第10話
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、叔父様……陛下の補佐官であるセバスティアンだ。
基本的に、国王の補佐官というのは、国王からの命令や連絡を伝える、秘書という立ち位置だ。
そのためセバスティアンたち補佐官の指示や連絡に逆らえるものはいない。
もちろん十分な能力と信頼があるからこそなのだが。
無論、爵位を持つ法衣貴族なのだが、それ以上に彼のような補佐官が部屋に来るというのは、意味がある。
つまり、叔父上が個人ではなく、「国王」という立場で連絡のために遣わしたということだ。
一体何の用だろうか。
「如何されましたか、セバスティアン補佐官」
あまり意味はないが、そう問いかける。
「陛下より、エリーナ王女殿下およびレオンハルト卿を呼ぶようにとの仰せでございます。つきましては、直ちに『特別応接室』に来るようにとのご命令です」
「特別応接室……ですか」
そう口を開いたが、内心混乱していた。
通常の応接室と違い、特別応接室というのは隠語のような意味合いがある。
つまりそれは。
「陛下より、内々にお話ししたいことがあるとのことですので……」
そういうことなのだ。
いわば密命を下される、もしくは非公開の指示や、非常に特別な命令を下されるという意味だ。
しかも、僕だけではなくエリーナも?
何故なのか。
考えても仕方ないと分かっていても、つい考えてしまう。
そしてそれはエリーナも同様であった。
エリーナを見たが、「分からない」と言ったように首を横に振る。
「さ、お急ぎください。陛下もお待ちですので」
そうセバスティアンに急かされてしまってはどうしようもない。
混乱する頭をそのままに、二人で廊下を歩く。
しばらく行くと、いつもの応接室とは別の部屋に入る。
そこはどちらかと言えば暗く、何より窓がない。
セバスティアンがノックして許可を待つ。
しばらくして、「入れ」と声がかすかに聞こえたので入室する。
そこには、「国王」としての顔をした叔父上と、「王妃」であるマリア様とフィオラ様。
そして、「ライプニッツ公爵」として控える父と、「魔導師団長」の姿の母がいた。
膝を突き、王族への最敬礼の姿勢をとる。
「頭を上げよ」
「はっ」
「レオンハルト・フォン・ライプニッツよ。何故ここに呼ばれたか理解しておるか?」
陛下の声がする。
「恐れながら、私のような者には分かりかねます、陛下」
貴族家の令息として返答する。
しばしの沈黙の後、父の声がする。
「では、ここがどのような意味合いを持つかは理解しているか?」
「はい、公爵閣下」
この場所について教えてくれていたのは父だ。正直に答える。
「では、現在の自分の立場というものを理解していますかしら?」
今度はマリア様か。
「立場、でございますか……恐れながら、どのような意味でございますでしょうか、王妃殿下?」
立場。公爵家次男で、洗礼を受けたばかり。
少々特殊なスキルを持つが、基本的に普通にみせてきたはずだ、勉強以外は。
「未だ自分の『価値』を理解していないのでしょうね」
フィオラ様からそのように言われる。
価値か……
「恐れながら申し上げます。確かに私のステータスや立場は少々特殊でございますが……何か問題があるのでしょうか」
できればステータスについては触れたくないのだ。
どこでボロが出るか分からずハラハラする。
「そうね……貴方のステータスは特殊なの。それこそ、価値の分かる人なら何より欲しがる人材なのよ? ……国を潰してでも手に入れようとするくらいに」
母上の言葉は驚くものだった。
今のステータスは【隠蔽(ハイディング)】で修正しているものだ。
修正状態でもそんなものなのか?
それとも隠蔽を見透かされたのか?
訝しむ僕に母上の言葉がかかる。
「貴方の持つ【魔術】というスキル……それは旧世界の代物。あらゆる事柄を成し遂げる、理(ことわり)を超越する術。失われた術であり……全ての魔法使いの目標なのよ」
まさか。
自分の持つスキルにそんな意味があったのか。
【魔術】については解析をしていなかったので、面食らう。
全魔法使いの目標。
理を超越する能力。
確かに普通ではないだろう。
属性なんて目ではなく、それこそ重力、空間などあらゆる事柄や法則を超えることができるのだろう。
でも、本当に魔術が使えるのか?
