第6話
王都「ベラ・ヴィネストリア」
その中心部にほど近い場所にある、セプティア聖教の大聖堂。
繊細な装飾が施されているが、派手でなく、質素に見えて荘厳。
そんな微妙なバランスの装飾がその場所の清浄さを引き立てている。
その最奥部にある大祭壇の前に、僕ことレオンハルト・フォン・ライプニッツは立っている。
その側には両親だけでなく司祭がおり、そして僕の前にはこの国での聖教のトップである大司教が立っている。
「七柱神の子たるレオンハルト・フォン・ライプニッツよ、汝、七柱神に仕える僕たり得るや?」
「我、其れを誓約す」
「七柱神の加護と祝福が汝と共にあらんことを。我はこの誓約の証人。七柱神よ、此の誓約を受け入れ給え」
————次の瞬間、大祭壇と七柱神の像を、光の洪水が埋め尽くした。
* * *
——数十分前。
父は大聖堂に到着した後、まず入ってすぐのところに立っていたシスターに声をかけた。
「本日息子の洗礼をお願いしていたライプニッツ公爵だが、ラインハルト卿はおられるかな?」
普段の父からは考えられない、威厳のある声と振る舞いである。
なかなか格好いいではないか。
シスターは、僕たちの来訪を知っていたようで、別室に通してくれた。
「すぐにご準備いたしますので、しばらくこちらでお待ちくださいませ」
そう言って、紅茶を入れてくれる。
……なんとなくだが、立ち振る舞いが精錬されている。
貴族の出身だろうか。
シスターが退出したので、しばらくお茶を楽しむ。
「ふう……真面目な顔をするのは疲れるな……」
父が明らかに疲れた顔をしている。せめてもの救いは疲れた顔だけだということだ。
家であれば行動すべてで物語っているだろうからな。
しばらく家族でおしゃべりをしていると、おそらく五、六十代の白髪混じりの男性が入ってきた。
顎鬚を蓄えており、厳格さを醸し出している。
「よく来られた、ジークフリード公爵。そして初めましてであるな、レオンハルト卿。
この大聖堂の司祭であるミーシャエル・フォン・ラインハルトじゃ」
「初めましてラインハルト様。レオンハルト・フォン・ライプニッツでございます。本日はよろしくお願いします」
「ほっほっほ。固くなるでない。ミーシャ爺と呼んでくれてええぞ」
「では、ミーシャ様と」
「ふむ。……子どもらしくないのぅ」
好々爺とした笑顔を見せながらも鋭い視線を向けてくるラインハルト卿は、只者ではないのだろう。
「そこまでにしてやってください、伯父上」
「むぅ。面白くないではないか」
……伯父上?
「すまんな。ワシはミーシャエル・フォン・ラインハルト。おぬしの父ジークフリードの伯父であり、聖教の大司教である。あと法衣子爵でもあるぞ」
法衣子爵。
つまり、領地を持たないが年金が支給され、大抵は宮中や何らかの役職に就いている貴族のことである。
まあ、父のように領主貴族ながらも要職に就く人もいるが、非常に少数であり、基本的に王都の貴族は法衣貴族ばかりである。
さて、聖教の大司教という大物が、まさか親族だったとは。
あまりにも親族に大物が多過ぎである。バランスも何もあったものではない。
そうやってしばらく会話をすると準備が調ったようで、シスターが呼びに来た。
「では参ろうか」
「ああ、宜しく頼むぞ」
そうミーシャ様と父が会話した後、祭壇の間に移動する。
途中で父が小さな革袋をミーシャ様に渡していた。あれは献金だろうか。
しばらく行くと、天井の丸い小さめの窓から、陽の光が射しているのが見える。
そして、それに照らされた祭壇が見える。
さらに、それを囲むように、七注神の像が立っていた。
「さあ、洗礼を始めるぞい」
かなり軽めの調子で言われた気がする。
その後に、どのような文言を唱え、誓いを述べるのかなど、必要なことを聞く。
「なお、洗礼後にはステータスというものが与えられるからの。ステータスの見方は簡単じゃ。『ステータス』と念じるだけで自分に見えるからのう」
そうして他の神官が補助をする中、大司教の言葉が始まる。
————そして冒頭の状況に戻るのだ。
白い光の中。
複数の気配を感じる。
自分はどこにいるのだろう。
この気配はなんだろう。
そう思っても視力は戻らない。
ただ、声が聞こえてきた。
「遂に来てくれたのう。待ちわびたぞ」
「ホントよね〜、五年も待たせてくれちゃって。お姉さん、しびれを切らしそうだったわ」
「テルセラ、まずは挨拶すべきだろう。
見えてはおらぬと思うが、気配は感じておろう、「神崎 静」殿。我らは七柱神。
そして我が名はセグントス。天地神である。
早速、大きな事実を伝えておこう。この世界に君を引っ張ったのは我らだ」
