表裏一体

大仙タクミ

第1話


 代わり映えしない一日を終え、僕は研究棟の端にあるカウンセリングルームにいた。


 部活で活気付く外とはうって変わり、僕のいる部屋は誰もしゃべらずに静まりかえっている。


 静寂を断ち切るように僕は目の前の彼女にきりだす。

「早速ですが、貴方からの調査依頼についてお話しさせていただきます。」


長机を挟んで向かいに座る彼女は、緊張した趣でかすかにうなずく。

 

 それを了承の意だと認識していた僕は、淡々とした調子で告げた。


「貴方がここ数日受けていた、いじめについて‥。調べたところ、犯人は貴方が交際している相手だと分かりました」

「は・・・・?」


 彼女の顔は『何を言っているの』とでも言っているかのような顔だった。


「先生に協力していただき早朝の貴方の教室をモニタリングしていました。すると連日、6時10分前後に貴方の彼氏が窓から教室に侵入。机に水をかけたり、置いてあった教科書をゴミ箱に捨てるなどの行為をしているのを発見しました」


「そんなの・・・信じられるわけないでしょ!!」

 彼女は机を飛び越え、学ランの襟をつかんで激高する。そして振り上げられた右手が僕の頬を思いっきりひっぱたいた。


それでも僕の頭の中は怒りを感じることもなく、澄み渡っていた。パーで叩いてくれただけましだとも思えるくらいに。


「・・・そうやって現実から逃げるのか?お前のそういう甘いところが今の現実を作っているのがまだ分からないのか?」

「うるさい!うるさい・・・」

手を大きく振り上げ何発か叩いたところで彼女の手をつかむ。


「交際なんて、言ってしまえばただの口約束だ。『付き合って』といわれて『はい』と答えればそれだけで成り立つ薄っぺらいものだ」

しっかりと彼女の目を見て僕は訴えかける。


「そんな口約束だけで全幅の信頼をおいていいほど人間は簡単な生き物じゃない。君らはちゃんと本心から理解し合って付き合ったと自信を持って言えるか?」

「それは・・・・」

 襟をつかむ力がだんだんと弱まる。無気力な目には光がなく、涙が止めどなく流れ続けていた。

 彼女の手を優しく離して椅子に座らせる。

 少ししてから僕はまた話し始める。


「彼氏は今朝、犯行を行おうとしたところを、自分と何名かの先生で取り押さえ、学年主任を含めた面談で指導しました」

 うつむき、すすり声をだし続ける彼女に僕は語り続ける。


彼氏のいじめの発端は彼女への異常な執着によるものだった。学年で人気の彼女には仲のいい男子も多く、自分をしっかり視てくれない彼女に対しての報復。またいじめに悩む彼女に手を差し伸べることで、自分をもっと見てくれると思ってやったそうだ。


「これを渡しておきます」

 彼女の手に一つのUSBメモリーを握らせる。


「その中には、彼氏の証拠となる映像と調査報告書が入ってます。どう使うかは貴方次第です」

そう言うと、彼女は顔を上げ僕の目を見た。


「自分が出来るのはここまでです。本当のこと、ちゃんと話し合ってください」


静寂がまた訪れる。

そして、彼女はポツリと言った。

「分かりました。今回は本当にありがとうございました」


 彼女はそう言ってカウンセリングルームを

後にした。




「はああ~」

今日で何回目だろうか。

自分が悪くなくても心が削れるのがわかる。

削れた場所からじわじわと黒いものが湧き出てきて、心を汚す。

真っ黒に心が支配される。

僕は必死に抵抗しなくてはならない。

自分の中の誰かが体を乗っ取って暴れ回ろうとするのに対して。


 なんとか落ち着けようと目をつむり、僕は大きく深呼吸をした。



椅子にもたれかかって天井を見ていると入り口のドアが開く音がした。

「お疲れ様~。嫌なこと任せてごめんね」


スクールカウンセラーの先生が立っていた。

高身で、すらっとした体躯に白衣がとても似合っている。長く伸びる髪を三つ編みでまとめ、整った鼻先にちょこんと乗る眼鏡が知的な印象を思わせる。今年、赴任してきて以来、生徒だけでなく先生の心も奪った学校のアイドルである。


