母親から娘への愛情表現

    オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前二時三〇分

 香澄とフローラの心理戦が始まってから一時間以上が経過し、少しずつではあるが状況は変わりつつあろうとしている。最初は一方的に香澄が有利だと思われていた場面も、強引な方法ではあるがその状況をフローラが解決しようとしている。


 恐怖や憎しみのあまり思ったことを次々と口に出し続ける香澄とは対照的に、氷のように表情を変えず銃口を向け続けるフローラ。そんなフローラに恐怖するのは香澄だけではなく、後ろで見守っていたエリノアたちもかなしばりに支配されているようだった。……本当なら今すぐにでもフローラを止めたいがそれが出来ない、そんな自分にエリノアたちは少なからず苛立ちを感じているのかもしれない。

「……フローラは問題ばかり起こす私に愛想を尽かしてしまい、しまいには殺したいと思われるほどのね。だからあなたは私に銃を向けている……違う?」


 これが最後の言葉だと思ったのか、突如フローラが銃を突きつけた理由について語り始める香澄。その口も少しずつ滑らかになっていき、怯えた様子もなく香澄はその理由について語り続けている。


 一種の諦めとも取れる香澄の発言を聞くや否や、これまで氷の微笑を維持していたフローラの顔に一点の笑みが浮かぶ。

「私があなたのことを嫌っている? ……それは違うわよ、香澄」

突如ほくそ笑むフローラに苛立ちを示したのか、ものすごい剣幕で彼女を睨みつける香澄。

「……私のことを嫌っていないですって!? だったらどうして、私に銃を向けるのよ!? 他に理由なんて考えられないわ!」


 いきり立つ香澄とは対照的な態度を見せつつも、フローラはただ静かに微笑みを浮かべているだけ。優しい笑みと合わせるかのように、フローラの口調もまた少しずつ穏やかになっていく。

「むしろその逆よ、香澄。本当の娘のように香澄をからこそ……私はここであなたを止めなければならないのよ! 仮にここであなたが逃げてしまい大惨事を起こすようなことがあれば、それこそ取り返しのつかないことになるわ。……冷酷な女と呼ばれても構わない、非情な決断と責められようと私は構わない。そして命をかけないと香澄が帰ってこないと言うのなら……私はわ!」


 フローラにとって、それはまさに命がけの決断だった――ワシントン州の某レストランで発表したフローラが考察した通り、香澄はエリノアたちの説得に応じなかった――しかしそれはある意味、フローラ自身の考えが間違っていなかったことを証明している結果でもある。


 一方の初めてフローラの気持ちを知ったことにより、香澄の瞳にもある変化が出ようとしている。少しずつではあるが、フローラたちに対する警戒心を自発的に解きつつある香澄。そして今日まで自分は悲劇のヒロインだと思いこんでいた香澄自身も、フローラたちに背中を押されながらもしっかりと現実を受け止めようとしている。

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