まさか、七柱神と話せるとは。そして前世のことも知っているのか。
「初めてお目にかかります。レオンハルト・フォン・ライプニッツです。すでに前世での名はないものですので、レオンとお呼びいただけると嬉しいです。しかし、引っ張ったとは……?」
セグントス様は直接的な物言いをされる方のようだ。驚く暇すらない。
少し気になったのは、引っ張ったという表現だ。つまり意図してこちらに呼ばれたということではないか。
「ふむ。少しその点は話すのが難しくてな。ただ、君が死んだ際にこちらに来れるように調整をしたのは事実だ。君にとっては不本意だろうが、な。悪いようにはせぬので理解していただけぬか?」
うーむ。理由があるのだろう。まあ、今追求しても得はない。
「いえ、問題ありません。別世界への転生自体は嬉しいのです。ただ、なぜこちらに喚ばれたのかが少し気になっただけですので……」
「そうか、すまぬな。
まあ、お詫びと言ってはなんだが、ステータスはかなりのものにしているし、オリジナルのスキルも修得させておくのでな。それで、少しお願いがあるのだが聞いてくれぬか?」
神様からのお願いだ。断るつもりなど毛頭ない。
「もちろんです。なんでしょうか?」
セグントス様からのお願いはなんだろう。
「心配するな……とは言えんが。一つ目に、この世界の文明や文化の促進に当たって欲しい。少しの変化でも良いので前世の知識を活かして欲しいのだ。娯楽でも料理でもなんでも良い。
そして二つ目、魔の森に隠された家がある。君には見えるようにしておくが、そこに行って一つの宝珠を手に入れて欲しい。無論その家やその家にあるアーティファクト、魔道具(マジックアイテム)も君の好きにしたまえ。ただその前にその宝珠の望むことをしてやってくれ」
どういうことだろう。宝珠の望むことをしてやるというのは。
そして魔の森に行くのか……さすがにどうやって行ったらいいのだろうかわからない。
その心が伝わったのか、セグントス様はさらに続けて話される。
「心配しているな。だが大丈夫だ。まず、現時点での君の強さだが、十分魔の森を攻略できるレベルだ。そしてさらにスキルやステータスを与えるので攻略はさらに簡単になるだろう。そして、宝珠には意識があるので意思疎通については問題ない。詳しくは宝珠自身に聞いてやれ。ちなみに、できるだけ早めに行って欲しい。少なくとも十歳になるまでには。頼むぞ」
色々言われたが問題ない……訳ではないが、まあいいだろう。
セグントス様に返事をする。
「承知致しました」
すると他の声がする。
「むう。セグントスのみで話してしまったからつまらんのう。
そうそう、儂じゃ、儂じゃよ。世界神のセロウスじゃ。魔術文字を含め、色々なこの世界の知識と適性を与えておくので楽しむのじゃよ」
「生命神のプリメアです。あなたの生命力、耐性などはヒトを超えるものになっています。過信することなく、正しく用いなさい」
「わたしはテルセラ。魔術神よん。あなたの魔術は特殊だから、しっかり練習してね? 大丈夫よ、いつでも相談に乗るわ。お姉さんとの約束よん?」
「私はカトルスといいます。商業神です。ぜひ私も助けになりますので……」
「よく剣技を練習していたね。武芸神であるキントだよ。これからも頑張りなよ?」
「……セイシア。芸術神。……ダンスも……続けて。歌もしてみて……」
七柱神からのありがたいお言葉をいただく。
明らかにセグントス様に出番を奪われたので、みんなで声をかけてきた感じだ。
「さあ、行くのだ。君の新たな人生に、幸多からんことを」
その言葉とともに気配が消え、目の前がクリアになってくる。
まだ、祭壇の前にいるようだ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
「おお……! 七柱神像からの光の帯が……!」
両親だけでなく、大司教であるミーシャ様も驚いているようだ。
「ふむ……恐らくは、神々の祝福を受けたようじゃの。ステータスが楽しみじゃ」
自分の体をみてみると、七柱神の像から出ている光の帯が、身体に纏わり付いている。
どうもこれが祝福を受けた証のようだ。
「さあ、レオン君。洗礼は終わったぞ。これからはいろんなことを学び、イシュタリアの貴族家の一人として立派に生きて行くのじゃぞ。七柱神の祝福があらんことを」
——そんな訳で、色々と不思議な体験になった、僕の洗礼は終わった。
* * *
大聖堂から出て馬車に乗る。
「さあ、王宮に行くぞ」
ものすごく軽く言われた。
いや、王都で親族に会うとは言われていましたが!
