第34話
「これ、出来るかもしれないな」
「「「え?」」」
突然の出来る宣言である。
王妃であるフィオラ、公爵夫人のヒルデ、そして王女のエリーナリウスが驚くのも無理はない。
儀礼剣のアラベスクパターンはかなり細かい。
それだけでなく、他にも装飾をしなければいけないのだ。
「流石に……無理じゃないかしらん?」
「ええ……超一流の細工師でも、一月はかかりますのよ?」
大人二人がそう言うのも間違っていない。
「あ、まともに彫る気はないですよ」
「どういうことですの?」
まともに彫らずにどうやって……というのが普通の感想である。
エリーナは、レオンハルトの言葉に聞き返した。
「魔術を使えば、すぐに出来ると思います。図案もありますし。なので、この金属でサーベルと短剣を作ってみますね」
そう言って、レオンは白銀色のインゴットを取り出した。
「これは……ミスリル……かしら?」
「そういうらしいですね……ええ、これで二本——僕にサーベルで、エリーナ用に短剣を作ろうと思います」
基本的に、儀礼剣を使うのは騎士や、武官系の貴族たちである。
そのためエリーナには本来必要ないのだが、念のためと言うことでレオンは渡そうと考えていた。
ちなみにミスリルと言われたが、実際には別の鉱物である。
(一応、鑑定してみるか……)
============================
【魔銀】
状態:純粋
時価:ーー
説明:
・魔力全てを金属化させた物質
・自然界には存在しない
・魔力親和率が最も高い金属
・硬度は込める魔力に応じる
============================
(ミスリルじゃなかったけど、知らないふりだ……)
レオンは自分の作ったものについて知らないことにした。
そんな事を考えていたら……
——《【
そんなアナウンスが脳内に流れた。
(お、遂にレベルが上がったか……後で確認してみよう。それよりも先にこっちだ)
とにかく今は儀礼剣を作る必要がある。そちらに集中することにした。
「では、始めますけど……モデルが欲しいな。フィオラ様、儀礼用のサーベルとか短剣はどこかありませんか?」
「そうですわね……短剣は私の物を見せますわ。サーベルは……ニナ、どうかしら?」
そう言ってフィオラが専属侍女であるニナに問う。
「確か、陛下の執務室にサーベルが一振りあったはずかと存じます」
流石は専属侍女。
精練された動きだけではなく、宮殿内についてもよく知っているのだ。
「それは良かったですわ。すぐに陛下に伝えてレオンが見たいと言っていると伝えなさい」
「はい、フィオラ様」
そう言ってニナは退出していった。
レオンとしては非常に助かったと思っていた。
「ありがとうございます、フィオラ様」
「いえ、これもこちらが準備できていなかった事が問題ですわ……レオンハルトは血筋だけでなく、明確に王族の一人なんですから」
「……恐れ入ります」
確かにライプニッツ公爵家は通常の公爵家と違い、ずっと王族との繋がりが深い一族だ。
初代は初代国王の王弟であり、それからも王家との婚姻を繰り返してきている。
そのため血筋として王族と見なされているのだ。
だが、レオンは血筋だけでなく、「上級騎士爵」をもっている。
王族にのみ与えられる騎士爵を手にしており、それは法的にも王族である事を示すものであった。
* * *
「さて、では作りますね」
レオンはそう言って、手元にあるインゴットと、目の前の儀礼剣を見ながらそう告げる。
あの後すぐに儀礼剣を借りてきたニナが戻って来たので、皆の前で作ろうとしたのだ。
「うーん、ちょっとこれでは長いので少し細身で短くして、適度な長さに……よし、『
インゴットをテーブルに置き、右手の短杖に魔力を通す。
使ったのは『
「うーん、いまいちだな……」
どうも上手くいかなかったようだ。
「レオン、どうしたんですの?」
「いや、中々上手く形が出来なくてな……こんなに難しかったか?」
出来の悪いサーベルに悩むレオン。
それをエリーナも心配そうに見つめるが……
「あ、お母さん分かっちゃった♪」
ヒルデの声がする。
「え、本当ですか!?」
「流石ですの、伯母様!」
「ええ、簡単なことよん! 何だと思う?」
ヒルデは直ぐに答える気は無いようだ。クイズ気分で楽しんでいる。
「簡単……簡単か……」
「うーん、何ですかしら……あっ。もしかして……」
「あら、エリーナちゃんは分かっちゃったかしら♪」
