第33話
しばらくチャイを楽しんだ四人。
念のためパウンドケーキも焼いてみて、味を確かめてもらう。
「ふむ……なんとも美味しいですな。この甘いチャイと共に頂くと尚……これは売れますぞ」
「しかも、チャイなんて茶葉は元値なしですからね……驚きです」
「とはいえ、ミルクとかはヴィンテルから仕入れなければいけないから手間はかかるだろう?」
「それでも砂糖の仕入れと一緒にすれば済みますからな……」
こんな感じでほぼお茶会をしている訳だが、もう一つ依頼すべき事があった。
「そうだった……商会長。もう一つ面白いものを持ってきたんだ」
「おや、何ですかな……これは?」
レオンは【ストレージ】からリバーシを取り出したのだが、それを興味深そうに見つめる商会長。
「これは『リバーシ』という……玩具、というかゲームだ。ルールは簡単で——」
レオンハルトがルールを説明し、エリーナリウスと実際に対戦してみせる。
すぐに商会長はルールを理解し、一緒にいたマリーやテオドールも共に遊んでみる。
「むむっ……簡単そうに見えて奥が深いですね。最後まで気を抜けないのも面白い……」
「試しに作ってみて、王家の皆もはまっているよ、テオドール。特に第二王子が強いかな?」
「それはそれは……しかし、このアイディアを下さるのですか?」
「ああ。それこそ君たちに任せた方が安心だろう? 商売の仕方も詳しいからな。ただ、貴族だけでなく庶民にも広めていきたいと思っているよ」
「ええ、それは無論……どの程度の金額になさいますか?」
今回のリバーシについてはすぐに庶民向けにも出す予定である。
テオドールはそれも理解してくれているようだ。
金額としては、レオンは詳しく答えられないため、地球でのおよその金額より少し高めに伝えてみた。
「そうだな……庶民用は30ドラール、貴族用は250ドラール前後で、材質を変えたら良いだろう?」
「そうですね……妥当なところでしょう。庶民には木で、貴族には魔物の素材などを組み込んでみると良いでしょうね」
「まあ、そのあたりは任せるよ。それより、奉納と王家への最高級のものを作って欲しい。一応、開発費として白金貨一枚を出しておこう」
白金貨一枚とは1,000,000ドラールである。
つまりレオンは、一億円ほどを開発費に充てると言い出したのだ。
「いや、それは多すぎます! 金貨一枚で十分ですから……!」
「うん、まあそれは王家に渡す分を考えているからね。受け取って欲しい。それこそケチったら陛下から怒られてしまうよ」
勿論その程度で怒らないことは百も承知であるが、最高級のものを贈りたいというレオンの気持ちである。
それを分からないテオドールではない。
「畏まりましたレオンハルト様。必ず素晴らしいものをお作りいたします」
「ありがとう、テオドール。ただ、奉納を先にお願いするよ」
「はい、勿論です」
レオンとしては他にも色々知識があるので、遊びを提供することが出来る。
しかしそれでは、利益にならないだろうと思い、しばらく様子を見ることにした。
* * *
軍のサバイバル訓練も終わり、王都に戻ったレオンとエリーナ。
既にコールマン商会は喫茶店を立ち上げるとのことで、着々と準備が進んでいるようだ。
さて、レオンはというと……
「うーん、折角だから『喫茶店』に行ってみたいけどな……」
「いけませんわよ、レオンさん。今日は
「それはいけませんね、フィオラ様。分かりました、今日は大人しく準備しましょう」
王家の新年の挨拶の準備のため、王家とライプニッツ公爵家は合同で準備に当たることになっている。
特に、今年は第二王子のアレクサンド、第二王女エリーナ、そして公爵家次男レオンの三人が正式に参加するものである。
式典での正装や流れ、リハーサルなど、することは多くある。
特に今日は衣装作りらしく、王家御用達のテーラー達が忙しなく部屋を行き来している。
これは国王であるウィルヘルムや、公爵であるジークフリード達皆の分を作るためでもあり、数日間、この宮殿で仕事をするらしい。
レオンとしては、去年の正装を使えば良いのではと思ったのだが、どうもそうではないらしい。
「やはり新年の正装は素晴らしいですの!」
「これ、毎年違うのか……?」
「ええ、勿論ですのよ! あれ、レオンは知りませんでした?」
「そりゃ、今回が初めてだからね。大体一回しか着ないんじゃ、勿体ないじゃないか」
「ああ、それでしたら——」
エリーナがレオンに説明しようと口を開く……が。
