため、エネルギーを持たせつつも制御下に置いた状態で跨がせるのだ。
だが、それはうまくいかない。
跨いでエネルギーを保持させることはできる。
その後しばらくすると――おおむね数年で――その世界が強制停止になるのだ。
これが非常に厄介なことだった。
理論はできているのに、それを実行しては結果が恐ろしい。
そして、いまだそれを現実化させることも難しいのだ。
「くそっ、何とかしねぇと……」
「うーん、難しいですね……」
二人そろって唸る。
すると、またラボのドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「ヴァイス」
「……クリスか」
「どう?」
「分かってんだろ?」
「ふふっ、そうね」
彼女も白衣を纏い、紅の髪をたなびかせながら笑う。
彼女はクリスティア・ナタリア・サクリフィアス。
彼女も研究者であり、同じプロジェクトに参加する女傑だ。
そして、ヴァイスの恋人。
お互い阿吽の呼吸で話し、動きもお互いを邪魔することなく。
本当にお似合いのカップルであった。
「そういえば……また新しく『転移者』が確認されたらしいわ」
「またか……日増しになっているな」
「これも、あまりいい予兆ではないわね。つまりはこの世界が低エネルギー状態だということだから」
地球という世界は、いわば高エネルギーの塊である。
対して、ヴァイスたちの世界は低エネルギー状態。
そんな二つの世界があれば、高エネルギー側から低エネルギー側へ流出するものが増えるのだ。
「それに……」
「下手をすれば、あちらさんも崩壊しちまうかもな」
「ええ、そういうことね」
こちらだけでなく、相手側の世界の崩壊につながるという事実は、受け入れたくはなくても真実だ。
だからこそ、自分たちは全力を尽くしているのだから。
「あとは……例えばだけど、世界を新しく作るというのはどうかしら?」
「世界を……か?」
「そうよ。実際に
「……神の所業だな」
ヴァイスとしては思いつかなかったことだ。
そして、自分の恋人の優秀さに対し、喜ばしさと感動を覚える。
だが、それを呑み込みながら冷静に答える。
「果たして、その先に何があるだろうな。この世界が旧世界となり、俺たちの作った世界が新世界となる。その時、どれだけの影響が発生するだろうな?」
「それこそ、シミュレーションしてみるのがいいのでは?」
「……分かったよ、やってみっからお前らも手伝え」
本当に俺も丸くなった……とヴァイスは考える。
昔であれば、それこそ他人なんて関係なし、師匠と共にラボで転がっていれば良かった。
そんな自分が、彼女以外を受け入れ、自分の周りに置き、世界を憂える。
得難い、得られないと諦めていたものを得ている喜び。
それを失うかもしれないという恐怖。
新世界を作るという挑戦への興奮。
今感じているすべてが、自分を形作り、未来への道を作る。
「ヴァイス、こっちは準備オーケーよ」
「僕も大丈夫です」
「よし、気合入れろよ。結果次第ではプロジェクトが変わるかもしれねぇからな」
「「了解!」」
ヴァイスがキーボードに指を滑らせ、コマンドを入力していく。
クリスティアは基幹システムの起動状況をモニタリングしつつ、並列してサブシステムを立ち上げていく。
オスカーは、ネットワークの確認をしつつ、シミュレーション内容のチェックリストをまとめていく。
《
《管理者権限にてログイン》
《仮想シミュレーションによる、プロセス[0009B5CB]を新規作成》
《前プロセスからの引継ぎ中……》
《……完了。プロセス[0009B5CB]へのアクセスを開始します。トランジションまで残り70%》
《50%……30%……5%……完了。プロセス[0009B5CB]にアクセス》
《Hello, new world.》
果たして、彼らは成功したのだろうか。
世界は保たれたのだろうか。
それとも、崩壊したのだろうか。
彼らは新世界の創造者となったのか。
彼らは旧世界の破壊者となったのか。
神か。
魔王か。
それは、誰も知らない。
――END――
理系崩れは異世界を征く〜夢と運命の交差路(クロスロード) 栢瀬千秋 @kaseki_yatai
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