髪を捨てる
私は、相変わらず中庭を見つめていた。夏乃は何回も茶化そうとするけど、今はそんな気分じゃない。
「はあ、まだ乾かないや。」
「いつになったら乾くんだろうね。」
まだ濡れたままのお互いの服を見せ合いっこした。涼果は何度も髪をセットする。三人とも、高三に上がるまではロングヘアがトレードマークだった。それが、いつの間にか夏乃が二十センチくらい髪を切ってしまって、ちょい長めのボブみたいな髪型になった。あの時はびっくりした。でも、私はずっとロングのままでいるつもりだ。今の所。もしかしたら、気が変わるかもしれない。その時は、ちゃんと一礼してから、髪とおさらばすることにするつもりだ。
「夏乃も、やっと髪が伸びて来たね。」
「全員ロングの復活だ!」
「よかった。三人とも同じ髪型。」
「ふふふ。」
「涼果はいつもそんな感じ。なんか、そっけない。」
「ちょっとめんどくさいだけ。」
「そっかそっか。」
何気ないいつもの会話が続いていた。果てしなく、続くはずだった。だが、次の瞬間、また非日常の世界に私たちは引き摺り込まれてしまう。
「あれ、深青?」
「深青、どうしたの?」
「なんか、変。」
「えっ?」
私は、まるで悪いものに取り憑かれたかのように、自分で自分の身体をコントロールすることができなくなっていた。それどころか、襲うなんて考えられない二人を襲いたいという気持ちが最大限に高まっている。一体、どうしたことだろう。言葉に発することで、なんとか自分をコントロールしようとした。
「そんな、私はこの二人を襲おうなんて思わない。だって、親友だもの。」
「深青、もしかして。」
「そう、そのもしかしてなの。」
「嘘でしょ。嘘って言ってよ。」
もはや、私は私じゃなくなっていた。なんとか、理性をコントロールしようとしても、もうどうしようもない。私は自分自身の傍観者でしかなかった。
「涼果、こっち来い。」
「深青?」
「早くしろ。」
「ちょ、やめて。」
理性よりも先に身体が動いてしまう。気づけば、私はなんとかして自分の元へ手繰りよせようと、涼果の髪を鷲掴みにして引きずっていた。涼果の眼には、再び涙が浮かんでいた。まさか、こんなことをするなんて。自分でも想像がつかなかった。夏乃が呆然と立ち尽くしている。
「お前、なんで私の方を見つめているんだ?」
「ご、ごめんなさい。」
「ほら、こっち来いよ。」
続いて、夏乃も頭を鷲掴みにして、トイレの床に正座させた。もはや、私は私でなくなっていた。
「俺様の奴隷になれ。お前ら、一生。」
「お、俺様?」
「そうだ。文句あるか?」
「いや、ありません。」
「俺様なんて・・・私、一体どうなってるの?」
「深青!」
「涼果、夏乃、みんな・・・おい、お前ら静かにしろ!」
「これ、ほんとにやばいやつじゃ・・・」
「何がやばいんだ。」
「いえ、やばくなんかありません。」
「失礼なことを言いやがって・・・おい、こら。何するんだ!」
「自分と戦ってるんだわ。」
「や、闇をどうにか・・・ハサミをハサミをよこせ!!」
私は、何故かハサミを求めていた。私に憑依した者を止めるためには、自分自身に抗うしかない。必死にもがいた。
「何するの・・・髪が邪魔なんだよ。」
「深青、深青を返してよ!」
「深青・・・」
知らない誰かに、傍観者の私は殴り倒された。そして、気を失ってしまった。
「邪魔者はいなくなったな。」
「やめて!」
涼果は深青の身体を借りた誰かに飛びついた。だが、涼果はハサミを突き出されたことで力が抜け、振り払われてしまった。夏乃もそれに続くが、今度は足蹴りで身体を倒し、幾度も甚振ることで夏乃は降参。ついに、逆らうものはいなくなった。これから先に起こったことは、まるでスローモーションのように夏乃や涼果には見えていたらしい。
「髪を、捨てよう。」
この一言で、憑依者は私の髪をザクザクと切り始めた。それは、あっという間だった。何年もかけて伸ばしていた髪を、ものの数分で切ってしまう。後ろから見ると男の子に見えるくらい、ザクザク、ザクザクと切っていった。二人は言葉を失った。続いて、憑依者は夏乃をハサミで刺そうとした。
「深青!!」
だが、この夏乃の叫びをきっかけに、何者かに憑依された深青の身体は、まるで空気が抜けたように床へ倒れ込んでいった。
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