ランス2 逃走
「がああああああああああああああああああああああ!」
銃声にまぎれ、暗闇から絶叫が聞こえてくる。
銃弾が飛び交うなか、ランスは身を隠しながら移動していた。
地下空間はすでに戦場と化している。
各所で『黒山羊協会』の部隊と警察の戦闘が繰り広げられ、同時に黒山羊は両者を見境なく襲っていた。
怪物の出現という異常事態。一時的に休戦して黒山羊の対処に専念できれば良いのだが、すでに戦闘が始まっている状態でそのようなことができるはずもない。
結果として、両者は相手の勢力と黒山羊の二つを相手にしなくてはならなかった。
(ルナ……いったいどこにいるんだ?)
黒山羊はルナを連れていなかった。
どこか別の場所に置いてきたのか、移動の際に振り落としてきたのか、あるいは、すでに……。
不吉な想像が脳裏によぎるのを、慌てて振り払う。
(だが、どういうことだ。黒山羊はずっとルナを連れて移動していたはずだ。今回に限ってなぜ……)
考えたところで、ルナがいないという事実に変わりはない。
『黒山羊協会』もこの状況では黒山羊の討伐どころではないだろう。
ランスがこの地獄に残る理由はなかった。
目指しているのは最も近い地上への出口。警察による通行規制で地下空間は封鎖されているが、全ての出口を閉じているかどうかは疑わしい。特に、ここから近くの出口であれば警察の部隊が移動するために開いたままということもありうる。その場合、待機している警察の増援と鉢合わせになる可能性はあるが。
(余計な争いは避けたい。突破が無理そうなら他を当たろう)
考えをまとめながら、柱と柱のあいだを駆け足で移動していく。
未だランスの動きに気づいている者はいないようだった。
(……あれだ!)
地下空間全体が薄暗いなか、階段の下はその位置を示すために明るく照らされている。
一度立ち止まり、周囲にこちらを狙っている者がないか確認してから、ランスは地面を蹴った。
一瞬、明かりのもとにランスの姿が晒される。幸い、銃撃されることも、黒山羊に襲われることもなく階段へと辿りついた。
階段は同時に大量の人間が通れるよう、横幅に広く作られている。折り返しはなく、まっすぐ進めば地上への出口に繋がっているはずだった。
「クソッ、どうなってやがる! クソッ!」
階段を駆け上がろうとしたとき、人の気配を察し、ランスは慌てて身を伏せた。
そっと耳を澄ませた。上にいる男は悪態を吐き続けている。階下のランスに気づいた様子はない。
(この声は……)
ランスは音を立てないように立ち上がり、中腰の姿勢で階段を上った。
完全に上りきる前に、上の様子を確認する。
男が一人、出口のドア横のパネルを操作していた。
ランスには見覚えがある――『黒山羊協会』の部隊を率いていた男だ。
「――ッ、だ、誰だ!?」
男がランスの存在に気づき、銃を向ける。
ランスは立ち上がり、男に姿を見せた。
「お、お前は、教団から来たとかいう……」
「部隊の指揮を任された人間が、真っ先に逃げ出そうとするとはな」
ランスの皮肉に、男は顔を歪ませる。
「警察が待ち伏せしてるなんて聞いてなかった。こんな状況で、部隊も指揮もないだろう! それに、お前だって逃げるためにここに来たんだろうが」
「まあいい。逃げるつもりなら、なぜいつまでもここで油を売っている?」
地上への出口は金属製の堅牢な扉が塞いでいる。
ランスの見込みは外れていたが、男がいたのは幸運だった。男の持つTMには地下空間へ侵入する際に使用したプログラムが入っている。それを使えば容易く扉を開くことができるはずだ。
「好きで残っているわけじゃない。扉が開かないんだ!」
「何だと? 侵入した時に使ったプログラムはどうした?」
「それが、同じように扉のプログラムにアクセスしているのに、何も起きないんだよ! いったい、どうなっているのか、さっぱりだ!」
男は乱暴にパネルを叩くと、そのまま頭を抱えてうずくまった。
たしかに、扉が開く様子はない。
先ほどまでできていたことが、なぜ今になってできないのか。原因を探ろうにも、ランスはTMにもプログラムにも疎いため、何をどうすればいいのか見当もつかなかった。
扉の方を見てみる。金属製の重々しい扉だ。とてもではないが、力づくで開くとは思えない。
かといって、銃火器を使って穴を開けることもできないだろう。地下空間は戦時下で使用されることを前提に作られている。当然、扉にも銃火器への対策が施されているはずだ。
「くっそ……こんなはずじゃ……こんなところで死にたくねえ……」
男は一人でブツブツとつぶやいている。
(他の出口を当たるほうが賢明か)
扉の開放を諦め、ランスは来た道を引き返そうとした。
「キィイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアア!」
空間を切り裂くような絶叫。
地面が大きく揺れる。
「ひいいいいいいいいいい!」
男が泣き叫ぶ。
黒山羊が階段の下まで迫っていた。
おそらくは、自分を追ってきたのだろう、とランスは直感する。
その巨体は階段の横幅を大きく占めていた。簡単には通り抜けることができないだろう。
かといって、背後には開かない扉があるのみ。
安全な逃げ道は、存在しない。
(……戦うしかないのか、ここで)
覚悟を決め、ランスは模造剣へと手をかけた。
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