「父上、王都の邸宅に行くのでは……?」
「あ、言ってなかったか? 王都滞在時は王宮の敷地内の離れに住んでいるんだよ。ビックリしたかい?」
父がニヤリというか、ドヤ顔を向けてきた。
ちょっとイラッとする顔だ。
もちろんそんな気持ちは見せずに話す。
「ええ、流石に。いくら何でも公爵家だからといってそれはないでしょうから……」
「仕方ないよ。特に今の代は王家との姻戚が二重になってるし。他の公爵家に比べても、うちの方が家格は上だし。伊達に王家の次の家格なんて言われていないよ」
確かにな。また色々詳しく調べてみよう。公爵家のルーツとか面白そうだ。
そんな話をしていると、王城の門に近づいていたようだ。
父が窓を開けて貴族章を衛兵に見せる。
ここでは父が貴族章を見せる必要があるそうだ。
「お帰りなさいませ、公爵閣下。陛下が首を長くしてお待ちですよ」
そう笑いながら衛兵が挨拶をしてくる。
しかし王宮の衛兵から「お帰りなさいませ」っていうのは変な感じだ。
一旦、公爵家の使う離れに向かい、着替え直す。
貴族服とはいえ旅装なので、正装に変更しなければならない。
旅装に比べて飾り紐や色々な刺繍で彩られた正装は、かっちりとした雰囲気で、旅装ほどは動きやすくはない。それでも動きやすい方なのだろうが。
ミリィに手伝ってもらいながら服を着替える。
というか、強制的に手伝うからとやってくるのだ。
とにかく手早く着替えて早めに集合できるようにする。
リビングに戻り、ミリィに紅茶を入れてもらっていると皆が着替えて出てきた。
「あら、早いじゃないの。その正装も似合っているわよ〜」
そう母上に言われる。
「ステータスは見たか? どうだった?」
父はステータスの方に興味があるようだ。
「まだみていないですよ、父上、母上。すぐに王宮に行くのでしょう?」
そう。ステータスの見方は聞いていたが見る暇がなかった。
どんなものになっていることやら。セロウス様がステータスを高めにしておいたと言われていたが……
「まだ時間はあるから部屋で見ておけばいい。もし他の人にも見せるなら『ステータス:パブリック』と唱えればいい。……見せてくれて構わんぞ?」
父はよっぽど気になるようだ。目が怖い。
「一旦自分で確認してからにしますから」
一旦部屋に戻って見てみる。
「どんなものかな……『ステータス』」
そして自分の視界に映ったものはこんなものだった。
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名前:レオンハルト・フォン・ライプニッツ
年齢:5歳 性別:男性 種族:人族
レベル:1
スキル:
称号:転生者、***、***、******
加護:七柱神の加護(世界・生命・天地・魔術・商業・武芸・芸術)
《ステータス》
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意味がわからなさすぎる。
あまりにおかしなステータスで、説明のしようがない。
しかも一部見えない称号まである。
あいにく、攻撃力系は高くなさそうだ。
流石に子供だしな。
……その割には強い気がするが。
魔法は使ったことがないので仕方ないだろう。
物理攻撃力は、訓練の成果かな。
しかし、頑丈すぎて大丈夫か?ほぼどの攻撃も食らわないのでは?
それよりも。
これから両親や皆にこれを見せるのか……
憂鬱すぎる。
そんなどうしようもないことを考えながら、ソファーに身体を預けた。
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