僕と彼女と黒帯と 第二話
冷門 風之助
黒帯と、その後・・・・
今月の僕の相手四人が決まった。
某公立大学の柔道部員、痩せてはいるが、僕よりも背が高い。
県立中学の柔道部員。肥っていて、如何にも柔道向きという体型だ。
私立高校生、強豪校ではないが、常にベストエイトぐらいまでには名を残す。肥ってはいないけれど、がっちりした体型だ。
最後の一人は警察学校の生徒、つまりは巡査の卵というわけだ。背は僕とそうは変わらないけれど、目はらんらんとしていて強そうだった。
初戦が始まった。
「初め!」審判の声がかかる。
最初はあのがっちりした高校生だ。いつもの僕なら、ここでもう相手に呑まれてしまうところだが、今日は違った。
(何としても勝つんだ!)
いつも以上に燃えていた。
がっと組み合った。力は強かったが、組手は僕の方が有利だった。
僕は退かず、足技を連続して仕掛けていった。
こうなると技もへったくれもあったもんじゃない。
何度目か、僕の小外刈りが、相手をぐらつかせた。
(今だ!)間髪を入れず、背負いに行く。
上手く入った!
少し崩れ気味だったが、相手の身体が僕の頭の上を飛んだ。
二年間柔道をやっていて、あれほどの背負いが出来たのは初めてのことだった。
『一本!』審判の声が飛ぶ。
(やったあ!)
僕は心の中で叫んでいた。
学校の道場でも、こんな見事な一本をとったことはかつてない。
僕は飛び上がってガッツポーズをしかけたが、審判に制止されて、辛うじて思いとどまった。
これで一点、あと一点である。
次の相手は、あの肥った中学生だった。
僕の後輩にも似たような体型のは何人かいた。確かに苦手ではあったが、決して勝てないとは思わない。
根拠はまったくなかったが、今日の僕はそんなファイトが何故か湧いていた。
前と同じで、ひたすら動き回ったが、さすがに相手は重い。
向こうが半ば強引な大外刈りに来た。
危うく一本になりかけたが、有効だった。
ここで焦っては損である。
僕は構わず攻め続け、対落としで有効を取り返した。
これでポイントでは並んだ。
僕は徹底して動き回り、相手に付け入るスキを与えなかった。
結局制限の三分を使い切り、引き分けとなった。
(あと0.5!)
思わず僕は観客席を見た。
早苗さんは両手をしっかり握って、真っすぐ僕を見ていてくれている。
次の相手は僕より遥かに背の高い、あの大学生だ。
手足も長い。
(こりゃあ、寝技にでも引き込まれたら、損だな)
僕は心の中でそう思った。
案の定、相手は長い腕を伸ばして、僕の奥襟を取り、内股をかけにくる。
しかし僕は必死で引き手を切る。
これに終始した。
流石に向こうもいらついてきたんだろう。
焦って何度も強引に技を懸けに来た。
(よし!)
僕は心の中で叫び、一端放れた次の瞬間、相手の両太ももを掴み、身体を向こうに預けるようにして押した。
双手刈りである。
どしんと音を立て、相手の身体が背中から落ちた。
(今は双手刈りは反則だが、僕の時代はまだそうじゃなかったし、それに昇段試験だから、審判も大目に見てくれたんだろう)
『一本!』
この声は、何度聞いても気持ちいいものだ。
(やった!)
自分でも信じられない。引分けではなく、自分で技をかけて二勝したのである!
僕は夢でもみてるんじゃないかと思った。
でも夢じゃない。
本当なのだ。
これで待望の黒帯だ!
(ひょっとしたら最後の一人も・・・・)
そうなれば準抜である。
後輩にもバカにされ、先生や先輩にもそれほど期待もされなかったのだ。
大いばりで帰れるぞ!
僕はまた彼女を振り返った。
嬉しそうに笑って、手を叩いてくれている。
柔道を知らない早苗さんにも、僕の喜びの意味がわかったんだろう。
しかし・・・・しかしである。
残念ながら、現実はそんなに甘いもんじゃなかった。
最後の相手は、背は僕と同じくらいで、華奢にみえたが、警察学校の生徒とはいえ、現役の警官になろうという人だ。
開始早々、小内刈りで有効を取られ、その後休む間もなく対落としで技あり、そして止めは背負い投げで技あり、要するに合わせ技で一本負けというわけだ。
確かに悔しくはあったけれど、でも僕の心の中には、不思議とそう快感が残っていた。
形(投げの形の最初の方)と筆記は、先月後輩に相手をして貰って合格していたから、僕の点数表には、赤い、
『合格』というゴム印が押された。
もう辺り憚ることなく、僕は喜んだ。
その日はもう既に弐段を取っていた二人の同輩も見に来ていてくれ、二人とも喜んでくれたが、一番嬉しかったのは、着替えを終えて外に出た時、声をかけてくれた
早苗さんだ。
「おめでとう!初段、合格したわね!」
早苗さんは満面の笑みを浮かべて、僕にそう言ってくれた。
『有難う、ここまでこれたのも、早苗さんのお陰だよ。」僕はそういったが、柄にもなく涙があふれてきた。
「ううん、そうじゃないわ、君が努力をしたからよ。努力に勝る天才無し、だわ」
「あの・・・・早苗さん、お願いがあるんだけど」
「え?何?」
『初段の免状が学校に届いて、先生から黒帯を貰ったら・・・・」
「貰ったら?」
「僕と一緒に一枚写真を撮ってくれないかな?柔道着を着て」
「なんだ。そんなこと!いいわよ!」
早苗さんは再びにっこり笑って承知してくれた・・・・・
あれから何年経っただろう?
僕は高校、そして大学、社会人と柔道を続け、段位も三段まで取り、今では仕事の傍ら、先輩が開いている道場で、子供たちに柔道を教える手伝いをしている。
え?早苗さんはどうしたかって?
特別に何もなかった。
あの後彼女はお父さんの仕事の関係でアメリカに行き、現地の大学を卒業して就職し、向こうの男性と結婚し、幸せな家庭を築いている。
僕は僕で、大学時代に出来た彼女と結婚した。
でも、彼女の励ましで身を結んだ初段が、僕にとって一番の宝物だ。
初段の免状は、今でも額に入って、僕の部屋の壁にかけてある。
そう、彼女と撮った写真と一緒にね。
終わり
僕と彼女と黒帯と 第二話 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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