属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

高柳神羅

第1話 徹雄と怜

 俺には今、人生を揺るがすほどの大きな悩みがあった。


「てっちゃーん」


 通りの向こうから、人影がひとつ、満面の笑顔を浮かべて手を振りながら俺の元へと駆けて来る。

 白いブラウスが眩しい、夏物のセーラー服。

 耳の上で結んだ髪が、耳の垂れた犬の頭のように見える。

 ほっそりとした、全く日焼けをしていない肌。

 そいつは俺の目の前まで来ると、膝に両手をついて荒くなった呼吸を沈めた後、むぅっと不機嫌そうに頬を膨らませた。

「もうっ、一緒に行こうって約束してたのにぃ、ボクを置いて先に行っちゃうなんて酷いよぉ」

「……悪い」

 俺が小さく謝ると、相手はすぐに機嫌を直して俺の左腕に自分の右腕を絡めてくる。

「それじゃ、学校に行こっか、てっちゃん。今日も晴れて良かったねー」


 俺、新垣徹雄は、幼馴染の赤谷怜に人生十五年目にして初めての告白をされて、何と答えていいか分からずにいるのだった。



 俺と怜は、赤ん坊の頃からの付き合いがある幼馴染の間柄にあった。

 幼稚園も同じ。小学校も同じ。中学校も同じ。家が近いのと親同士が仲良しだったこともあって、俺たちはしょっちゅう顔を合わせては一緒に遊び回っていた。

 小さい頃は親に連れられて一緒のプールで泳いだり近所の林で探検ごっこをしたりして毎日泥だらけになり、少し大きくなってからはキャンプでバーベキューを楽しんだり動物園や遊園地に連れて行ってもらったりした。

 中学生になってからは、体つきに明確な差が出てきたこともあって一緒に遊び歩くことはなくなったが、それでも怜に付き合って街の図書館で一緒に学校の宿題をやったり逆に俺が怜を誘って駅前のゲームセンターに遊びに行ったり、そんなことをして過ごしていた。小学生の頃から続けていた柔道しか取り得がない筋肉バカの俺と勉強以外に得意なことがない優等生の怜は性格も全く正反対だったというのに、その差が全く気にならないくらいに不思議と気が合う間柄だった。

 思えば、その頃からだったのかもしれない。怜が、時々俺のことを友情のそれとは微妙に異なる親しみを込めた眼差しで見つめてきていたのは。

 やがて、俺たちは受験戦争に身を投じていって、各々が選んだ高校へと通う道を進むことになった。

 勉強がまるで苦手な俺は柔道の腕前を更に磨くために柔道が強いと評判の男子校へと進学し、一方勉強が得意な怜は偏差値が高くて有名大学への進学率が高いと言われている共学の進学校へと進学した。

 高校生にもなれば、生活リズムも変わる。スポーツ強豪校と進学校とでは一日の時間の使い方だって差が出るだろう。

 これで長年一緒にいた俺たちも、これからは別々の人生を歩いていくのだと……そう思って、俺は怜に別れを告げたのだった。

 永遠にさよならをするわけではない。相変わらず続いていた親同士の付き合いが消滅するわけではないし、そもそも家同士が近いのだから、正月とか何かのイベントがある時くらいはまた顔を合わせることになるだろう。だがそれ以外は互いに自分の時間を優先して、それぞれの高校生活を送っていこうと、そう告げたのだ。

 その時だった。怜から、面と向かって告白されたのは。


「ボク……ずっと、ちっちゃな時から、てっちゃんのことが好きだった。その気持ちは今でも変わってない。ボク、てっちゃんにとっての一番になりたい……ねぇ、てっちゃん、てっちゃんは、ボクのことどう思ってる? ボクがどんな風になったら、てっちゃんはボクをお嫁さんにしてくれるかな?」


 一緒に泥だらけになってふざけあってきた、幼馴染。俺と怜はずっとそういう間柄のまま大人になって、大人になってもそうして付き合っていくのだとばかり思っていた。

 だから、まさかこんなことを面と向かって告げられるなんて、予想すらしていなかった。

 確かに、怜は可愛い奴だと思う。高一にして既に百九十センチを超える大人顔負けの体格をしている俺と比較したら小さいし、顔立ちもアイドルみたいに整ってるし、人懐っこくて愛嬌がある性格も周囲の人間には人気が高かった。実際中学時代は結構ラブレターとか貰ってたみたいだし、噂じゃ陰で親衛隊みたいなファンの集団ができてたらしいしな。

 でも……俺にとって怜は怜で。幼馴染の、怜で。

 どうしても、それ以外の存在に見ることが俺にはできなかった。

 ──そのまま答えを引き伸ばしたままずるずると俺と怜の付き合いは続いていき。

 現在、高一の夏。俺と怜は、登下校を一緒にする毎日を送っている。


「それじゃあ、はい、てっちゃん。これ」

 俺が通っている高校の校門の前で。怜は鞄から大きな水色の包みを取り出すと、俺に手渡した。

「今日はねー、てっちゃんの大好きなチーズ入りハンバーグ弁当だよっ。大きいのを二個入れてあるから、残さないで食べてね」

 怜は、毎日俺に弁当を手作りしてきてはこうして(半ば強引に)渡してくれる。勉強ができる怜だが、料理も上手いのだ。

 俺の家は親父が単身赴任中でお袋が朝早い仕事をしているから、基本的に朝は俺一人しかいない。俺は料理が全くできないので、こうして怜が毎日ボリュームたっぷりの手作り弁当をくれるのは何気に有難かった。