「あなたが魔術を使えることは、アーティファクトで既に調べたわ。……前に見せたでしょう? 表紙のない、魔法書……いえ、魔術書を」
あれか。
黒い表紙で題名のない本。
確かにあれには面白いことが書いてあった。すぐに回収されたが。
「あれを閲覧できる時点で、魔術が使えるという証拠なのよ。普通の魔法使いには、あの本を読むどころか開くことすら出来ないわ」
つまり、自分は間違いなく「魔術」を使える。その適性があるのだ。
もし、この力を知られたら。
こぞって色々な人が狙ってくるだろう。
僕の命は奪われなくても、周りの家族や王国……そして、エリーナが。
その命を奪ってでも、狙おうとしてくるだろう。
そこまでしなくても、人質には平気でしてくるだろう。
そうなれば――――
「あらあら。思考が速いのは長所ですけれど、もう少し感情を制御なさいな。エリーナが心配していますわよ?」
そうフィオラ様から言われ、ハッとする。
横を見ると、エリーナが心配そうに、涙目でこちらを見ながら僕の袖を掴んでいた。
……どうも殺気が出ていたらしい。
陛下や父の手は剣の柄にかけられており、マリア様や母上の手には短杖が握られていた。
すぐさま平伏する。
「これは、大変申し訳ございません。このようなところで殺気を出すなど……この命をもって……」
いくら親族といえども、陛下の御前で殺気を出すなど問題だ。
「いや、問題ない。立つのだレオンハルト卿。余りの殺気に自然と手が動いてな……素晴らしいものだ、その歳でそれほどとは」
「……恐れ入ります」
悪い想像をして感情が昂ぶったのか、相当の殺気になっていたようだ。
「エリーナごめんね、怖がらせて。そして心配してくれてありがとう」
そう言って、エリーナの両手を包み込む。
「大丈夫、ですわ……でもお顔が暗くって、心配しましたのよ?」
「ん……ごめんな。もう大丈夫だから」
少しぎこちない笑顔で笑いかけてくれるエリーナに、こちらも笑顔を返す。
しかし、何て強い娘(こ)だろう。
大人でさえ警戒した殺気を傍で受けてなお、心配してくれるなんて。
こちらを気遣って、無理に笑顔を作って微笑みかけてくれるのだ。
思わず頭を撫でてしまったが、エリーナも少し驚いた顔をしたあとは撫でられるままになる。
「おいそこ、勝手に自分たちの空間を造るでない。大体、王女の頭を撫でるとは! そんなうらやま……けしからんことは許さんぞ!」
いかん、シリアス展開が消し飛びそうだ。
エリーナを撫でる手を止め、姿勢を正す。
「さて、確かに王族の前で殺気を出すのは問題だ。それで、その命をもってこれから告げる余の勅命を果たせ」
「はっ」
「自分の立場は理解したようだから、単刀直入に述べる。お前の叔父としても、そして国王としても、お前を他の国に取られるわけにはいかん。よって、この国での然るべき立場を与える。いくら子供であろうと、立場を持つ者に下手にちょっかいをかければ国際問題だからな」
「はい、陛下」
こうなっては仕方ないだろう。
いずれお前は正式に貴族になる。そう陛下から言われているのだ。
色々と面倒にも感じるが、まあいいだろう。
「レオンハルト卿、勅命を受けよ」
「レオンハルト、勅命を受けます」
そう言って膝をつく。
これは勅命を受ける時のお決まりの受け答えと姿勢だ。
「ライプニッツ公爵家次男レオンハルト・フォン・ライプニッツに上級騎士爵位を与え、エリーナ第二王女の近侍兼、近衛騎士とする。子供に何を与えているんだと思われるかもしれんが、これもちょっかいを防ぐためだ」
いきなりこう来たか。
騎士爵とはいえ、たった五歳の幼児に爵位だってさ。
しかも上級か。これは驚きである。
上級騎士爵。
騎士爵の中の最高位であり、この下に第一級、第二級、第三級と騎士爵が続く。どれも一代限りの爵位だ。
普通の騎士爵は世襲である準男爵より下の爵位だが、上級は違う。
本来は王太子以外の王族男子か王家に連なる貴族家の次期当主が、成人し正式に爵位を与えられる前に付与される爵位である。
だがそれも必ずではなく、国王が必要だと認めた場合にのみ付与されるのだ。
そして、将来的に必ず爵位を得る事を確約するものでもある。
つまり、上級騎士爵は王族や準王族専用の爵位であり、その中でも特別なものなのだ。
そのため上級騎士爵は、爵位こそ騎士爵だが、その立場は上級貴族扱いであり、侯爵すら上回るものとなる。
「なお、レオンハルト・フォン・ライプニッツが十二歳となった時点で、法衣上級伯爵位を与え、第二王女エリーナを婚約者とする。成人と共にエリーナ王女と結婚せよ。これはライプニッツ公爵とも協議の上であり、王家および公爵家の結びつきを強固にするためでもある。心せよ、レオンハルト卿」
さらに爆弾が投下される。
つまりなんだ。
お前、十二歳になったら上級貴族になって、王女と婚約させるぞ。そして成人したら結婚だからな、という「勅命」である。
だから、他の国に移るなんてできないと思えよ! ってことなんだな。
横を見ると、エリーナの顔が真っ赤である。
一瞬こっちに目が合ったが、すぐ目をそらされた。
「……恐れながら、エリーナ王女殿下のお気持ちはよろしいのでしょうか。王女殿下からすれば会って間もない存在。いくら公爵家の者とはいえ、恐れ多くも婚約者に王女殿下を、というのは問題では……」
「なんだ、エリーナでは不満か? あんなにいつもイチャイチャしておるのに……せっかくの計らいを無駄にするのか、レオンハルト卿?」
なんか引っかかる言い方である。
それよりも、エリーナが先ほどとは比べものにならないほど涙目で、絶望的な表情をしている。
悪かった、悪かったよ。嫌なわけないだろ?
