第12話人によって求めるレベルは違う。『RDGシリーズ』
人によって求めるレベルは違う。
だから企業は一つの製品でも様々なレベルのものを用意する。多種多様の製品ラインナップで顧客を取り囲むのだ。
長期休みで暇を持て余した私は、久々に外に出る用意をしていた。事の始まりは緑のアイコンをしたSNSアプリに通知が来たことから始まる。
『愛生ちゃん、明日時間ある?良かったら買い物にでも行かない??』
普段なら私はその連絡をすぐに観ることもないし、その誘いに乗るかも怪しい。でも、それをすぐに観て、行くと返事をした。
それくらい私は暇だったのだ。
待ち合わせは私の最寄り駅になった。連絡してきた同級生で同じ部活動の桜ヶ丘夏海が暮らす最寄り駅ではショッピングセンターは勿論、本屋もない。服屋などもっての外だ。
お昼の時間も過ぎて太陽が一番上がるころであり、待ち合わせするには少し暑い時間帯であった。
今日が、平日のこともあり、この時間になるとお昼休みの社会人による混雑も落ち着くはずである、という楽観的希望で14時に待ち合わせになったのだ。
私は待ち合わせ時間より少し早めに駅に着いたが、まだそこには夏海の姿は見えない。
黒地に淡いピンクの水玉が入った長袖のシャツワンピースを着た私は陽の当たらない、駅とショッピングセンターを繋ぐ連絡通路で夏海の到着を待つことにした。
こんなにも暑いのに私が長袖なのは紫外線に弱いせいで赤くなるのを通り越して
ならば私が家に
「お待たせ、待った?」
お決まりの挨拶を元気にする夏海は夏らしく、ジーンズ地のショートパンツに白のカットソーで涼しげな装いだった。
「ううん、全然。行こ?」
先に行くところは決めている。る・るポートという大きなショッピングモールへ向かう。駅からは連絡通を歩いて5分も掛からない。
平日とは言え、夏休みの学生やそんなの関係ない主婦らしい人が多く、混雑していた。私は人混みが得意ではないが、まだ絶えられるレベルでほっとした。
「夏海は今日、何が欲しいの?」
行くところは決めていたけど、何が欲しいのか知らずにいた。何しに来たのか分からず終いになるのは避けたい。
「今日はTシャツが欲しいなって思ってさー。ここなら色々お店あって選び放題だねっ」
無邪気に喜ぶ夏海の言うとおり、このショッピングモールには両手で数え切れないくらい様々なお店が並んでいる。しかし、それらすべてを観て歩くとなると相当歩く羽目になる。
「なにか、狙いはないのかな?」
「う~ん特に考えてなかった!」
実に元気に私の思惑を壊してくれた。が、そこは友達のよしみ。付き合わない訳には行かない。
(私も何か良いのがあれば欲しいし)
でも、広いショッピングモールを周りきっても夏海の心を打ち抜くTシャツは見つからなかった。
「ごめんねー付き合って貰ったのに。仕方ないし、愛生ちゃん行きたい所ある?」
「あ、ならあっちにあるショッピングセンターの本屋行ってもいい?」
「本屋さん?うん、いいよ行こ」
遊べる本屋というのをご存じだろうか? 本だけではなく、輸入雑貨や一見とち狂ったようなニッチな部分を狙った小物も扱う本屋? である。
私はここで扱っている「ルートビア」という輸入飲料が好きでたまに買って飲んでいる。この飲料はなぜだかシップのような匂いのするとても身体に良さそうな飲み物だ。
しかし、その飲み物を見つける前に夏海の嬉しそうな声がした。
「うわ、このTシャツ良い!!」
夏海が見ていたTシャツは誰しもが知っているラムネ「クッピーラムネ」というネームとキャラクターのウサギとリスが胸元に描かれた青い半袖Tシャツだった。
今までモールで見ていたシースルーの素材やフリルは着いたようなデザイン性の高いシャツとは一線を画するそのシャツをどうやら気に入ったようだった。
「え、本当にそれで良いの?」
「うん、これ買う。私このラムネ大好きだったんだー」
確かにそのラムネはおいしいから私も好きでよく食べていたが、ネタで言っているようには思えなかった。しかし、本当に欲しいなら私が止める筋合いもない。
(でも、いつ着るんだろう? )
私が次に声をかける前に夏海はそのTシャツをレジへと持って行ってしまった。
私はその夜一冊の本を手にしていた。この本は私が初めて買ったジャンルの小説である。
いわゆるライトノベルと言われるものだ。このジャンルは小説の間に挿絵が入っている事が多く、文自体も一般文芸に比べてポップな印象の文体が多い。しかし、すべてがそうと言うわけではなく区分けが難しくなっているらしい。
私はこの本を買うときに戸惑ったのを覚えている。
それを先程、臆する事無くクッピーラムネのTシャツを買った夏海を見て思い出したのだ。
私が手にした本の表紙には長い黒髪を三つ編みお下げにした巫女装束姿の少女が山奥で舞っている姿が描かれていた。
題名は『RDG レッドデータガール 荻原規子』と書かれている。
この小説を完結に纏めてしまうと世界遺産になってしまう女の子のお話である。そう書いてあるし、ファンタジーである。
主人公は表紙に描かれた少女の鈴原
だが、泉水子には隠されていなければならない力を持った家系である。
そしてもう一人、物語の中心にいるのが、昔少しの間だけ一緒にいた
ストーリーは、とても和風なファンタジーで、山伏や陰陽師、忍者の家系を持つ青少年を集めた八王子の山にある特殊な高校が舞台だ。
泉水子たちを取り巻く、世界遺産になるための覇権争いもさることながら、泉水子と深行の恋模様も見物である。
この小説はシリーズ化していて全6巻出ている。が、私は3巻まで買った所で気付いたが、実はこの小説は一般文芸でも同じ内容で本が出ているのだ。
夏海のTシャツではないが、高いお金でデザイン性を求める者もいれば、そんなモノを必要とせず、己を貫いた安いTシャツでも満足する者がいる。
小説でも堅苦しいのを善しとせず、可愛らしいイラスト入りのライトノベルを必要とする人間がいれば、可愛らしいイラスト入りの本が恥ずかしい、必要ない一般文芸を必要とする人間もいるのだ。
経済は実に良く作られているのだと私はこの歳でようやく理解出来た気がした。
社会全体で様々なニーズが存在して、それに合わせる様に製品に工夫を加えて販売する企業の努力には恐れ入る。
泉水子の物語は実はこの全六巻の他にスピンオフのような本がもう一冊出ている。泉水子の周りの友達から見た視点や本編では出てこなかったエピソードが載った一冊だ。
それは本編が終わってから随分、経ってから出た。しかし、この一冊があるとないとで大違いだったと思う。
まだまだこのお話が続くのかと思うと生きているかのように感じられた。
完全にこのシリーズの虜になったのだ。
夏海もさらにクッピーラムネの虜になったようだ。
二人揃って企業の戦略にまんまと
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