「じゃーん、お母さんの登場よん♪」
「母上!?」
「ヒルデ伯母様!?」
突然どこから現れたのか、ヒルデがレオンの背後から現れ、レオンを後ろから抱きしめる。
「ん〜っ。相変わらず可愛いわね〜。エリーナちゃんも元気?」
「え、ええ、伯母様。それより……レオンが白目を向きそうですわ」
「あら大変」
ヒルデは締め落とさんばかりだったので、エリーナが窘める。
レオンは荒い息を吐きながら振り返る。
「は、母上……もう少し大きくなったらそのくらいの力でもいいですけどね……危うく飛ぶところでした……」
「うふふ〜、ごめんねレオン♪ それよりも、衣裳は決まったかしらん?」
「いや、まだです。なんか動きやすいのが良いのですが……」
「それは無理よん♪ しっかりしたのを着慣れておかないと、将来苦労するわよ?」
「うむむ……」
どうもこの世界の正装というのは、嵩張ることと、骨組みがあることで動きにくそうである。
常に「もしも」を考えるレオンとしては、動きやすいものが欲しかった。
「後は……自分でデザインできるならそれでもいいわよ? クラリッサ夫人なんて、デザインから縫うのまで自分でするって話されていたわね……」
「あー……ムザート伯爵夫人ですか……」
流石は芸術家である。
そこも拘るのが芸術家なのだろう。
だが、レオンは別に芸術家ではない。
「そう心配しなくても、十分警備はしておりますわよ? それに、ジークですら『公爵』として出席するのですから」
そうフィオラ王妃から言われてしまっては、レオンとしてもこれ以上何か言うことは出来ない。
「分かりました……よろしくお願いします」
「宜しいですわ」
「わたくしも頑張りますのよ!」
「あら、それじゃお母さんも手伝っちゃおうかしらん♪」
もうすでに揉みくちゃにされ始めたレオン。
エリーナはフィオラと共にデザインを選びはじめ、ヒルデは装飾品の選定を始めていた。
「しかし……こんなに金かけて、一回だけ。勿体ないな……」
「それは大丈夫だ。後で仕立て直して普段着になるぞ」
「なるほどな……ってフィリア!?」
突然現れたのは、元魔導師団長のフィリア・ティアラ・イストリウスであった。
王族でもない彼女が何故ここにいるのか。
「やあ、レオン。驚かせたか? 陛下から『久しぶりに顔を見せるといい』と言われてな。それにハイエルフという点で、いわばエルフの王族みたいな物だからな」
「ああ、そういう……」
確かにハイエルフというのは、エルフの上位種であり、いわばエルフの王族的な立ち位置に存在する。
そう言われては言い返す理由はない。
「しかし、レオンは手間がかからんな。かつてジークやウィルは『こんなの着たくない』と駄々をこねていたと、クレアから愚痴られた事があってだな……」
(父上や叔父上はそんな子供時代だったのか)
(そんな子供時代だったのですわね……)
自分の知らないところで昔話を暴露されるジークフリードとウィルヘルム。
もしこのことを聞いたら、なんて表情をするのだろうか。
「さ、フィリアさんとの話はそのくらいにして、いい加減デザインを選んで欲しいと思っていますのよ? ほら、エリーナ。貴女もです」
「あ、すみません、フィオラ伯母様」
「ごめんなさいですの、お母様」
しかし、やはりこれと言って着たい物がない。
レオンとしては、スーツみたいな物が着たかったのだが、どれもこれも半ズボンにタイツみたいな物ばかりだ。
子供用だから仕方ない部分はあるのだろう。
(うーん、出来れば騎士らしい格好でありたいんだが……でも、魔導師の服装も……)
騎士たちはいわゆるユサールと呼ばれる、騎兵が使っている服装だ。
ドルマンと呼ばれる飾りが付いた服装は中々格好が良いのだ。
足下はぴったりとしたスラックスに、ブーツを履いている。それもやはり、自分の形に合った物で引き締まっていて人気である。
ただ、これは元の見た目も麗しい必要があるので、「ただしイケメンに限る」という注意書きが付くだろう。
魔導師団の正装はローブである。
勿論ローブの下は相応の服ではあるが、騎士たちのようなかっちりした物ではない。
タートルネックの上に何枚か重ねる、和装に似た雰囲気である。
「エリーナの近侍で上級騎士、かつ【
そう、レオンはぼそっと呟いたつもりだった。
だったが、それはしっかり母親であるヒルデに気付かれていた。
「あ! 確かにそれは良いわね〜♪ じゃあ、上着は黒で決定ね? あと、少し長めにして……袖も……」
「あれ? 母上……いつの間に」
