お別れ前の言葉

     ワシントン州 香澄の病室 二〇一五年八月二七日 午後九時〇〇分

 その後も香澄とエリノアを励ますために、フローラたちは何気ない話をしつつも彼女たちの心の支えとなった。しかしここは彼女たちの自宅ではなく、ワシントン大学メディカルセンターの病室の中。面会謝絶という形ではないものの、患者との面会時間も午後九時〇〇分までと決まっている。

「……あっ、もう夜の九時ですね! 寂しいけれど、お話の続きはまた今度にしましょう」

「エリー、香澄。今日はこれで帰るけど、近いうちにまた遊びにくるわ――それから香澄。今度私たちが遊びに来た時にまた暗い顔していたら、承知しないからね」

「えぇ、分かったわ。メグ、ジェニー。今日はお見舞いに来てくれて、本当にありがとう」


 香澄なりにマーガレットとジェニファーをお礼の気持ちを述べるのだが、どこか他人行儀な雰囲気も見られる。これもいつもの光景だと思いつつも、

「気にしないで、香澄。そして困ったことがあったらいつでも力になるから、その時は気軽に連絡してね」

出来るだけ香澄の心を傷つけないようマーガレットなりに配慮した対応を見せる。


 ジェニファーもマーガレットと同じ気持ちを香澄へ伝え終えた時、彼女が手にしているある物に注目する。

「――ところで香澄。さっきから気になっていたんですけど、あなたが左手に握っているその紙は何ですか? 本や教科書ではないとすると、中身はお手紙ですか?」

「あぁ、これはさっきフローラから渡されたお手紙よ。でも中身について聞いたら、“それは今日寝る前に確認してね”ってフローラが言われたわ」

「そうなんですか? ……でも変ですね。目の前に香澄がいるのに直接言わないで、わざわざ封筒に入れるなんて」


 フローラからの贈り物だと聞いたジェニファーだが、この場に香澄がいるのになぜか本人にそのことを尋ねようとはしない。そんなフローラらしからぬ態度に眉間にしわを寄せつつも、少なからず疑問を抱くジェニファー。

「ジェニー、きっとフローラは私たちに気を使ってくれたのよ。……ほら、フローラとケビンの二人は、今エリーの所にいるでしょう? たいした内容は書いていないと思うけど、今日寝る前に確認しておくから心配しないで」

「私もそう思うよ、ジェン。フローラのことだから、香澄の言うように私たちに気を使ってくれたんだと思うわ。……ジェンも香澄と同じで、本当に心配症なんだから」

「そう……ですか? まぁ、香澄とマギーの二人がそう言うなら、私もそれでいいんですけど……」

 フローラなりに気を使ってくれたのだろうという形で結論が出たことで、香澄たちの疑問もこれで解消された。


 そして香澄がマーガレットとジェニファーの三人がお話をしている同時刻、フローラとケビンはエリノアの側にいた。香澄ほど症状は重くないが、PTSDと拒食症を患っているエリノアにおいても、何かと油断は禁物だ。

「……何度も言うようだけど、エリー。入院中は香澄が一緒だから大丈夫だと思うけど、いつでも気軽に僕らへ連絡していいからね」

「ケビン、ありがとうございます。でも来月からケビンとフローラは大学で講義があるので、そのことを考慮した上で連絡しますね」

「すぐに電話に出られないことはあるかもしれないけど、出来るだけ早く掛け直すからね」

 困ったことがあったらいつでも力になると言ってくれたケビンの優しさに、エリノアは数年前に他界してしまった自分の父親の面影を見ていた。

「出来る限り時間を作ってお見舞いに来る予定だけど、私たちがいない時は香澄と一緒にいるといいわ。ちょうど病室もお隣だし、積もるお話も色々あるでしょう?」

「ありがとうございます、フローラ。そして今まで香澄と離れていた時間を、この入院中の間にいっぱい取り戻してみせますよ!」


 入院生活にどこか後ろめたさを感じている香澄とは異なり、いたって前向きに考えているエリノア。この困難からの立ち直りが早く逆境に強い性格こそ、香澄にはないエリノアならではの性格でもある。

そんな明るく前向きなエリノアの姿を見たフローラも、心なしか嬉しそうだ。同時に安堵した表情を浮かべているフローラは、エリノアやケビンが良く知る彼女の姿でもあった。

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