41.リーベの告白

「ノア、私、あなたのことが──」


 シン、と静まり返る部屋中。真雫の服を着たリーベの声がやけに明瞭に響く。


 俺は人生初の告白を受けている。何故そうかと思ったか。まぁ、雰囲気がそういう風に感じるのもあるが、実際には、聞いてしまったのだ、真雫とリーベの会話を。時間は少し遡る。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「なんて言おうかな。いや、まぁ、報告するだけなんだが」


 俺は、プリンゼシン公爵の館に来ていた。勿論、リーベの救出を報告するためである。


 早くバータ公爵やムター公爵夫人に報告して、安心させたい。親バカそうなあの二人、少なくともバータ公爵は、気が気でないだろう。


 インターホンを鳴らす。数秒と経たずに執事が出てきた。


「どうでしたか!?」

「あ、はい、無事確保しました」


 グイグイとその執事は詰め寄ってきた。ちょ、近い近い。男に迫られても嬉しくないから。かと言って、女の人に迫られても、困るだけだが。ありえないと思うが。


 この人は……えっと、なんだっけ?……まぁ、名前は出てこないが、確かリーベのお付の執事だ。整えられた白髪に、黒い執事服を完璧に着こなしている。戦いが苦手そうだが、何でもかんでもお見通し、のような雰囲気を漂わせている。見た目だけなら、俺的には少し怖い。理由ははっきりしないが。


「公爵に、会わせて下さいますか?」

「……すみません」


 え、何故謝る。まさか、公爵もヤバいことに?


「実は、両公爵夫妻が、リーベ様の誘拐に耐えられず、少々気が飛んでしまいまして……」


 ショックで気絶したのかよ。何そのアニメとかドラマでしか見ないような対応。この世界に意外と地球の要素があるなぁ。


 でも、倒れたのなら、魔法で起こせばいいのでは?


「精神が正常でないまま回復させてしまうと、今後の生活に悪影響が出てくることがありますので……」


 そうなのか。初耳だが、魔法も危険なところもあるのだと、少しだけ改めて思った。魔剣を使う身だから、そこには常々気をつけているけどね。


「それと、お嬢は!?」

「うん、取り敢えず顔が近いから離れてください。リーベは今、俺達の部屋で休養を取っています。そろそろ連れてきますので」

「……リーベ?」

「……失礼しました、リーベ様です」


 そう言えば、この人には、俺とリーベの友人関係は何も言ってないのか。危ない危ない。若干アウト気味なのは触れない。


 リーベを最初から連れてこればいいのでは、みたいな顔をされたが、リーベは服が破れているので、そのまま連れてくるわけにもいくまい。なんか、俺にあらぬ疑いがかけられそうで怖いわ。


「それでは、俺は戻ってリーベを……ごほんっ、リーベ様をお呼びします。待っていてください」


 彼の視線が怖かったので、やや急ぎ気味で転移する。自室なのだが、まだリーベが着替えているのかもしれないので、玄関に近い、洗面台やリビング、寝室から遠い場所に転移した。


「──リーベだって、そうでしょ?」

「……はい」


 何やらリビングから声が聞こえる。多分、いや、間違いなくリーベと真雫だろう。


 どんな話か気になったので、聞き耳をたてる。我ながら悪趣味なものだ。


「私はノアが好きです。──」


 ……………………。


 うん、聞き間違いだろう。きっとそうだ。だって、俺だよ?元中二病な、俺だよ?好きになるやつなんているのか!?


 聞いてはいけないようなワードを聞いてしまい、必死に現実逃避をする。


 頭の中を現実逃避が駆け回る。結果、もう少し話を聞く、という結論に辿り着いた。


 また、耳を澄ませる。どうやら、話を少し聴き逃したようだ。


「う、あ、マナァ」


 リーベは泣き始めた。真雫の胸元で泣きじゃくっている。前後が聴き取れなかったから、理由がイマイチ分からない。


 しばらくして泣き終わり、リーベは宣言した。


「私、ノアに気持ちを明かそうと思います」


 ……マジか。えっ、こういう時どうすればいいの?真雫達の前に出ればいいのか!?


