第10話

バレンタインの話がないまま、昼食は終わってしまった。


 実夏のチョコは食べたいんだけど、前フリなしでいきなり切り出すのもなぁ……皆の前で言うのは恥ずかしいし。


 我ながらヘタレだった。


 それにバレンタイン関係がなくなるとどうなるのか、興味がないと言えば嘘になる。


 もしも本当にループ体験をしているのなら、初めての展開は歓迎すべきだ。


 ループから脱出する為に必要な事が起こるかもしれないんだし。


 実のところループしているのかどうか、まだ半信半疑である。


 確信する為には何か証拠がほしいんだけど、そんなものあるかなあ?


 どうすればいいのか分からない。




「みっくん、部屋で遊ぼ?」




 実夏の誘いに俺は応じた。


 昼食後すぐ実夏と遊ぶのはこれが初めてだし。


 変化を期待したい。


 実夏の部屋に入ると、テーブルの前に敷かれている座布団に座る。




「何か飲む?」


「いや、今はいいや」




 普段はお茶でもと思うところだけど、今は満腹で水ですら入りそうもない。


 叔母さん、本当に料理上手だよなぁ。


 俺がそう思っていると、実夏はじっと見つめてくる。




「みっくんって料理が出来る女の子の方がいい?」




 真剣なものを感じたので、真面目に答えた。




「そりゃ、出来ないよりは出来る方がいいかな」


「そっか」




 それだけ言うと考え込む。


 実夏ってやらないだけで、料理自体は出来ると思うんだけどな。


 もしかしてやる気になったとか?


 奇妙な沈黙が舞い降りる。


 が、それは長い間ではなかった。




「ゲームやる?」




 俺は応じて、挿してあったループゲームのソフトを抜く。


 ……本当にループしているのかな?


 そう考えてしまう。




「みっくん?」




 実夏が不思議そうな顔をしている。


 おっと危ない危ない。




「まず格ゲーからやらないか?」


「いいよ」




 俺がそう言うと実夏はあっさりとオーケーを出した。


 過去二回ではレースゲーム一択だったんだけど、あっさりと変わる。


 やっぱり、変えるのは難しくないんだな。


 ループする原因さえ突き止めれば、脱出は難しくないかもしれない。


 問題は原因そのものだろうな。


 何か超常的な力が働いていると厳しい。


 ……ループするという事そのものが超常現象だけどさ。


 と、考え事をしていたら、格ゲーで実夏に完敗した。




「今日のみっくん、何か変だよ?」




 心配そうに言われてしまう。


 さて、どうごまかそうか。


 いっその事話してしまうという手もある。


 二回目ではあっさり受け入れられてたし……




「もしかして、来たくなかった? あたしといるの楽しくない?」




 従妹はそんな事を言い出す。


 不安そうな表情で言われたら否定するしかない。




「そんな事ないよ。嫌だったら来たりしないさ」




 笑って答えても実夏は安心しなかった。




「でも、みっくん、優しくて律儀だし、入学祝いをするなら嫌でも来るでしょ?」




 俺の性格はお見通しか。


 身内ってやつは、ごまかしたい時は困るな。 




「楽しくない奴と遊ぶほど、俺はマゾじゃないよ」


「本当?」




 何だか今日の実夏はしつこい。


 それだけ俺の態度が変だったんだろうか。




「本当だよ」


「そっか」 




 やっと信じてくれた。


 実夏ってこんなうざいところがあるような奴だっただろうか。


 と考えたところで、過去二回の事を思い出した。


 あの通りなら、確かに面倒な部分はあるな……きっとお互い様なんだろうけどさ。


 気を取り直して再戦する。


 そしてボコボコにされてしまう。




「……あれ?」




 俺が実夏の強さに絶句すると、実夏は「てへぺろ」をやりやがった。




「お前何してんの」




 反射的に突っ込んでしまう。


 正月に対戦した時より随分と腕を上げている。


 つまりそれだけやりこんでいたという事で……。




「いやー、息抜きでやってたんだけどね」




 言い訳しながら目を逸らす。


 こいつが目を逸らす時は、後ろめたい時だ。


 実はゲームをやり込んでいたんじゃ?




「息抜きでやっただけにしては、やたらと上手くなっているな」


「うん。休憩の時にいっぱい練習したからね」




 気まずそうな表情で言う。


 あれ、本当に息抜きでやっていただけ?


 息抜きの時間全部を練習に使った事が後ろめたかったの?




