ランス 機械のような自分であれば

  ランスは支部の自室で職務に追われていた。


 ここ二、三日は、支部を空けていた期間に溜まった仕事の処理が続いている。


 支部のシスターたちにはルナを連れ帰ってきたことを褒められたが、それはそれ。数日間仕事をほったらかしたあげく、大怪我をして帰ってきたものだから、ランスは治療を受けたあとでみっちりと説教を食らった。実は教団を去ろうとしていたなど、口が裂けても言えない。


 いちおうはケガ人ということもあってか、回されるのは事務仕事ばかりなのだが、一日中書類とにらめっこを続けていると頭がおかしくなりそうになる。事務仕事が苦手なわけではないが、やはり身体を動かすことが性に合っているのだろう。


(いけない、いけない。しっかり仕事してないとまた怒られる)


 本来は支部での立場はランスが一番上なのだが、彼の若さと驕らない性格ゆえ、シスターたちからはわりとフランクに接されている。時には今回のように怒られたりすることもあるが、姉や妹ができたようで、ランスには新鮮だった。


 コンコン、と廊下からドアを叩く音が聞こえる。


「どうぞ」

 ドアを開き、入ってきたのはルナだった。

 瞬間、ランスの表情が強張る。


「あの、一旦休憩にするのはどうかなと思って、紅茶を入れてきたのだけど……」

「あ、ああ。ちょうど集中力が切れていたところだったんだ。喜んでいただくよ」


 ルナがティーカップに注いだ紅茶を二人で啜る。

「……」

「……」


 沈黙。

 どちらも自分からは言葉を発そうとしない。

(……気まずい)

 この雰囲気の原因が自分にあることをランスは気づいていたが、かといってすぐに切り替えて場を明るくすることができるほど、彼は器用ではなかった。


「あの……」結局、先に沈黙を破ったのはルナだった。「ランスは、まだこのあいだの事件のことを気にしているの?」

「ぐっ……」

 図星だった。


「ランスは何も悪くないじゃない。どうして悩む必要があるの?」

「……あの事件に関して、僕は何の役にも立っていなかったんだ。主教の嘘にも気づかず君を『黒山羊協会』に送り、二週間も過ぎてから捜し始めたかと思えば、今度は『黒山羊協会』に利用され、君を助けるチャンスすらろくに作れなかった。まったく、自分で自分が嫌になるよ」


「そんな風に言うのは良くないわ。あなたは私を助けようと頑張ってくれていたじゃない。それに、最後は私を連れてここまで戻ってきてくれたわ」

「それは部下を派遣してくれた主教のおかげだよ」

 拗ねたような口調でランスは言い放った。


 ランスとてルナを困らせたいわけではない。


 だが、それ以上に、失態を見せた自分を許すことができなかった。

 特に、血溜まりのなかにルナの姿を見つけたときの絶望感は、どれだけ時間が経っても忘れられないし、今後もランスの心を苛み続けるだろう。


 ウィルフレッド主教には大見得を切ってルナを救うと言っておきながら、結局はルナと関係のないところでひたすら空回っていただけなのである。


 その結果、ルナは傷つき、一度は命までも失った。何らかの奇跡がルナの身に起きたことは知っていたが、それがなければ永遠にルナを失うことになっていたのだ。


(もっと僕に物事を判断する力があれば……それこそ、機械のように素早く的確に答えを出せていれば、ルナは……)



「……そろそろお仕事に戻らないとね」

 ルナはそう言うと、カップをそそくさと片付け始めた。


「もし……」ランスはルナの背中に向けて語りかける。「もし僕が機械だったなら、きっと君のことを傷つけずに助けられただろう」


「ランス……それは違うわ」

 片づけをする手を止め、ルナは突然振り返った。


「え?」

 きっぱりと否定されたことに、ランスは驚いた。


「だって、機械は夢を見ないもの」

「夢?」

 ルナの答えにランスはいまいちピンとこなかった。


「ええ。人は夢を見るから、希望を持つから何かを成し遂げられるの。たとえその途中に困難や理不尽が待ち構えていてもね。もし本当にランスが機械だったなら、私を救うことなんてすぐに諦めてしまっていたと思うわ」


「……そんなものかな」

「ええ、きっと。だから……」ルナは優しく微笑んだ。「助けにきてくれて本当にありがとう。そしてごめんなさい。私のせいで、たくさん嫌な目に合わせてしまって」

「そんなことはない! 全部僕が勝手にやったことだ。ルナが悪いなんてことは何一つだって……」


「なら、この問題で悩むのはお互いにやめましょう。私たちは、無事に帰ってこられたんだから、それでいいじゃない」

「……それを言われると、もうウジウジしてはいられないな」

 ランスは少し照れたように苦笑した。

「それじゃあ、次からはこれで元通りね」


 頷いてはいたが、ランスはもう二度とルナの死を経験する前の自分には戻れないことに気づいていた。

 これからのランスは、ルナを守るためならば、どんな相手とでも全力で戦うだろう。

 

 たとえ、それが自分自身の正義であっても。


 ルナが出て行く前に、ランスはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。


「君も夢を見ながら生きているのかい?」


 ルナは少し考えたあと、満面の笑みを浮かべて答えた。


「ええ。ずっと見ている夢があるの。今までも、これからも、私の夢はきっと変わらない」


 そう答えるルナの瞳は希望で満ちているようだった。

 夢の内容までは聞けなかったが、せめてその夢が叶うよう、側でルナを守り続けようとランスは決めた。


 それこそが、今のランスの願いなのだから。

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