「エリーナちゃんもどうかしらん? 紫色のローブじゃないけれど、時期が時期だからショールとかどう?」
「母上、エリーナは薄めのブルーがよろしいのでは?」
いくら何でもそれは……とレオンは思い、ヒルデに伝えてみるが……
「あら、少しは違う色が入ると良いものよん? そこは仕立屋の方たちがしっかりしてくださるから、心配する必要はないと思うわ」
「そうですか……確かにそうですね。そこは任せるしかありませんか」
「そうそう♪」
基本的にレオンは色々気にするのだろう。
色々と周りに頼ることも覚えていかなければならない。
「さて! 本格的に採寸が始まるわよ? 良いかしらん♪」
「分かりましたわ!」
「大丈夫です」
それから二時間ほど。
採寸とデザイン決めに追われることとなった。
それでも仕立屋曰く、「かなり早い」そうである。
* * *
「あっ!」
仕立屋や宮殿女官などが忙しく動く中、ヒルデが声を上げた。
公爵夫人らしからぬ行動である。
「どうしたのです、ヒルデ」
「どうされましたか、母上?」
フィオラとレオンが同時にヒルデに声を掛ける。
「あらごめんなさい♪ そういえば……儀礼用の剣がないんじゃなかったかしらん?」
「あら……そういえばそうですわね……」
儀礼用の剣がない。
ただの剣で良いのでは? とレオンは考えていたが、そうではないらしい。
ヒルデの言葉に、フィオラも気付いたのか頬に手を当てて考える仕草をしている。
「儀礼用の剣って必要なのですか?」
「それはもちろんよ〜。だって、レオンの正装は貴族の子供と言うより王族騎士としてのものだから……」
「それこそ、『上級騎士』という爵位をもっている方には必要な正装の一部ですのよ」
(あー、そういえば軍人の正装の一部には儀礼剣があったな……前世で)
地球でも軍人の正装にサーベルを含むことがある。
それと同様で、「騎士」と名乗る以上必要なものであった。
「うーん、今から作っても時間かかるでしょうし……どうしようかしら、フィオラ?」
「そうですわね……でも今宝物庫にあるものは長すぎますわ……」
既に時間は少ない。
しかも、儀礼剣というのは装飾に時間がかかることで知られており、それを作るのは職人の手作業である。
「きっと今頃依頼しても、受けてくれる職人さんはいないわよね……」
「いなくはありませんが……気まぐれですし……」
「そうよねぇ……」
基本この時期は休みのことが多い。
寒い冬には材料の調達が難しく、受けてくれるところが少ないそうだ。
しかも、職人たちは頑固だったり、気まぐれだったりするもので、こんなぎりぎりの仕事は受けてくれない。
「例えば、宮殿お抱えの職人さんはどうなのですか?」
そう。騎士団がある以上、武器や装備の調整のためお抱えの職人はいるのだ。
それらの職人には頼めないだろうか、とレオンは提案してみる。
「うーん……それこそ実用的な剣を作るならそれでも良いんだけれど……装飾が難しいのよね〜」
「どんな模様なのですか?」
「そうねえ……」
そう言って、ヒルデが何枚か紙を見せてくれる。
「これは……」
「凄い装飾ですの……」
どの装飾も、手作業でかなりの時間を要するものだろう。
デザインを見ただけでも理解できる。
独特の幾何学模様や、唐草模様など多岐にわたるようだ。
ふと、レオンが集中してその一つを見てみると、【
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【アラベスクパターン】
説明:
・植物を元にしている。
・成長、活動的、生命の意味を持つ。
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(こういった知識は一体どこからやってくるのだろう……というか、この世界でもアラベスクなのか?)
そんな事を考えざるを得ない。
他にも、麻の葉や籠目など、一体どこから仕入れたのか不思議でしかない図柄も多い。
そして、それに対して【
「これは手作業でなければ彫れないのよ。しかも、鞘だけじゃなくて、刀身にも彫るから時間かかるし……これを作れる職人自体少ないのよね……」
確かにこの作業を出来るものは、間違いなく一流だろう。
それを間に合わせることは出来ない。
ただし———普通ならば。
「これ、出来るかもしれないな」
そんなレオンの声が部屋に響いた。
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