天地断絶のディスガイア

寄道 夜道

須佐之國

第一話:目覚め

 今日が、また始まってしまう。

 余りの憂鬱さに思わず寝返りを打つ。

 訓練まではまだ時間がある。

 持て余すくらいなら、このまま微睡みに身を委ねてしまおうか。



 朝など来なければいい、このまま世界が止まってしまえ。

 そう願いながら眠るのが僕の日課であり習慣だが、未だその願いが叶う様子は絶無だ。


 絶望だ。


 毎日毎日、何かを傷付けることしか出来ない技術を、ただひたすらに学ぶだけの日々。


 訓練が始まったのは五歳の頃だったか。

 始めのうち、キミの力が必要だ。と言ったようなことを里の者に言われて、喜々として取り組んでいたのを覚えている。


 そう、嬉しかったんだ。

 忌々しいだけでしか無かった、この「火龍」の力で誰かの役に立てるのか、と。

 希望を与えられたようだった。

 戦う術を覚え、戦うことで、畏れられるだけでしか無かった「皆」から憧れ、敬われ、認められることが出来る、と。


「火龍」の血を継く。たったそれだけの事で、疎まれ続けた日々。

 それが終わるのだと聞かされれば、「戦うことは嫌い」だなどと言う筈もなかった。

 いや、初めのうちはそんな考えも浮かばず、ただ盲信的に訓練に励んだ。


 ......それが、自分可愛さに何かを、誰かを傷付けることだとも気付けずに。


 はっきりとそれが分かったのは、齢十を数えてしばらくの頃。

 初めて竜と戦った時だった。


 初めて加減をしなかった。

 初めて実際に力を振るった。

 初めて意図して何かを傷付けた。


 初めて......誰かを殺した。


 ただでさえ、幼い頃から人と関わるときには、常に傷付けぬよう、壊さぬよう細心の注意を払って接していた。

 誰かを傷付けることが僕の「恐怖」になっていた。


 大義名分を自分に言い聞かせ、その「恐怖」を必死に押さえ込み、無我夢中で戦った。

 力を振るう悦びなんて、欠片も感じることは無かった。


 気付けば「竜」は、物言わぬ骸と成り果てて、潰れかけた虚ろな眼で、こちらを眺めていた。




 ​────やめろ、こっちを見るな。


 ​────仕方ないんだ、お前達がいるから。


 ​────竜が生まれるから「皆」は苦しむんだ。



 ​────​────竜がいるから、「僕は苦しいんだ。」



 それは偽らざる僕の本音だった。

 人として扱われないのは勿論、バケモノ扱いは日常茶飯事だった。

「皆」にとっての「僕」は、「人」ではなくて「龍」だった。

 それだけの事だった。


 それだけの、事だったんだ。


 それ以来も、変わらず訓練は続けた。

 それを何の為にするのかは、考えなかった。

 それで何を為すのかも、考えなかった。

 もはや褒められようとも、認められようとも考えなかった。

 ただ淡々と、言われるがままに傷付けた。

 八つ当たりのように殺し続けた。

 ......自分の心をも、殺し続けていた。



 そうして今日、僕は十五に成った。

 ようやく回り始めた頭が思い出した。


 ​────そういえば、今日は緊急の武装竜機の整備があるから訓練は一時間遅らせて始めるとか言っていたか。


 それなら、ともう一度寝返りを打って気付いた。

 寝床に「何か」が居た事に。


 その「何か」が背中にぶつかって、布団から転がり出た。



 ......それは、比喩でなく、たった今殻を破ったところの、小竜だった。



「「......は?」」



 互いに開口一番、シンクロした。


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