「いえいえ、好きでやってることですから」

「それでも心がすり減るもんでしょ」

そういうと僕の座る椅子の後ろに立って優しく抱きしめてくる。


「先生。ここ学校ですよ」

「お!前は暴れたのに、今日は暴れないのね。やっと慣れてくれたかな?」

 そういいながら、優しく頭をなでてくれた。

 赤子をなでるような優しい手は、冷め切って沈んだ心を優しい気持ちで満たしていく。


「君には家のことも、心の病のこともある。何かあった時、こうしてあげる人がいないと心が潰れちゃうよ」

「ありがとうございます・・」


夕日に照らされた教室のなか、少しの間そうして貰った。

「先生。ありがとう、もう大丈夫だよ」

「そう?いつでも言ってね」

僕にそういって彼女は微笑んだ。顔の距離が近く、今となって恥ずかしくなってきた。


「馬鹿言ってないで仕事してください」

「ツンデレな君も私は好きよ」

照れ隠しなのがお見通しとでも言いたげな顔で彼女は仕事を始めた。




「先生、一つ聞きたいんですけど。僕はあれでよかったのでしょうか?」

僕は彼女が求めた答えを調べ、見つけた。しかし、その答えは彼女にとって一番つらい真実だった。伝えるにしても、もっと良い方法があったのではないかと思って仕方がなかった。


「君が気に病むことはないよ」

 先生はしっかりとした確信がある目を以て僕に言った。


「確かに、他にいい解決策があったのかもしれない。でもひとまず、彼女をいじめから救ったというのは賞賛に値するものよ」


「でも結果的には彼女を傷つけた。それが僕は許せないんです」

何度も似たような案件をこなしてきた。

何度も何度も。

だが毎回、結果はこうなってしまう。


「・・・あのね、君はこれから社会に出て行くことになる。そうなったとき『ああしてればよかった』とか『もっとこうしてればよかった』と思う機会はもっと増えていくことになるわ。後悔する気持ちはとても苦しいもので、大抵どうにも出来ない。ただ耐え抜くしかないの。けれどその気持ちを絶対に捨ててはだめ。後悔は生きていくうえで必ず活きてくる時がくるから」


