34.さぁ、龍退治を始めよう

 ズゥシイィン!と轟音を立てて、大地が揺れる。木の上で戯れていた鳥達も、何事か!と木から遠ざかっていく。


 驪龍の持つ鱗は相当硬いようで、自身を傷つけることなく、転がっている体で木々を薙ぎ倒していっている。自然破壊もいいところだ。


 漸く勢いが止まった驪龍の双眸が、俺を睨む。その目は、よくもやってくれたな……!みたいなことを如実に語っている。


 刹那、ヤツの姿がぶれる。超高速で移動したようだ。目前にヤツが現れ、その凶悪な尾を鞭のように俺に振るう。


 防ぐのは悪手だな。絶妙なタイミングで右側に逸れ、ダメージを免れる。が、やつはそれを予測していたようだ。ヤツのしなやかな腕が、俺をさらに襲う。


 リンボーダンスのように膝を曲げてそれを回避し、バク転で後方に飛び退ける。バク転の寸前に、ヤツの腕から放たれた風が、俺の肌と髪を撫でた。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 必中槍グングニル”」


 右手に槍を召喚し、ヤツへと思い切り放つ。あまりの衝撃に、同心円状に衝撃波が飛び、木々の葉が飛び散る。


 槍が、ヤツの心臓めがけて直進する。が、そこで俺は驚愕すべき光景を目の当たりにした。


 ヤツの腕が大きくなったかと思うと、必中槍グングニルをいとも簡単に弾いたのだ。マジかよ、今の結構本気で投げたぞ?


「グルウゥゥゥウウウ……」


 パキパキ、という音と同時に、ヤツの体がみるみる大きくなっていく。【感覚強化】が、その体格の増大と共に、ヤツの基礎能力が上がっていることを教えてくれた。


 強さ、およそ今の俺の3/4。俺の75%の力を有していた。やば、強すぎだろ……。


 ヤツの掌に、魔法陣が形成される。薄々気づいていたが、やはり色々な魔法を使えるのだろう。


 ヤツの双腕が俺に向けられる。同時に、魔法陣から黒色の槍が無数に出てきた。見るからに、当たるとヤバそうだ。


 自分に当たるものだけを避けて、避けきれないやつは不壊剣デュランダルで弾く。周りにあった木々に、黒色の槍が当たる。すると、あっという間に枯れた。生命力を奪い取るとか、そういう魔法だろう。


 避けたり防いだりしながら思案を巡らせている俺に、ヤツが尋常ではない速さで迫る。俺は新手の武器で、対抗した。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 衝波籠手ファウスト”」


 衝波籠手ファウスト


 オリジナルの武器で、手を包む硬質の手袋のような形の、言わばガントレットだ。ガントレットは本来、防具に分類される。しかし、この衝波籠手ファウストは自らの手を保護するためのものではない。攻撃用の武器なのだ。


 ヤツのしなやかな腕が、再度俺に振るわれる。タイミングを合わせて、ヤツの拳へと籠手を振るう。


「”形態変化フォーム : 吸収アブソービラン”」


 ヤツの拳と交わる瞬間に、籠手が変形する。本来なら、体が小さい俺が、飛ばされていたのかもしれない。が、その衝撃は来なかった。ヤツの目が大きく見開かれる。


 そんなヤツの気を知らずして、ヤツの懐に入り、籠手を翳す。


「”形態変化フォーム : 放出レリーズ”」


 ギュオ!?と呻き声をあげて、ヤツは飛んでいった。あまりの衝撃にか、血反吐を吐いている。


 これが、衝波籠手ファウストの能力。吸収アブソービラン状態で籠手に来た物理衝撃を籠手内に溜め込み、放出レリーズ状態でそれらを放出する。もちろん頑丈だが、何やら限度があるようで、一定以上溜めると壊れる。また、新しい籠手を召喚すればいいのだが、それまでに溜め込んだ衝撃はパァだ。


 グルルルルル、と痛みからある程度回復したヤツが、俺に怒りの視線を送る。


 瞬間、魔法陣が現れ、中から炎やら雷やら色々な魔法の槍が飛んでくる。それらを全て破魔盾アイギスで防ぐ。


 すると、そのような弱い攻撃では俺には勝てないと悟ったのか、ヤツは高く飛翔し、特大の火球を放ってきた。これは、破魔盾アイギスでは防ぎきれないな。範囲的に。


「”巨大コウセ複数ミーラレ武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 自動剣フラガラッハ”」


 火球と同程度の大きさの自動剣フラガラッハを召喚し、全て迎撃する。噴煙で視界が塞がれた。しまった、これが狙いか……!


 圧倒的速さでヤツが近づいてくる。しかし、飛んできたのは予想してい尾、ではなくだった。


「グッ」


 服を切り裂いて、角が俺の皮膚を抉る。急所は免れたが、腹部にダメージを負った。


 先程までは、角なんて生えていなかったはずだ。まさか、こうして戦っている間も、ヤツは形態を変化させているのか……?