「い、いや、そういう訳ならいいんじゃないか?」




 俺は声が震えないように心を配りながら、何とかそう言う。


 てっきり、勉強時間を疎かにしてゲームをやり込んでいたんだと思ったのに……ひょっとしてゲームの上達速度にも差がある?


 何だか切なくなってきた。


 頭でも運動神経でも敵わないのに、ゲームまでなんて。




「あたしが強い方が、みっくんだって面白いでしょ?」




 小首をかしげてくる。


 なるほど、俺に気を遣って上手くなったのか。


 確かに以前の実夏は弱くて、あまり面白くなかったけど。


 ここまで強くなられてしまうと俺の立つ瀬がない。


 しかし、それを口に出すのはとてもかっこ悪い気がした。




「おう。次は本気出す!」




 それが言うと実夏は嬉しそうに笑う。


 ……何とか勝って最低限の面目は保てた。


 ゲームで保てる面目って何なのか、気にしない方がいいよな。


 格ゲーの次はレースゲームをプレイする。


 これも負けるが、こっちの方は過去二回で織り込み済みだ。


 元々レースゲームは強いな。


 レースゲームが強いなら格ゲーも強そうなもんなんだが、俺のイメージにすぎないのか、それとも実夏が例外なのか。


 それとも単純にゲームの仕様とかの問題か?


 まあいいか。


 ところで入学祝いっていつもらえるんだろう。


 過去二回だとそろそろなんだけど……自分から言うのはがっついているみたいで嫌だしなぁ。


 それに電子辞書は早くもらいたい物でもないし。


 いや、電子辞書じゃない可能性も微粒子レベルではあるのか?


 実はループしていなかったらの話になるけども。


 ループしていなかったらいいなぁ。


 ……電子辞書じゃなくて紙の辞書だったりするかもしれないけど。


 携帯ゲームのバッテリーがなくなったので、ゲームはひとまず終わりにする。




「トランプする?」




 実夏の問いに俺はしばし考え、




「すごろくってなかったっけ?」




 と聞いた。


 せっかくだし出来るだけ過去二回と変えてやろう。




「あるよ」




 実夏はそう言うと立ち上がって押入れを開け、段ボール箱を引っ張り出してくる。


 高校生活というタイトルで、人生ゲームの一種と言ってよい。


 ゴールした順位ではなく、した時の持ち点で勝敗が決まる。


 と言ってもゴールした順でボーナス点がもらえるので、先にゴールした方が有利には違いない。




「じゃあみっくんからどうぞ」




 実夏にそう言われてサイコロを振る。


 四が出たので駒を進めて止まると「サイフを落とした、百ポイントを払う」だった。


 初めは五百ポイントしかないのに。




「いきなり百ポイントマイナスとかふざけんな」




 俺が天を仰ぐと実夏は同情的な視線を送ってくる。


 そしてサイコロを振り、二を出して「新入生代表で挨拶して小遣いアップ、百ポイントゲット」に止まった。




「やった、幸先がいい」




 無邪気に喜んでいる。


 すごろくでも差が出るとか嫌だな。


 俺が次にサイコロを振ると五が出る。


 「アルバイトを始めた、百ポイントゲット」で少しほっとした。




「ここからここから」




 俺が言うと実夏は笑いながらサイコロを振る。


 実夏は六を出して何もないますに止まった。




「実夏、すごろくも強いなぁ」




 俺がため息混じりに言うと、




「ええ? こんなの運でしょ? それにまだ始めたばかりだし」




 と目をぱちくりさせる。


 それもそうだな。


 コンプレックス抱いてる場合じゃない。


 サイコロを振る。


 三が出たので進むと「赤点を取って追試。一回休み」となった。




「うげ」




 俺って運も悪いのかなぁ。


 今日に限った事かもしれないけど、少しへこむ。




「どんまいどんまい」




 実夏はそう言いながらサイコロを振ると一で、さっきまで俺が止まっていたマスに止まる。




「やったね」




 俺に遠慮したのか控えめに喜ぶ。


 実夏はこれで七百ポイントか。


 いや、まだ序盤なんだけど。




「ここから取り返す!」




 俺はサイコロを振って二を出す。


 「アルバイトをしていたら備品を壊したので弁償。三百ポイントを支払う」だと……?




