第9話 鬼門組
第九章 鬼門組
1
大森。
広域暴力団鬼門組の事務所。
ここでも榊直人のパソコンが起動したことを察知した。広報室長の中新井から渉外課の課長橋本に連絡が入った。
「そうか、榊直人の遺志を継ぐ者が現れたか。顔までそつくりだというじゃないか」
「そいつでしょう。うちの襲撃班をつぶしたのは」
苦い顔で橋本が頷く。中山美智子を誘拐する作戦はすべりだしは、快調だったはずだ。車もまばらな東北道で拉致する。町中より目撃者はすくないはずだ。それにみんな車でとばしている。わざわざ車を止めるものは少ない。警察に連絡するものも少ないはずだ。それが予想外の邪魔がはいった。ヘリで現場までかけつける機動性のあるガードがついていたとは。予想もできなかった。だいたい、美智子を誘拐する目的もまだ知らされていない。
そういったことが今度の仕事をやりにくくしているのだ。どこから指令がでているのかも橋本にはわからない。
「こんどは慎重にやる。まさか。あいつの跡を継ぐやつがいたとは……。キィワードまで知っていたとは。なにものだ」
「いまのところは、なんとも。本人でないことは確かです」
「バカか。映画のボーンアイデンティじゃあるまいし。死んだはずの男が急に動きだすのは、映画だけでたのしんでいればいい――」
熱烈な映画フアンの渉外課長。その実体は切り込み隊長の橋本が不機嫌な顔をする。いくら会社組織にしても。部署もそれらしい名称をつけても。ヤクザの組織だ。体質まではかわらない。もともと幹部はみんな鬼族だ。
「あのとき、直人の死体は確認した。そうですよね」
「至急しらべてくれ」
こんどこそ、いらだった。橋本はオドスように中新井にいった。コンピーターオタクのボケガ。橋本は中新井をののしった。
橋本はビルの地下の駐車場までエレベーターで降りた。組の内部でも前のように渉外部が重きを置かれなくなった。おもしろくない。渉外部がいちばん鬼族らしい活動のできる部署だ。そう信じて来た。いまでは、情報統括をする中新井のほうが組内部でなにかと幅をきかせている。商業原理最優先型の組織に。どこの組でも、変わってしまった。
オトシマエはカネでつける。そういう時代になってしまっている。それが橋本にはおもしろくない。気に食わない。怒り狂った橋本を東都週刊の三品が待っていた。背中を車にもたせかけていた。ながいこと待ったのだろう。
「別人なのは確かです。隼人と呼びかけているのを聞いています」
「それだけわかればじゅうぶんだ。あとはこちらで調べる」
橋本はケイタイを開いた。
「中新井か、さっきはわるかったな。それより榊一族に隼人という男がいないか調べてくれ」
「これだな」
中新井は喜色をうかべた。PCのデスプレー。榊隼人で、検索した。小学生の顔写真がのっている。
日光修験道「榊空手道場」
「フロリダ在住か。なにかあるな」
ケイタイは切らないで置いた。
「わかったぞ。橋本課長、わかりましたよ」
「それは、よかった」
うれしそうな橋本の声。これで、あまりコンピーターに文句はいわなくなるといいのだが。中新井は隼人の顔に直人の顔をかさねてみた。輪郭から目鼻立ちまで似ている。隼人はこの写真の直人の歳くらいになっているはずだ。だったらだれが見ても本人としか見えないだろう。
それから、その横に直人を襲撃した隠れ組員「中村」の写真を張り付けた。
熊倉が始末した中村だ。準構成員にもなっていない男だ。中村には死亡を示す黒枠をつけた。
あの娘。タレントの中山美智子。小娘ひとりも、拉致できない腑抜けだ。それでいて、かってに暴走した。娘をレイプしかねる暴挙だったという。それでも、ともかく――。組のために死んだのだ。これくらいのことは、してやっていいだろう。
2
組員の動行すべてを掌握しているのは。このコンピューターだけだ。その操作をしながら、中新井は橋本にいま調べたことを。知らせる。