 集中して、【感覚強化】を使い、ヤツの強さをはかる。少しずつだが、ヤツは能力を向上させ続けていた。まずいな、長期戦は不利と見た。短期決戦といこう。


 転移剣ウヴァーガンを召喚して、上空にいるヤツの元へ転移する。最初に対峙した時より、少し大きくなっているのがわかる。


 まずは、叩き落とそう。


 拘束鞭アインシュレンクンを召喚し、ヤツを上空で拘束する。ヤツと言えど、一瞬で拘束を解くのは無理だったみたいだ。


 その隙を使い、雷破槌ミョルニルで精一杯の力を込めて叩き落とす。ドンッ、と音が響き、ヤツは地に落ちた。


 さらに追い打ちで、雷を落とす。ギャアアア、と龍らしからぬ悲鳴が木霊した。


 オマケに火焔剣フランベルジェで炎を放射し、斬滅剣カラドボルグで斬り、大棍棒ダグダで押し潰す。地形なんて気にしてられない。そう思い始めた故か、地形が最初とは大きく異なっていた。


 転移で地上に降り立つ。


「やったか?」


 俺は無意識にフラグを建てていた。大抵このような時は、ヤツはまだ生きている。


 案の定、ヤツは生きていた。至る所の鱗が剥がれ、血が吹き出し、満身創痍だが、ヤツは生きていた。しぶとすぎるだろ。


 割と俺に余裕がないことに気づいたのか、ヤツの頬がつり上がった気がした。


 突然、大地が揺れ始める。ヤツが全く動じていないことから、恐らくヤツの攻撃だろう。


 ゴゴゴゴッ、と揺れが酷くなる。これはもしや……下か!?


 そう思い至ったと同時に、俺は咄嗟にその場から飛び退いた。ズドオォン!と俺の立っていた地面から、黒い棒状のものがでてくる。これは、ヤツの尾か……!?


 その尾がまた地面に潜ると、再度俺の足元に現れる。まだ続くのかよ。


 突っ立っているのは危険と判断し、辺りを駆けて攻撃を回避する。


 誘い込まれているな、これは。自覚はしているが、他に逃げ場がない。


 気づけば、ヤツの目の前に立っていた。ヤツは手の魔法陣を俺に向けている。まずい、避けられない……!


 視界が白く染まる。死を悟りかけるが、まだ死ねない。この危機ピンチを何か好機チャンスに変えられるものがあれば……!


 ふと、思い出す。なんだ、あるじゃないか、と。


 自動盾モルガナ破魔盾アイギス守護の首飾りパトゥーン・ハルスケッタを召喚し、ヤツの攻撃をギリギリ防ぐ。自動盾モルガナを装備するのを失念していた。完璧なミスだ。真雫の危険対策は完璧なのに、自分のことになると何故か疎かになる。


 完璧にヤツの攻撃が消え去った後に、衝波籠手ファウストを手に装備して、殴りかかる。


 案の定、ヤツはその攻撃に攻撃を返してきた。その大きな角で。予想通りに動いてくれた。


 角と籠手の衝撃を、籠手に集束させる。勝利を確信した俺は、笑を零した。


 角を避けて、ヤツの顔面へとダイブ。勢いに乗った俺は、さらに加速魔法陣ベシュロイニグングを展開し、さらなる加速を得る。


「はあぁぁぁぁぁあ!」


 無意識に、俺は叫んでいた。


 衝波籠手ファウストの衝撃波が、ヤツの顔面を襲った。


 ドゴォ!と地面が抉れ、ヤツが倒れる。


 これで耐えたならすごい。


 用心しながら、倒れたヤツに近づく。これは、本当に死んだのか……?


 途端、足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。やはりまだ生きていたのか、と思ったが、ヤツはピクリとも動かない。完全に絶命しているようだ。


 逃げなければ。そう思った瞬間、俺は駆け出していた。生き延びるには、どうしたらいい?魔法陣の大きさから、超位魔法なのは明らかだ。自動盾モルガナでは防げない可能性がある。さぁ、どうする?


 かつてないほどに頭がフル回転する。そこで、視点を変えてみた。さっきみたいに、逃げるのではなく、防げばいい。


 破魔盾アイギスを特大の大きさで召喚。武器や防具は、大きくすればするほど、その分重くなる。この前みたいに、大棍棒ダグダを落とすとかなら、全然使えるのだが、如何せん重すぎて持つことは不可能だ。


 だが、今はその重さに耐えるしかない。でないと、最悪死ぬ。ありったけの力を振り絞り、巨大な盾を支える。


 ドガアアアァァァアン!!!


 まるで地球の爆弾のような勢いの爆風が飛んでくる。爆心地の近くいた俺は、その爆風に必死に耐えた。


 破魔盾アイギスが迫り、地面が抉れる。強ぇ。


 爆風が過ぎ去った後、数秒前では考えられない静寂が身を包む。流石にあれは自動盾モルガナでは防げなかった。少し失敗すれば、死んでいた可能性があった。危ない危ない。


 対して、驪龍の体は普通に存在していた。ヤツの鱗の硬さは尋常ではないみたいだ。


 その場にへたり込む。やはり、微妙に生死をさまよっていた所為か、少し疲れたのだろう。


 こうなると、やはり真雫が心配だ。さっさと手伝いに行かないと。


 俺は急ぎ気味に、真雫の所へ転移した。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「……何がどうなっているんだ?」


 そこに着くと、真雫は──。

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