「ええ、多分……」
エリーナも気付いたようだ。
「分かったのか……うーん、まずいな……」
レオンだけ分かっていないようである。
「じゃあ、降参するかしらん?」
「ええ、降参です……教えて下さい……」
「じゃあ、答えが分かっているエリーナちゃん! 解答を、どうぞ♪」
「レオン……その杖、制限がかかっているのではないでしょうか?」
「!! そうだったな……」
実はレオンは失念していたが、レオンの短杖は訓練用制限を起動したままの物であり、かなり魔力や術の構築に影響が出ている。
それであれば当然、細かい作業には支障が出るわけである。
「そっか、そうだよな……忘れてたよ。『
杖を解放し、制限を解除すると簡単に造形出来るようになった。
インゴットが好きな形に変わっていく。
(しかし、簡単に形を変えることが出来ているけれど、分子構成完全に無視だよね……)
そんなことを考えていたレオンであった。
そう考えながらも、作り上げる物はしっかりと作っていく。
鞘だけは材料が手元になかったので、ミリアリアに取ってきてもらった。これも儀礼剣にふさわしい、高級なもので、トレントと呼ばれる木の魔物を利用している。
そうやって材料をそろえてから、一時間くらいでサーベルと短剣が鞘付で出来上がった。
別に刃を付けるわけでもなく、全体を通してレオンの魔術を使うので接着もすぐに終わる。
「さて、これから装飾だ……」
実は、レオンとしては装飾の方が面倒だと思っていた。
何せ、いくら造形魔術を使えるとはいえ、かなり細かいのだ。
(まず、陛下の儀礼剣の模様だが、浮き上がりの部分は1mm……いや、もう少しか? これを参考にしてと……)
図柄として手元にあるのは平面図だ。
どの部分が立体になるのか、フィオラやヒルデに聞きながら調整をしていく。
しばらくすると、刀身に十分な装飾が施され、同様に鞘にも装飾が彫られ、完成する。
(後は……)
実は、レオンが魔銀のインゴットを使用したのは理由がある。
儀礼剣なので刃を付けることはないが、もしもの場合を考えて魔法発動体としての能力を持たせようと考えていた。
そのようなわけで、レオンは魔石を準備し、術式を書き込む。既に慣れたもので、数秒で終了した。
その魔石を、サーベルと短剣の柄の部分に埋め込む。
「さ、出来ました」
レオンが完了報告をする。
「「…………」」」
「あれ、どうしました?」
「いえ……こんなにすぐに出来るとは思ってみませんでしたのよ? ……流石ですわね、レオンハルト卿?」
「とんでもないです、王妃殿下」
フィオラは一瞬驚いて反応が遅れたようだ。
これまで、レオンの力を直接目にしたのはヒルデやフィリア位のものである。
驚いても当然であった。
レオンは特に何も思っていなかったが、フィオラの言葉に重ねて応答した。
「エリーナ、どうだ? 使えそうか?」
「ええ、大丈夫ですわ……それよりも、これは制限は掛けてませんのね?」
「ああ、もしもを考えているからな……」
レオンは短剣をエリーナに渡し、調子を見ている。
上手く魔法発動体としての力を出せたらしく、満足そうだ。
「しかし……良い材料だな。私にも作ってもらいたいものだ」
フィリアがそんな事を言い出す。
「分かったよ……短剣でいいか?」
「ああ、構わない。流石に普段使っている大剣では式典には持ち運べないからな」
フィリアとしては式典でも持って入れるものが欲しかったようだ。
「あら、フィリアさんが貰えるなら、私達も頂きたいですわね……そう思いませんか、ヒルデ?」
「そうね〜♪」
「はい……すぐに作ります……」
そんなわけでレオンはあと二つ、短剣を作る事になった。
* * *
そんなこんなで準備をすること数週間後。
無事にイシュタリア王国は新年を迎えた。
大勢の貴族が宮殿に登城し、ウィルヘルム陛下の前に入ってくるのだ。
近衛騎士団は全員出動しており、合わせて宮廷魔導師団、国防軍共に相応の人数が警備に割かれている。
ちなみに軍務卿であるジークフリードは、公爵なので陛下に挨拶に行く側である。
当然パーティもあるわけで、コールマン商会はこの機会にと色々宣伝かねてスイーツ類も出すようだ。
もちろんそれ以外の料理も、材料を仕入れたのはコールマン商会であった。
さてそんな中、レオンはエリーナと共に魔導師団のローブを纏い宮殿を歩いていた。
本来はそんな事をする必要はないのだが、一応警備と、どの程度の人物が来るかの確認のためである。
