それぞれの歩む道

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年七月三〇日 午後一〇時〇〇分

 七月の夏ももうすぐ終わりを迎えようとしているこの季節の中で、おのおのがそれぞれの道を歩もうとしている。

 ワシントン大学で教職員をしているケビンとフローラの夫婦は、夏休み終了後の講義に向けて色々と準備をしている。元々は夫婦二人で暮らしていたのだが、数年前からトーマスや香澄たちが家に住むようになってから、その暮らしぶりも一変する。ジェニファーを除いた三人とは昔からの知り合いでもあり、どこか退屈だったハリソン夫妻の生活も一気に明るくなる。

 

 今年の六月に無事卒業式を迎えることが出来たジェニファーは、ワシントン大学の大学院でさらに心理学を学ぶ予定。大学生から大学院生へと変わるジェニファーは、フローラの助手をしながら勉学に励む予定。同時に一年休学していた香澄も同じ道を歩む予定なので、“早く新学期がこないかな?”と一人胸が躍るジェニファー。


 香澄と同じ時期に音楽理論を学んでいたマーガレットは、卒業後大学院へは進まず劇団員になる道を選ぶ。大学院でさらに音楽理論を学ぶ、という選択肢もあった。だが卒業式を終える少し前に、ベナロヤホールの支配人アレックス・バーナードからのお誘いがあった。

 二つの進路を天秤にかけた結果、大学院へは進学せずベナロヤ劇団に所属することになったマーガレット。何かと不規則な生活が多いのだが、そんな苦難にめげず今日も練習に励んでいるマーガレットの明るく元気な姿が印象的だ。

 同じく心理学科に在籍するエリノアは大学二年生となり、成績についても上位を維持しているため問題ない。だが香澄たちとの間にトラブルが起きてしまったことにより、彼女の将来が今度どうなるのか少し不安だ。


 そしてエリノアとの間にトラブルが起きたことによって、香澄の少しずつ癒えかけていた心の傷口が再び開こうとしている。そんな香澄の心労を感じたマーガレットたちが、彼女に元気になってもらおうと色々と気を使っている。

 しかし自分を見失っている状態の香澄にとって、そんなマーガレットたちの優しさを真正面から受け止めることが出来ない状態にある。……一体香澄の心の奥底には、どんな本心が眠っているのだろうか?

『こんな精神状態で私、無事に大学院生になれるのかしら? 早く何とかしないと……』

 心に空いてしまった穴を埋めようと、必死に光に向かって歩き続ける香澄。だがただ闇雲に歩きもがき続けても、かえって泥沼にはまってしまう。爪の中に泥の跡を残しながらも、香澄の体と心は今日も居場所を探し求めさまよい続けている……

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