鶴織さんと僕

ターレットファイター

邂逅

■ 01



 一九何〇年代だ、今は?

 佐藤が部室棟を見て真っ先に感じた感想はそれだった。

 まず、建物の外観が古めかしい。大き目の窓と窓の間かれ丸みを帯びた柱が半分突き出ている。入り口や窓、庇もアーチ形や曲線で出来ていて、どことなく優美ですらある。蔦の間からのぞく外壁の色は、色あせたクリーム色だ。渡り廊下の金属製の屋根がはっきりと違和感を放っている。部室棟の周囲は、校舎の裏手と学校の中でも奥まった場所にあるせいか学校とは別空間のようだ。

 一目で後から追加したと分かる金属製の扉を押しあけると、部室棟の中は少し薄暗い気がした。蛍光灯は天井でしっかり光っているはずなのになんとなくそんな雰囲気だ。

 鉄筋モルタル造り、三階建て。関東大震災後に学校の別館として建てられ、太平洋戦争の爆撃にも耐えて今は部室棟として使われている。市だか県の歴史的建造物になんたらかんたら。佐藤は入学後のオリエンテーションで聞かされた説明をふと思い出した。確かに、そんな雰囲気があちこちからにじみ出ている。

 佐藤は手すりがコンクリートでできた階段を上って三階へ。曲線を描いて柱と一体化しているアーチ形の梁をいくつもくぐり、廊下の一番端まで進む。部室棟らしく、廊下の壁には部員勧誘や生徒会からの注意が書かれたポスターがあちこちに張られている。左側の壁に並んだ引き戸は木製の古びたものと、ステンレス製の新しいものが混在。どうやら、教室として使われていたころから残されている扉と、部室棟として使用する時に増設された扉が混在しているらしい。

 廊下のいちばん端に佐藤の目的の扉はあった。その扉の横のプレートには「文芸部」と書かれている。ドアの上に渡された梁には「一年一組」という古ぼけ、文字が半分消えかかったプレートが残っている。

 その木製の年季を帯びた引き戸の前で、佐藤は一瞬だけ扉を開けるか迷った。

 もともと、佐藤は高校で部活をやるつもりはなかった。中学のころにやってた部活にしても大して好きだったわけでもなく、ただの惰性でやっていたわけだから高校でも続ける気は全くない。けれども、この学校の新入生は全員が何らかの部活に入らねばならないらしい。だから、勧誘時に部長から「幽霊部員でもオッケー。籍だけ入れてくれればそれでいい」と言われた文芸部に入った。

 幽霊部員になるにしても一応は顔を見せておいた方がいいと思ってここまで来たんだ、いざとなったら適当な理由をつけて帰ればいい。なに、どうせ幽霊部員になるんだから何の問題もない。そもそも、幽霊部員ですら必要とする部活なんだから大して人はいないだろう。

 自分自身にそう言い聞かせつつ、佐藤は古ぼけたドアノブを一気に引いた。

 扉が開いた瞬間、部屋の内側から風が強く吹いてきた。佐藤は手で顔をかばい、思わず目を細める。窓の向こうで木々がザワザワと葉を鳴らしていた。

 もともと教室だったのをいくつかに仕切りなおしたせいか、やたらと細長い部屋だ。部屋の中は、左右の壁を本棚が埋め尽くし、その中には様々な本が詰まっている。古い本が多いのか、埃の匂いがかすかに鼻をつく。

 そして――その向こう、部屋の突き当たりに窓があり、その窓際に少女がいた。年は自分と同じくらい、この学校の女子用夏服の真っ白なセーラー服を着ている。まるで時が止まっているような部屋のなかで、その少女だけが違っていた。なんとなく、浮世離れした感じのする少女だ。

 その少女は吹き込む風で自分の髪の毛がなびいているのを気にする様子もなく、目の前の紙の上でペンを走らせていた。窓の外にある木々のざわめきの中で、ペンが紙に軌跡を描く音がかすかに響いている。

 部室に足を踏み入れた佐藤の背後で古びたドアが風に揺らされてガタガタと鳴ったが、少女はそれに対して反応を見せずに一心不乱に原稿用紙に向かっている。まるで、彼女にとっては自分と原稿用紙のみが宇宙に存在するすべてのようだ。


 その表情を見た佐藤は、その場に立ちつくし、しばらくの間、ペンが原稿用紙の上を走る音を聴きながら少女の横顔をじっと見つめていた。


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