「三品さんよ。わかったことがある。こんどはこっちから情報をやる。男は榊隼人。直人の従弟だ。フロリダ在住の空手マンだ」
「それが、どうして今頃日本にきたのでしょうね」
「これはマル秘なんだが、直人のパソコンが三年ぶりに動きだした。隼人の仕業だろう。ということは、隼人は直人の仕事を引き継ぐ気だ」
橋本は中新井から知らされたことを三品に流した。プレス関係の情報源として重宝な三品だ。たまにはこちらから情報を流すのもつき合いというものだ。
居酒屋『庄屋』大森店。
橋本を熊倉とカギ師のケンさんが。が――待っていた。
「どじっちまってもうしわけありません」
「中村は残念だった。ベストの処置だと思う」
「ありがとうございます」
会話だけ聞いているとありふれたサラリーマンのものだ。橋本たち渉外部の武闘派はすこぶる紳士的だ。少しくらい聴き耳たてられてもあやしまれない。極ありふれた日常会話としかとられない。それが怖いのだ。人を消すのも日常の仕事。なんのためらいもない。「邪魔したのは、榊隼人。直人の従弟だ。それから中村の死体の処理が上手すぎる。おそらく、ヘリに同乗していた女は黒髪につながるものだ」
「こんどは、注意してかかります」
「おれもいく」
排除が必要だ。すこしでも、組の営業に不利益を将来もたらすヤツは早めに。
芽を摘む。
剪定する。
根こそぎ抜き取る。
橋本と熊倉とケンさんは、大森から京浜東北線で品川にでた。三年も探して見つからなかった。榊直人のマンションだ。
それが直人の部屋のパソコンが作動した。それだけで中新井がすべてをキャッチした。新しいタイプの筋ものと自負している橋本。中新井が――。
おもしろくない。でも一目置かないわけにはいかない。コンピューターが仕事をする。それがどうもまだ納得できないのだ。アイツはおれよりも先をいっている。おれよりも、新しい。ピッカピッカの新ヤクザだ。
中山美智子を誘拐しろ。
その命令だって。
コンピューターの液晶画面に映ったボスから受けた。
どう考えてもやはり納得できない。中新井が新しいシステムをつくりあげたからだ。ボスの唾を浴びながら指令をだされていたころが。
なつかしい。
マンションへは裏の非常階段から潜入した。
「だれもいないのかな」
3
ケンはのんびりとつぶやきながら部屋のキーを開けた。
「注意していけ」橋本は熊倉に声をかける。
隼人がいた。隼人はまだ部屋にいた。橋本は拳銃を隼人につきつ
けた。隼人は動けない。
「パソコンをもっていけ」
「情報をコピーすれば」
カギ師のケンが橋本をみておどろいていう。コピーすればすむことだ。橋本は、こんなガキに指図されたくない。
橋本はおもしろくない。勝手にやれ。
熊倉は直人のパソコンを開く。
「パスワードは? 教えてくれますよね。」
「さあ、わすれたな。いや聞いていないのかもしれないな」
隼人が素人っぽく無邪気にバックれる。
「いいのかな、痛い目みますよ」
橋本はふたりのやりとりをニヤニヤしながら聞いている。隼人が動いた。パソコンのキーを打ちこむのに集中していた熊倉の頭を上から叩いた。軽くたたいた。だが熊倉はスチールの机に顔をたたきつけられた。
鮮血がパソコンにとびちった。机で鼻をつぶした。
「隼人、キサマ」
橋本は拳銃の握りでなぐりかかった。橋本のストレートを隼人はかわした。左に体をひねる。はずみをつけ強烈な右回し蹴りを隼ははなった。橋本の顔面を右の足がむなしくかすめた。
その右足を軸として、左足の蹴り。
これはかすかに橋本の脇腹をかすめた。
それだけで、橋本の背広がさけた。
「榊流空手。そのていどのものか」
「調べがついていますね」
「バカか。パソコンごとつぶすぞ」
ケンがドスを隼人につきつける。
「橋本さん、むちゃしないでください。パスワードを聞きだすのがさきです。ここにはかなりの情報がはいっています。それをコピーしないことには。隼人のタマとるより、情報をとりましょうよ」
