張り詰めた空気の中で
オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前二時一五分
フローラに香澄を救う道を託したエリノアたちだったものの、彼女が用意したカードはあまりにも恐ろしいものだった。明らかに勝ち目のない戦いに敗れながらも、恐怖や憎悪に支配された香澄は逆上し、フローラたちに催涙スプレーを向けてしまう。だがそんな状況を予想していたかのように、フローラは氷のように冷えたまなざしを向けつつも、用意していた銃を香澄へ向けたのだ。
あの温厚な性格のフローラがまさか銃を持ちだすと思っていなかったのか、彼女の背中をそっと見守っていたエリノアたちも驚きを隠せない。
『嘘……何かの冗談でしょう!?』
と言わんばかりに、エリノアたちはお互いの視線を確認している。
どうやらそれは香澄自身も同じ気持ちのようで、無意識の恐怖によるものなのか、先ほどまで片手で持っていた催涙スプレーを両手に持ち変えている。
「……だ、大体フローラにこの私が……本当に撃てるの? そ、そんなの……ただの脅しでしょう!?」
恐怖のあまり何かを発せられずにはいられないのか、自分の思ったことをそのまま口にする香澄。
これまでの穏やかな口調が一変し、口調の荒荒しさも見られる。そのことから今の香澄は「香澄A」ではなく、「香澄B」の人格が強く前に出ているに違いない。
「…………」
そんな香澄に対する答えとして、無言のまま静かに銃の撃鉄を起こすフローラだった。
取り乱すことなくかつ冷たいまなざしのまま銃口を向け続けていることから、今後の香澄の反応次第では、フローラは本気で銃の引き金を引くと思われる。……娘同然に愛情を注いできた香澄へ銃を向けるフローラは、一体何を考えているのだろうか?
「その催涙スプレーを捨てなさい、香澄。この距離で催涙スプレーと銃のどちらが強いか……頭の良いあなたなら、どうすればよいか分かるでしょう?」
「……っ!」
さすがに銃が相手では分が悪すぎると思ったのか、眉間にしわを寄せピンク色の唇を強く噛みしめながらも、両手に握られていた催涙スプレーをゆっくりと落とす香澄。“コロン”という静かに鳴り響くスプレー缶の音だけが、この部屋の緊張感を物語っていた。
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