 先生は、僕の目をしっかりと見てそういった。

 彼女ほどしっかり目を見て話す人はそうそういない。普通の親でもこんなにもしっかり目を見て話す事はないと思う。


 僕を初めてしっかりと視てくれた。1人の人間として認識してくれた彼女の事が僕はずっと好きだった。初めて会った時からずっと。


「先生ってほんとに、25歳ですか?やけに言うことに年季が入ってるというか、お母さんみたいなこと言いますね」


「ひどい!まだピチピチの20代ですよ!」

 頬を膨らませプンプンといった感じで抗議の目を向けてくる。


「そうでしたね、改めて先生。

今日はありがとうございます。

先生には助けられてばっかりです」


「いえいえ、なんせ先生ですから」

そういう先生は夕焼けの光に照らされていつもにも増して綺麗に見えた。

この笑顔に何回救われただろうか。

好きだ。この気持ち伝えてしまいたい。

けどかすかに残る僕の黒い部分が『ダメだ』と叫ぶ。

なんせ僕は〇〇なのだから。



「じゃあ僕は帰りますね」

「・・・・家で何かあったらすぐ電話するのよ」

先生は心配そうにそう言った。


「ありがとうございます」

そう言ってドアを開けたときだった。


「ちょっと待って!!」

 珍しく大きな声を上げ先生が呼び止める。

 振り返ると何か言いたそうにじっと見つめてくる。

「どうかしましたか?」

「えっと・・・。何もなくても電話していいからね!」

何かと思えばそんなことだった。

おまけに顔を真っ赤にして言うもんだから僕まで恥ずかしくなってしまう。


「ありがとう、じゃあ電話するね先生」

 そういって僕はカウンセリングルームを後にした。

 息が出来ないくらい、苦しい気持ちを表に出さないように。




買い物などをして、帰路に着いた僕が家に着いたのは7時半を過ぎた頃だった。

急いで帰り、玄関の前で深呼吸をする。


「よし!今日こそがんばれ俺」

そう自分に言い聞かせ玄関の扉を開く。


「ただいまー」

返事はなく、靴を脱いでリビングに入ると作業服のまま横になる父の姿が目に入った。

いつもの様に機嫌の悪い

父を横目に見つつ、キッチンに向かう。

まずは怒らせないように行動して、

話し合う機会を伺うことにした。

そして買った物を冷蔵庫に詰めている時だった。


「おい。なんでこんなに遅いんだ」

「月曜日と水曜日は部活があるから遅くなるって前言わなかったっけ?」

「部活をする暇があればバイト増やして金稼げってそれより前に言わなかったか?」

とげとげしい言葉には慣れていたが、あんまりな言葉にさすがに言い返しそうになった。

だが言い返せば何をされるか分かったものではないから我慢することにした。


「部活と言っても、先生に大学のこと聞いたり勉強教えて貰ってるだけだから」

「おい、・・・・お前なんて言った?」

 父は何か気に入らないことがあったのだろうか、起き上がりリビングに歩いてくる。


「だから、大学受験があるから勉強して・・っ!」

 話している最中でもお構いなく父は拳を振り上げた。

 とっさの判断で左に避ける。右手から放たれた一発は寸前のところで頬を掠めた。

 次の瞬間、一発目に気をとられていた僕に容赦などあるはずもなく、父の左手がみぞおちにたたき込まれる。


「がはっ!!!」

 床に倒れ込んだ僕の髪を鷲づかみ無理矢理立たせて言い放つ。


「いっとくが、この家にそんな金はねえし、お前にはこの家の家事をやる義務がある。逃げられるとでも思うなよ!」

さらに4.5発ボディーブローをたたき込まれ床に倒れ込む僕に言い放った。


「あと、お前がコツコツ貯めてた別の口座。全額引き出して使ったから。何に使おうとしてたか知らないが、俺の知らないとこで、こそこそしてっとぶっ殺すぞ」

そう言ってビール缶の転がるソファーに寝そべって高らかに笑い出した。


話し合おうとした自分が馬鹿だった。奴はもう終わり過ぎる程に終わっていたのだ。奴の高らかに笑う声が耳から入るたび、いらだちと憎悪がわき上がってくる。どす黒い感情の渦に僕は徐々に支配されていった。






「おい、おい!聞こえてんのか、飯はまだかって聞いてんだよ」


床に横たわる身体に奴の声が響き渡る。

汚い汚い中身の穢れきったゴミの声が。

も気に入らないが

はもっと気に入らない。



まだ疼くみぞおちの痛みが怒りを増長させ、立ち上がると同時にキッチンの包丁を掴み取りただの迷いもなく一点を目指し駆け出した。




「あははははははっ!!!!」

気づいたときには喉がかれるほど笑っていた。ただただ訳も分からず、笑い続けていた。

手のぬれる感触が不愉快で下を見た僕は戦慄した。


見渡す限りの、赤、赤、赤、赤。

「ああ・・。あ、うわああああ!!!」

そこで思い出す。そして理解してしまう。自分は誰かを愛してはいけない。こんなは人を愛してはいけない。

早く消えなくてはいけないと。


その時、待っていたかのように、僕の視界はブラックアウトした。

この地獄を何度繰り返したら逃げ出せるのだろう。







自分のものでない、暖かさと誰かの寝息に目を覚ました。


目の前には、7つも年下の君が寝ている。


枕元のスマホを確認すると昨日の日付が変わることなく表示されている。


「また、ダメだったのね」

まだアラームが鳴るまで10分くらいは時間がある。起こさない様に私は彼の頭を優しく撫でた。

はだけた服から見えるお腹には

昨日にはなかった痣が増えていた。







携帯電話のアラームが僕を闇から引きずり出す。

見慣れない天井に、誰か知らない人の匂い。

隣を視るとラフな格好で僕を見つめる先生がいた。

「おはよう、そろそろ準備しないと犯人来ちゃうよ」

 

そうか、昨日はいじめ調査の犯人を捕まえるために、先生の家に泊まってたんだっけ。


「おはようございます。今日も宜しくお願いします」

「・・・うん。」

いつも元気な先生がいつになく元気がなかった。


「先生どうかしました?」

「・・・帰るの?」

僕はその一言を聞き逃さなかった。

けどあえて気づかないフリをした。


「今日は帰らないと・・・。親父に怒られますから」

 出来るなら帰りたくない。そんな気持ちを押し殺し笑みを浮かべる。


「そう・・・。君は________。」

「先生、なんて言いました?」


「いや!何でもないよ?それより早くしないと!」

そう言って、先生は寝室から出て行った。


僕の一日がまた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

表裏一体 大仙タクミ @Wunder

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