「でも、これでレオンと初めて公式の場所に出られますのね!」
「確かにな。でも、この場所では偽名を使うって言っただろう? なあ、アイリーン?」
「そうでしたわね……リオネル」
二人は今だ公の場に顔を出していないため、一部の近衛騎士や宮廷魔導師、国防軍人にしか顔が割れていない。
それを利用して、色々な貴族がどのような反応をするのか見るのも目的であった。
そのため二人とも偽名を使おうということになり、レオンはリオネル、エリーナはアイリーンという偽名を使うことにした。
「しかし、皆忙しそうですわね……」
「そりゃそうだろうな。何せ多くないとはいえ、何組も貴族が来るわけだし……警備が大変だな」
そんな話をしながら歩いていると、前方からジークフリードより若く、二十代後半から三十代前半くらいの青年が歩いてきた。
そしてそのままレオンたちのところまで来たのだ。
「おやおや、どうしたんだ、坊やにお嬢ちゃん。魔導師ごっこかい? ご両親はどうしたんだ? ここにいるからには貴族の子だろう?」
なんとも口が悪く感じるが、印象は悪くはない。
「貴族である事は確かですが、この装束は本物ですよ。だろう、アデプト・アイリーン?」
「ええ。その通りですわ、マスター・リオネル?」
マスターを名乗る少年とアデプトを名乗る少女。
それが嘘ではなさそうなので、男は驚いたようだ。
「おお、そうだったのか? その歳で……ああ、魔導師には関係ないのか……これは失礼したな! 俺は、ヘクター・フォン・オイラー侯爵という。君たちは?」
「宮廷魔導師団が一人、リオネルと申します。階位は【
「同じく、アイリーンです。階位は【
お互いに自己紹介をする。ただ、レオンたちは偽名であり階位も異なるのだが。
「すげぇな、その歳でその階位かよ。いいステータスに恵まれたんだな……おっと、俺は臨海都市『ポセーダオニス』を治める領主だ。と言っても、今は王都住まいだからな。新年の挨拶に来られたんだよ」
「そうでしたか……それは良かった。楽しんでいってください」
「ああ、そうさせてもらうぜ。何より第二王子と王女のお目見えもあるしな! そういえば聞いたことあるか?」
「何をです?」
レオンが聞き返すと、オイラー侯爵が声を潜めながら話す。
「第二王女殿下は相当に頭が良く、魔法の腕もあるとの噂だ。しかも第一王子と王女を遥かに凌ぐらしい……」
「そう聞きますね」
レオンが平然と返事する。
エリーナとしては自分の評価に対してなんとも言えない気分だったが、表情は変えなかった。
「そして、他にもあってな? ライプニッツ公爵家は分かるか?」
「ええ」
「そこの次男も同学年らしいんだが……どうも王族爵位を拝命したらしく、第二王女殿下の近侍を務めているらしい。しかも、第二王女殿下以上に強いらしくてな……とんでもない世代だぜ。そう思わんか?」
「え、ええ……確かに」
今度はレオンの噂である。
(僕も噂になっているとは……あまり変な噂が立つと困るんだが……)
そんな事を考えていた。
「まあ、強いのはいいことだ! 力がありすぎるのはいらん厄介を引き込むがな!」
「そうですね……本当に。でも、お詳しいですね、オイラー侯爵」
「当然だろ、うちのガキも五歳で同い年だからな。いずれ十二歳になれば学園に入るわけだから、顔を合わせるのは間違いないんだ。それに、情報に損はないさ! はっはっはっ!」
「あら、そうですのね? それは楽しみですわね……」
「そうだろう? うちのガキも鍛えてもらわなければな! 後で紹介するから、二人も先に帰るなよ?」
「「もちろんです(ですわ)」」
オイラー侯爵は上機嫌だ。
そんな話をしながら、レオンたちはオイラー侯爵と別れる。
「中々豪快な人だ」
「そうですわね……でも、私たちの噂は、あんまりいい噂ではありませんでしたわ?」
「そうでもないだろう。下手にちょっかいを掛けられないですむ」
確かに噂は厄介である。
しかし、強いことを知られていれば、下手なちょっかいに繋がる事はないだろう。
「でも、臨海都市って……面白そうですわね。行ってみたいですわ」
「……暖かくなったらな」
中々自由なエリーナに対して、強くは出ないレオンであった。
といっても、レオン自身が行きたいというのもあるのだが。
(臨海都市なら海産物も美味しそうだな。泳ぐのも良さそうだ……いつ頃行こうかな? クラゲは……いるのか?)
