第34話 辛口弁当

 今日は雨が降り、みんなが楽しみにしていた遠足は延期となりました。


「いただきまーす!」


 給食の時間になりましたが、みんなの目の前にあるのは給食ではありません。本当は青空の下で食べたかった、お弁当です。


「おにぎり超うまそ~♪」

「デザートのりんご、うさちゃんだ!」


 しかし、いつもと違う昼食の時間ということもあってクラスは盛り上がっていました。


「わあっ! あゆみちゃんのサンドイッチ、豪華だね!」


 あゆみちゃんが持ってきたサンドイッチを見た子たちが目をキラキラさせています。


「何かサンドイッチって、おしゃれだよねー! 具はカラフルだし……おいしそう!」

「やっぱり、おにぎりよりもサンドイッチの方がかっこいいな~。おれ、今度母ちゃんに頼もう」

「そんな大したことないよ。私は、みんなのお弁当の方が良いと思う……」


 サンドイッチをクラスメートから絶賛されていますが、あゆみちゃんは少し困り顔です。


「こんな買ってきた弁当、そりゃ嫌だよな~。それにしても……すごい手抜きだね」


 あゆみちゃんに意地悪なことを言ったのは隣の席の、たくやくんです。それを誰一人、聞き逃しませんでした。もちろん先生もです。


「何てことを言うんだ、たくや! あゆみの母さんは仕事が忙しくても、こうして弁当を用意しているんだぞ!」

「は? ぼくは辛口コメンテーターになりきっていただけですけど?」

「バカにするなっ! 屁理屈を言うんじゃない!」

「……すいません」


 たくやくんは謝りましたが、その顔は不満に溢れています。せっかくのお弁当なのに、凍りついた教室での「いただきます」となりました。




 「ごちそうさまでした!」


 お弁当を食べ終わってから、たくやくんは考えていました。


 どうして今日のお弁当は全て辛かったのだろう。ご飯も、おかずも、そしてデザートも……。

 まっ、おいしかったからOKだな!


 しかし、たくやくんは辛いものが大好きなので満足していました。


「それ良いな! おれも欲しいよ!」

「えへへ。ありがと」

「何~? 見せろよ!」


 楽しそうな話し声が聞こえてきたので、たくやくんは仲間に入れてもらおうと近づきました。そこにあったのは人気スポーツメーカーのタオルでした。


「おおっ……!」


 たくやくんは目を輝かせています。そして言いました。


「見栄張ったねー! 貧乏家族の君が!」

「何だと!」

「ひどいよ、たくや!」

「……え?」


 たくやくんは目を丸くしました。二人に怒られたことにではなく、自分の言葉に驚いています。


 かっこいいって、言おうとしたのに……。


「違うっ! そうじゃなくて……」

「最低だな。お前とは、もう二度と話したくないよ」

「父さんからのバースデープレゼントなのに……。許さない!」


 怒った二人は、たくやくんから離れていきました。たくやくんはショックを受けました。


 どうして……?


 その後も、たくやくんには不思議なことが続きました。好きな女の子には「ブス!」、お隣さんからもらった柿を食べて「まずい!」、大切な親友には「そばにいるな!」などなど……。誰にも何にでも暴言を吐いてしまうのです。言いたくないのに出てきてしまう、たくさんのひどい言葉。たくやくんは、それらを止めることができません。

 そして、おかしいのはそれだけではありません。


「辛い!」

「えっ、おかしくない? これ甘いよ!」


 ケーキを食べても辛い、牛乳を飲んでも辛い、白飯を食べても辛いなどなど……。口に入れるもの全てが辛い味だと感じてしまうのでした。

 そんなことが毎日繰り返された結果、


「性格が悪いな、あいつ!」

「あんな甘いものを辛いとか、変だよ!」

「気持ち悪いから絶交しようぜ!」


 たくやくんは嫌われ者になってしまいました。そして遠足の日が迫り、たくやくんは震えました。


 行きたくない!

 独りぼっちで山登りなんて嫌だ!

 山登りの後に辛い弁当なんて無理!




 いよいよ待ちに待った遠足の日となりましたが、またしても延期となりました。前日に、たくやくんが自ら命を絶ったからです。


「自分が行きたくないからって、ふざけんな!」

「どうしてくれるんだよ!」

「独りぼっちは自業自得なのに、勝手よね!」


 たくやくんがこの世を去ったことについて悲しむ人は全くいませんでした。たくやくんへの怒りの声しか聞こえません。


「あゆみちゃん、今日はお母さんの手作り弁当なのに……」

「あいつ最後まで、あゆみちゃんに対して何なのよ!」


 あゆみちゃんの親友たちも怒っていましたが、あゆみちゃん本人は幸せな気分でした。久々にお母さんが作ったお弁当が食べられることと、大嫌いなたくやくんが完全に消えたことが心から嬉しかったからです。

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