(後編) 罪の行方

戦慄が吹き荒れる嵐

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅二〇一五年七月二四日 午後九時〇〇分

 エリノアの口から語られる何気ない言葉が、これまで賑やかで活気溢れていたリビングの空気を一変させてしまう。常に笑い声が聞こえていたリビングも、次第に沈黙の時間に支配されていく。そして食器棚の中からミネラルウォーターを入れるためのグラスを用意していたフローラは、驚きのあまりそのグラスをすべて床に落としてしまう。……突然鳴り響くグラスの割れた音が、香澄たちへさらなる恐怖を与えている。

「ご、ごめんなさい! す、すぐ片づけるから……」

 だが動揺しているのはフローラだけではない。リビングの椅子に座っていた香澄たちでさえも、驚きのあまり目を見開きながらお互いを見つめている。


 一方で何の事情も知らないエリノアは、その後もトーマスたちとの関係を話し続ける。だが香澄たちの心はここにあらずという状況で、必死に説明するエリノアの言葉もその耳には届いていなかった。

「それで私はトーマスたち、ううん――トムたちにもう一度会いたいと思いまして。彼らのお家があるオレゴン州の中心都市 ポートランドの自宅を訪ねたんですけど、どういうわけかそこに彼らの姿がなかったんです」

 とっさに写真を手に取り裏を確認すると、そこにはと書いてある。かろうじて動揺を隠し通す香澄だが、何も事情を知らないエリノアの言葉を聞くたびに顔色が真っ青になってしまう。……まさかとは、嬉しそうに思い出話を語るエリノアは夢にも思っていないだろう。

 だが先ほど明らかに異なる素振りを見せる香澄たちへ、さすがのエリノアもその変化を不審に思い始める。だがエリノアにはその真意が一向につかめず、不思議そうな瞳で香澄たちをただ見つめている。

 そして香澄たちの心の中では目の前にいるエリノアに対し、事の真相を話すべきか苦悩する姿があった。

『ほ、本当のことをエリーに話すべき? 真相を知るなら少しでも早い方が良いと思うけど……』


 香澄たちにとってまさに究極の選択が迫られる瞬間だった。先ほどまで賑やかだったリビングが一瞬の内に静まり返り、香澄たちの胸の鼓動が今にも聞こえてきそうなほど緊迫した雰囲気。

『本当は私たちもこれ以上――あの時のことを思い出したくない。そう思っていたはずなのに――これは私たちが長い間あの子を――なのかしら?』

 静かに瞳を閉じながら、トーマスと一緒に過ごした日々のことを走馬灯のようにゆっくりと思い出す香澄。だがそれは心の傷が癒えかけていた今の香澄にとって、傷口に塩を塗られるような心苦しい瞬間でもある。

 しかしこれ以上自分を偽りたくないという気持ち、もしくは自分自身への罪悪感のためか、そんな複雑な心が香澄の中で駆け巡っている。そして何かの見切りを付けたかのように、これまで重く口を閉ざしていた香澄から驚きの真相が明かされる。

「え、エリー、落ち着いて聞いて欲しいの。あなたが探しているサンフィールド夫妻はもう……この世にいないの。エリーがフランスで彼らと出会った後にね、交通事故で亡くなってしまったの。彼らは皆……大学のすぐ近くにあるレイクビュー墓地で静かに眠っているわ」


 香澄の口から重い真実が語られるが、肝心のエリノアは“香澄、何を言っているの?”と鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。とっさに隣にいるマーガレットとジェニファーに視線を送るが、あいにく二人はうつむいたまま。

「そ、そんな……嘘でしょう!? 数年前まで一緒にいたリースたちがもう……他界していたなんて」

 次第に香澄の言葉が嘘ではないと知る一方で、ショックを隠しきれないエリノア。そして体からすべての力が抜けてしまったかのように、リビングのソファーに倒れ込んでしまう。香澄たちの想像通りの反応で、エリノアはすっかり放心状態。

 すでに自分たちの言葉が届いているか分からなかったものの、個人的にサンフィールド夫妻と交流があったフローラは事の詳細を語り続ける。だがエリノアの耳には届いておらず、案の定という結果になってしまった。


 深い哀しみに打ち浸れるエリノアを前にしながら、今の香澄たちに出来ることは何もなかった。同時に数年前の自分の姿を見ているようで、時折涙を流す香澄たち。

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