「シャレてる場合か。その面なんとかしろ」
血だらけの顔で熊倉はパソコンを叩いている。橋本が熊倉に視線をむけた。隙が生じた。隼人も胸のホルスターから拳銃を抜く。熊倉の足を撃った。回転いすの軸が火花を散らした。はずみで熊倉が顔をのけぞらして床に転倒した。隼人はすばやくパソコンをかかえこむ。隼人は橋本を拳銃で牽制しながらドアにむかった。橋本は拳銃を撃つのを一瞬ためらった。隼人はケンの顔面に拳銃の台尻をたたきこむ。廊下に走り出た。廊下の角のエレベーターがとまった。
しめた。だれか、マンションの住人が昇ってきた。
ドアがひらいた。兇暴さを全身にただよわせている。予備軍がいたのだ。武闘派の橋本を援護していたのだ。橋本の仲間だ。後ろからは熊倉がドスをキラメカセて追ってくる。
左側は壁。
右にはドアが並んでいる。
そのひとつが内側から開いた。
「隼人。はやく」
隼人は素早く男の声に従った。
「黒髪秀行です」
「ほんとだ、直人のそっくりさんだ」
寝起きみたいな髪の男がいった。
「キリコの弟の霧太です」
「なんだ。同じビルの同じ階にいたのですか」と隼人。
橋本たちがドアを叩いている。
「ポリスを呼んだ。ほうっておけ」
4
秀行が隼人にイスをすすめた。
モニターにマンションのフロントが映っている。
警官が階段を上ってくる。エレベーターに乗り込む。ふたてに別れた。
「敵は6人。注意してくれ。非常口のほうに退いていく」
秀行がケイタイで警官に情報を伝えている。
「オネエチャンに聞いていたけど、ほんとに直人さんに似てーる」
「われわれは、荒事はできるだけさけている」
橋本たちを迎撃しなかったことの説明だった。
「たすかりました」
ようやく隼人は挨拶をすることができた。
「これ、直人さんからの預かりもの」
霧太がコンピューターのずらりと並んだ机の引き出しからもってきた。
小さな箱。
「婚約指輪だ」
秀行が缶コーヒーのボスをすすめながらいった。
「直人があんなことになって、捜査もストップした。われわれは個人プレイがおおいのでな、隼人くんがくるまでは直人のパソコンは開けなかった。隼人という従弟がいることもしらなかった。直人君のことはもうしわけない」
「ありがとうございます。これは中山美智子さんに渡すことにします。それより直人が襲われた原因がわかった気がします」
隼人は美智子の母が鹿沼の麻耶一族の出だということを話した。
「麻耶のひとたちは、邪悪な波動に敏感ですから。オニのいることをすぐにみわけます。直人のことは、じぶんたちの存在を見つけ出されることをきらっての凶行でしょう。麻耶と榊の血を受け継いだ子どもたちのふえるのを恐れたのだと思います」
直人は美智子さんと婚約しようとしていた。
霧降からもどったら……このエンゲージリングを渡す気だったのだ。
隼人は通勤帰りのサラリーマンでラッシュとなっている品川駅から京浜東北にのった。美智子に直人からのプレゼントを渡すためだ。直人には生きていてもらいたかった。砂浜で遊んでもらった。楽しいお兄ちゃんだった。
婚約指輪を渡すこともできずに死んでいった直人。
隼人は直人がかわいそうにおもえてならなかった。
情けなかった。かわいそうだ。あんなにきれいな美智子さんをのこして他界するなんて……。なんとか敵の危害から逃れられなかったのか。
敵のねらいはわかってきた。ぼくら一族の血が麻耶の血とまざる。脅威となる子どもの生まれてくることをきらった。鬼神の実体を見破られるのが嫌だったのだ。ヤッラは隠れたまままでいたいのだ。かくれんぼの鬼のように世の裏側に隠れて悪事を重ねたいのだ。
裏側から人の世を支配しようとしている。その正体わ暴かれたらたいへんだ。
鬼神の実態を隠して置きたいのだ。なにをするにも、秘密であってほしい。それを見極めるものは許せない。
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