「理不尽すぎる……」




 俺が思わず唸ると、実夏が恐る恐る尋ねてくる。




「あの、止める? みっくん調子悪すぎだし」




 心遣いが身に沁み、自分が情けなくなった。




「いや、続ける。意地でも続ける」


「そ、そう?」




 実夏はまた目を瞬かせたが、




「それじゃ続けるね」




 サイコロを振る。


 六を出して俺の駒を追い抜き、「テストで好成績を取ったので小遣いアップ。百ポイントを貰う」となった。




「実夏、絶好調だなぁ」


「へへ」




 俺が感心すると控えめに笑う。


 俺も次は一を出したいな。


 というか出ろ。


 念じながら振ると二が出た。


 「アルバイトを頑張った。百ポイントを貰う」に止まる。




「あ、よかったね」


「おう」




 これで少しはマシになるかな。


 と思っていたら、実夏が六を出しやがった。




「やった」


「そんなのありか」




 そうつぶやくと止まったのは「テスト勉強を頑張るので一回休み」だと?




「あらら」


「たまにはあるよな」




 しみじみと言う。


 むしろ今までがよすぎたんだ。


 実はちょっと安心している。




「悪いけどここで挽回させてもらう」




 俺はキリッとした顔で言い、サイコロを勢いよく振った。


 一が出た。


 沈黙が舞い降りる。




「ど、どんまい?」




 実夏が声を震わせながらそう言う。


 いちいち見なくても、笑いを堪える表情をしている事は分かった。


 従妹は一回休みなので続けてサイコロを振る。


 またしても一が出て、「林間学校に行くも食中毒。百ポイント失って一回休み」となった。


 鬼かよ。




「これ、一回休みが多くないか?」


「うーん、そうかも?」




 同調してもらえなくて、ただの負け惜しみみたいになってしまう。


 二人で三回だから少ないって事はないと思うんだけどなぁ。


 実夏がサイコロを振る。


 四を出す。


 何も書いてないマスだったけど、保有ポイントに差がつけられているから先にゴールされると厳しい。


 順位がいいほどゴールボーナスは高いし。


 挽回するにはポイントを貰えるマスに止まりつつ、実夏を抜く必要があるんだけど、いけるかな。


 今日の俺ってだいぶ運が悪いんだけど。


 俺は一回休みなので、実夏が続けてサイコロを振る。




「あ」




 二人の声がはもった。


 出た目は六だったのである。


 おまけに「テストが好成績。小遣いが上がる。百ポイントゲット」だ。


 これってもう挽回不可能な差がついているんじゃないだろうか。


 ラストの方にはポイントを大量に失ったり、相手に上げたりするマスがあるのでまだ諦めないけども。


 それでも、今日の実夏は止まらないんじゃないかって勢いは感じる。


 空気がよくないので、大きめに声を出す。




「こっから逆転してメイクドラマを作るぜ」




 実夏はきょとんとする。




「メイクドラマを作る……?」




 そして首をかしげ、俺は理由に気が付いて赤面した。




「おりゃあ」




 ごまかす為に声を出してサイコロを振る。


 五が出た。




「よしよし、悪くはないぞ」


「そうだねぇ」




 次に実夏が振ると四が出て「バレンタインチョコを作る。百ポイント失う」のマスに止まる。




「あ〜」




 実夏は声を出しながら、百ポイントを払う。




「そう言えば、バレンタインどうだった?」




 そしてそんな事を尋ねてきた。




「義理チョコなら何個かもらったよ」




 結局、バレンタインの話になるのかよ。


 何か作為的なものを感じるな。




「へぇ〜」




 実夏の声の音程が少しだけ下がった気がした。


 うん、多分気のせいだな。




「実夏は?」


「顧問の先生に義理チョコを上げたよ」




 どこか無機質さを感じさせるような表情で、そう答える。


 ここも過去二回と同じなんだなぁ。


 と思いながらサイコロを振る。


 「宝くじが当たった。千ポイントもらう」だと?




「よっしゃー!」




 思わず声に出ていた。




「おおー」




 実夏も手を叩いてくれる。


 これは運が向いてきたかも?


 次は実夏の番。


 三が出て「私物を壊された。相手に五百ポイント払ってもらう」だと……?




「ふざけんなっ!」




 思わず怒鳴っていた。




「ご、ごめん」




 実夏はしょんぼりしてしまい、俺は焦る。


 こいつに言ったわけじゃないんだ。




「いや、悪いのは俺だし。俺こそごめん」




 謝り倒して許してもらう。


 ただ、気まずい空気になってしまう。


 俺の馬鹿。


 結局、実夏が勝ったけど、終わるまで微妙な感じは続いた。


 マジで俺の馬鹿。

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