「いつもありがとな」

「えへへ、いいよ。てっちゃんが喜んでくれるならボクも嬉しいし。……それじゃあ、ボクも学校に行くね」

「おう。気を付けて行けよ」

「うん。……あ、てっちゃん、いつものやってくれる?」

 怜が俺の胸にこつんと額をくっつける。

 俺は周囲の目を気にしつつも、弁当を持っていない方の手で怜の頭をわしわしと撫でてやった。

 怜は、こうして誰かに頭を撫でられるのが好きらしい。小さい頃からよく色々な大人相手に撫でてくれと強請っていたものだが、その癖が今でも抜けていないようなのだ。

 俺の方からすると懐いてきた小動物を撫でているような感覚だ。

 怜はうっとりと瞼を閉じて俺の掌の感触を堪能した後、ぱっと体を離してはにかんだ。

「ありがと。てっちゃんが頭撫でてくれると何だか元気が出るんだ。今日も一日頑張ろうって! ……じゃあね、てっちゃん。また帰りの時間にね!」

 スカートを跳ねさせながら、怜は車が行き交う大通りを目指して駆けていった。

 あいつの姿が見えなくなってから、校門を通り抜けると。

「いよっ、熊徹」

 誰かが俺の背中をぽんと叩く。

 誰なのかは声ですぐに分かった。

「よう、俊也」

 俺は背後でにこにこと笑っているイケメンに向かって挨拶する。

 速水俊也。俺のクラスメートで、俺がこの高校に来て一番最初に仲良くなった友達だ。

 サッカー部所属で、爽やかすぎるイケメン。噂だと若者向けのファッション雑誌の現役モデルをやっているらしい。此処は男子校だから群がってくる女子はいないが、俺は不細工だし男の色気なんぞとは無縁だから、こいつが周囲に放ちまくっている男の魅力の存在が時々羨ましく感じることがある。

 しかしこいつ自身は自分のイケメンぶりを周囲に自慢することもなく誰とでも普通に付き合うし男子高校生らしい馬鹿なことも平気でやるので、校内でこいつを嫌っている奴は今のところはいない。俺も、こいつのことはいい奴だと心の底から思っている。

「なあなあ、今の誰? すっごい可愛くなかった?」

「……見てたのかよ、お前」

「そりゃ、熊徹の体はでかいから遠くでも目立つもんな! 傍にあんな可愛い子がいたら嫌でも目に入るって!」

 熊徹というのは、俺の仇名である。

 俺が熊みたいにでかい体をしてるから、名前の徹雄から一文字取って組み合わせて熊徹と言うらしい。バケモノの親かっての、俺は。

 まあ、悪意のある仇名じゃないから周囲には好きなように呼ばせてやってるけどな。

「で、誰なわけ? 熊徹の彼女?」

「……そんなわけないだろ。あれはただの幼馴染だっての。彼女とか、間違ってもそういう関係じゃないから」

「ふーん……ちなみに気になったんだけどさ、あれって浪川高校の制服だよな? あの子、浪川通ってんの?」

「あいつは勉強が趣味みたいな奴だからな。いい大学入りたくて選んだんじゃないか? 俺はその辺の理由は聞いてないが」

「浪川ってさ、確か服装自由だったよな? 一応制服もあるけど私服でも構わないってやつ。珍しいな、大抵の奴は私服で通ってるのに制服着てるなんてさ」

「何か、夢だったらしいぞ。セーラー服に憧れてたんだとさ。入学式の時、あいつ、俺と家が近いからわざわざ制服見せびらかしに来てたよ」

「あっはは、可愛いなぁ。熊徹、今度紹介してよ、あの子」

「……まあ、それくらいなら構わないが……」

「ほんとか? やった、約束な!」

 ぱちんと指を鳴らして小躍りする俊也。

 それと同時にチャイムが鳴り響き、校舎の一角の窓が開いてそこから顔を出した教師が大声を張り上げた。

「こらっ、授業始まってるぞ! さっさと教室に行け!」

「うわっ、やっば! 行こうぜ熊徹、一時限目は数学だからな、遅刻がバレたら佐藤に吊るされるぞ!」

 ぴゃっと背筋を伸ばして俊也が走り出す。

 流石サッカーやってるだけあって足が速い。俺も置いてかれまいと全速力で走ってはいるものの、俺の体は速く走るための鍛え方をしていないのでその距離は開いていく一方だ。

 結局俺がようやく教室に到着した時には俊也を含めた全員が席に着いており、俺だけが皆の前で説教を食らう羽目になったのだった。

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