「いえ、滅相もございません。謹んでお受けいたします」
「うむ。さあ、レオンハルト卿よ」
宣誓を求められているのだろう。
剣を持っていて良かった。
剣を音を立てずに抜き、刃の部分を持って、柄の側を陛下に差し出す。
「胸に抱くは無垢なる忠誠。
——我が剣、イシュタリアと陛下のため、民のために捧ぐことを七柱神にかけて誓う」
陛下が僕の差し出した剣の柄を握りながら声をかけてくる。
「頼むぞ、レオンハルト卿。
——さて、そんな訳で、お前はこれからライプニッツ公爵家の子供ではなく、王家直属の騎士になった。だから、これからお前はこの本宮殿に住むことになる。分かったな」
げっ……それは知らなかった。
住まいが「離宮」ですらなく、「本宮殿」とは。
「なお、我が血族である以上、部屋も我らのそばである。エリーナの部屋の横で良いな?」
「し、しかし、流石にいくら近侍とはいえ、問題なのでは?」
「普通の近侍ならな。言ったであろう。お前は一族で婚約者なのだ、誰も咎められん。ライプニッツの名は伊達ではないぞ。それとも余の決定は不服か?」
わざわざここで「余の決定」なんて使うなよ、叔父様!
「滅相もございません。すべて陛下のお心のままに」
はあ……こんなことになるとは。
「ちなみに、これから公爵家全員、離宮住まいだからな」
まじかよ。
* * *
突然の叙爵から数ヶ月後。
エリーナの洗礼の日が来た。
既にアレクは済んでおり、残すところエリーナのみである。
陛下や二人の王妃殿下、そして王子王女皆が大聖堂にいる。
エリーナの近侍である僕も当然一緒に来ているわけだが。
……なぜか父や母上まで来ていた。
この二人は暇なのだろうか。
かわいい姪のためには、仕事なんて放置なのだろうか。
そういえば以前、父の部下である軍の副司令と、母上の部下である魔導師副団長にお会いしたが、なんとなく二人とも萎びていた。
特に軍の副司令なんて、若いはずなのにハゲているのだ。
相当苦労させられているのではなかろうか……
いずれ魔術で【毛生えの術】でも作ってみよう。
そんな関係ないことを考えつつ、大祭壇の前に移動する。
どういうわけか、腕を引かれているんだがな。僕は既に済んでいるぞ、エリーナよ。
ちなみに洗礼担当はやっぱりミーシャ卿だった。
流石にこの状況には戸惑ったようである。
「……えー、では、エリーナ様の洗礼を始めますぞ。エリーナ様のみですからな。よろしいですかな? ……エリーナ様、洗礼に指輪は必要ありませんぞ、ええ」
本当にすみません、ミーシャ卿。
ちなみに洗礼の時に、七柱神の像が光を発して、大変眩しかった。
僕の時もそうだったんだろうか。
そして、何よりエリーナにも七柱神の祝福があったようだ。
これは素晴らしいものだ。ステータスがえらく高くなるんだがな。
叔父上たち夫婦も、うちの両親も嬉しそうだ。
特に叔父上は、エリーナが祝福を得られたことが嬉しかったらしい。
王家は少なくとも一つの祝福はあるはずだがな。親馬鹿なんだろう。
そんな感じで、気楽に考えながら本宮殿へ戻る。
————その気楽な雰囲気こそ、面倒事が起こる前兆のフラグであることを知らずに。
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