幸せな家族の日常に浸るトーマス

   ワシントン州 グリーンレイク 二〇一二年一〇月八日 午前一一時〇〇分

 トーマスが芝生で一息入れているハリソン夫妻の元へ向かうと、二人は笑顔で楽しそうに話をしている。しかし特別重要な話をしているというわけでもなく、“最近こんなことがあった、今日の夕食は何?”などの、ちょっとした世間話が多い。――それはおしどり夫婦のような光景で、ハリソン夫妻の顔は満面の笑みで満ち溢れていた。


 そんな幸せそうな二人の様子を伺いつつ、トーマスがそっと声をかける。

「ケビン、フローラ。二人で一体何を話しているの? 僕も仲間に入れて!」

「やぁ、トム。ちょっとした世間話だよ。それよりもトム――僕らはてっきり、君はカスミたちと一緒に散歩へ行くのだと思っていたけど――彼女たちはどこへ行ったんだい?」

「うん。僕もさっき香澄たちを探したけど、どこにもいなかったんだ。でも一人でいるのはつまらないから、ケビンたちと一緒にいようと思ったんだけど……だめ?」

数ヶ月前まで暗い陰を落としていた少年とは思えないほど、太陽のように眩しい笑顔を返すトーマスが印象的だ。

「いいえ、大丈夫よ。さぁ、トム。こっちへおいで」

 そう言いながら、自分の側に寄って来たトーマスの頭を優しく撫でるフローラ。その気持ちに答えるかのように、トーマスはその小さな体をフローラの肩にそっと寄り添う。……今まで愛情に飢えていた、トーマスなりの愛情表現だろう。


 誰が見ても仲むつまじい間柄のケビンとフローラ、そしてトーマスの姿がグリーンレイクの景色や緑の中に彩られている。その愛情に満ち溢れた姿は、第三者から見れば本当の親子のようだ。特に突然の不幸で両親が他界してしまった九歳のトーマスにとって、そんな何気ない日常を噛みしめることが何よりの幸せ。


 その後もハリソン夫妻とトーマスは和気あいあいとした雰囲気が続き、何気ない日常のことで話題はもちきり。今まで話し続けて少し喉が渇いたのか、芝生の上に座っていたケビンが、“ちょっと飲み物を買ってくるね”と言いながら立ち上がる。

「あなた、もうすぐお昼よ。それまで我慢出来ないの?」

「じ、実はね――ちょっとトイレにも行きたいんだ。そのついでに何か飲み物でも買おうかと思って」

「あら、そうだったの? それなら無理をしないで、行ってきなさい。……あっ、お手洗いの場所は分かる?」

「大丈夫だよ、フローラ。さっき僕らが歩いた場所に、トイレがあったから」

ケビンが指さす方向には、利用者向けのトイレが見える。その後ケビンは“君たちも一緒に行くかい?”と誘う。

「いえ、私はまだ大丈夫よ。トムはどうする?」

「ううん、僕も大丈夫だよ。それよりもケビン――この公園って結構広いんだから、迷子にならないように気を付けてね」

結局トイレはケビン一人で行くことになり、彼の背中を後ろでそっと見送るフローラとトーマスの姿があった。


 ケビンが戻ってくるまでの間、芝生の上でのんびりとした時間を過ごしているフローラとトーマス。その間も楽しそうな会話は続いており、その話題は尽きることがなさそうだ。

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