既に計画に移るレオンであった。
* * *
そろそろ自分たちも準備を整えなければいけないため、レオンとエリーナは自室に戻る。
既に用意がされており、何人もの女官たちがサポートしてくれる。
「さ、これがスラックスです。どうぞ、レオン様」
「ん、ありがとうミリィ」
そう言って、脚にぴったりフィットしたスラックスを渡してくるのはミリィである。
先日三等女官の地位を得たので、レオン専属の女官として働いている。
「こちらをどうぞ、エリーナ様」
「ありがとうございますわ、ファティマ」
ドアの向こうでは、エリーナの声が聞こえる。
先日、ミリィと共に宮殿に勤めることになったファティマという女官だ。
銀髪に褐色の肌を持つ少女である。年齢はミリィと同じくらいか。
しばらく準備を整え、最後に儀礼剣のサーベルとサッシュを付け、上に魔導師団のローブと同様の装飾を施したドルマンのような袖なしのコートを羽織る。
色々デザイン過多にも見えるが、騎士であり魔導師というレオンの立場に問題がある。
(しかし、色々詰め込みすぎかと思ったが、すっきりとまとまっているな……流石は宮殿に出入り出来るデザイナーというわけだ)
そんな事を考えながら儀礼剣を抜き、手順に従った動作をする。
今回レオンは、近衛騎士団と王家を先導するという役目が与えられたのだ。
普段これを行うのは近衛騎士団長となるのだが、慣例として上級騎士爵を持つ王族がいる場合、その者が途中まで先導し、壇上に上がる前で王家と共に壇上に上がる。
それをレオンがしなければいけないのだ。
(さて、そろそろ会場に出向かなければ)
そろそろ王家と共に動かなければいけない。
その前に、全員に声を掛ける必要がある。
「エリーナ、少しいいか?」
「ええ、どうぞ」
先に行くことを伝えるためにエリーナの部屋に繋がるドアを叩く。
入っていいとの許可が出たので、レオンはエリーナの部屋に入る。
「エリーナ、そろそろ時間だから………」
レオンの言葉が止まる。
「ど、どうですかしら……?」
「……うん、とても似合っているよ。驚いたな。とっても綺麗だよ」
レオンにしては珍しく、言葉が詰まっていた。
「薄い水色と菫色かな? エリーナの雰囲気に合っているし、目の色にも合っているからいいね」
流れるように美しいブロンドと、清らかな薄い水色。
所々にアクセントのように菫色が使われており、「可愛い」よりも「美しい」に寄った姿は、転生者であるレオンとしても驚くほど綺麗だったようだ。
「本当ですか? 良かった………あ、レオンもとっても凜々しくて格好いいですわ!」
「そうか? 嬉しいな……宮殿に来ているデザイナーさんたちのおかげだよ」
そうやって和やかに話していると、横からファティマが声を掛けてきた。
「レオン様、そろそろお時間ではございませんか?」
「ああ、そうだな。ありがとうファティマ。そういうことだ、エリーナ。時間になったから集合するよ。準備はいいかい?」
「あら、そんな時間ですの? ええ、準備は大丈夫ですわ!」
「じゃあ、近衛騎士団に声を掛けてくるからね」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
レオンは部屋を出て、近衛騎士たちが待機する下の階に降りて行く。
(さて、どんな様子かな?)
そう思いながら階段を降りて行くと、
「おや、レオンハルト卿」
「やあ、マリオン副団長。そろそろ時間だから陛下たちに声を掛けに行くけど、どうだろう?」
レオンと話すのは、マリオン・フォン・オルセン近衛騎士団・副団長である。
今回レオンが先導する小隊を指揮する彼女は、二十代前半で赤髪の騎士だ。
「そうですね……問題ないでしょう」
レオンの質問に、少し考えてから答える。
その反応が、少し意外に感じ、レオンは質問した。
「何かあったのか?」
「ええ……少々面倒事が。でも、大丈夫ですよ」
そう言いながらさらに下に続く階段を見やるマリオン。
レオンも気になり、少し耳を澄ませてみると、
「なぜ、これより上には上がれんのだ! 騎士風情がワシの邪魔をするな!」
「これより上は本日立ち入り禁止です! お引き取りを!」
「うるさい! 普段入れるだろうが! 何故通さんのだ! 陛下に話があるのだ! さっき宰相は降りてきただろうが!」
「安全のためです! 宰相殿は許可を得ていますが、それでも既にお戻り頂いたのです! 許可もない者は通せません!」
誰か貴族が陛下に話したいとごねているようだ。
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