 結局何も分からず、彼女らの前に転移する。


「ただいま」


 盗み聞きを悟られないように、いつもの表情で挨拶をする。二人とも、快く返してくれた。よし、盗み聞きはバレていないな。


「ノア、話があります」


 え、今言うの……?ちょ、真雫、どうすればいい?


 視線で真雫に助けを求めようとした。だが、既に真雫の姿は見えなかった。立ち去るの早っ。


「……とりあえず、座ろっか」

「……はい」


 2人が座っていた場所に腰を下ろす。まだ温もりは残っていた。


 さて、どうやって話を進めたものか……。


「ノアは、マナのことが好きですか?」


 なんの脈絡もなく聞かれた。これって、リーベの告白だよな?


 これ、どう答えればいいのだろう?話の流れ的に恋愛感情を持っているか、なのだろうけど、うーん、そう言われるとピンとこない。まぁ、好きではあるけどね。友愛的に。自覚していない、とかじゃないと願いたい。


 リーベに小声で話す。


「好きには好きだけど、多分、恋愛の好きじゃないと思う。それだったら、リーベも好きだからね」

「そ、そうですか……」


 リーベが赤面した。湯気が立っている。なんか、たらしみたいな言葉を並べてしまった。


「……今日は、ありがとうございました」


 リーベが、やや俯き気味に礼を言った。いらない理由がないので、受け取っておく。別に仲間だからって、助けても礼を言わない仲にならなくてもよいのだ。


「リーベ、もしかしてだけどさ、妹になりたいっていうの、俺が作ったご飯が食べたい以外に理由があったり?」


 こういう時に、俺は遠回しにことを伝えるのが苦手というのが分かった。単刀直入すぎる。


「……はい。実は──」


 そう言いながら、リーベはその場を立った。そして、第二声を発する。


「ノア、あなたのことが──」


 来た。来てしまった。この時が。ここからは、発言を間違ってはいけない。


「──好きです」


 赤面した顔に、ほのかな火が灯った双眸。まさに、恋する少女だった。


「──私の──」


 まだ、続きがあるようだ。ベタなところにいけば、おおよそ「恋人になってください」だろう。さて、なんて返したものか。


「──私の、お兄ちゃんになってください!」


 ……………………うん?


 予想の斜め上を行かれた。好きだから、お兄ちゃん?なんか、原点回帰な気がする。


 でも、まぁ、断る理由もないので。


「正式な兄妹は無理だけど、いいよ」


 と、軽い感じになってしまった。実を言うと、リーベが妹になってもよかったのだが、爵位継承が都合上したくなかったからな。だから、正式でないのなら、別にいい。


 こうして、俺の妹が誕生してしまった。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「そういや、なんでリーベは恋人とかじゃなく、妹なの?」

「こ、恋人とか、何破廉恥なことを言っているのですか、お兄ちゃん!?」


 あれから少し経って、真雫も交えて話をしていた。あの時の表情から、リーベが妹になるという告白というのを、予想だにしなかったのだろう。まぁ、無理もない。


 リーベは、俺のことを『ノア』から『お兄ちゃん』という呼び方に変わっていた。違和感が半端ないが、リーベが喜んでいるようだから、文句はない。だけど、リーベは順応性が高いな。あれから数分しか経っていないのに、普通に妹って感じがする。


「恋人には、あの人がきっとそうなので」


 あの人って、それ俺の話?それともリーベの話?まぁ、多分後者だろう。この世界に来てまだ日が浅い俺には、そのあの人が少ない。それに、リーベはいい家の生まれなので、その分そういう相手が多いだろうしね。


「そういや、ノア」

「ん?」

「公爵に報告したの?」

「…………あ」


 忘れてた。リーベを連れていかないと。


 焦って真雫とリーベの手を掴み、転移。案の定、執事がいた。


「ファベン!」

「お嬢様!」


 執事とお嬢様の感動の再会。しかし、執事の目は、俺を見ていた。言外に、遅い、何をしていた!みたいなことを言ってないこともない。しょうがないじゃん。状況が状況だったんだから。

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