33.緊急クエスト
いつも通り、小鳥の囀りで目を覚ます。だが、ベッドの上はいつも通りではなかった。真雫がいないのだ。珍しく、真雫が早起きしたのだろうか?
少なくとも寝室にいなかったため、リビングに向かう。キッチンに真雫が立っていた。
「おはよう、真雫、今日早いな」
「おはよう。うん、今日はなんか早く起きた」
ふーん、とキッチンに近づきながら俺は、真雫が何をしているのかを確認。やはり、真雫は料理を作っているみたいだ。
「朝食作っているのか」
「……(コクッ)」
なんか心配だ。下手なことをして、変なことになるかもしれない。
「手伝おうか?」
「……大丈夫。私一人でやる」
本人にそう言われると、何も出来ないな。何を作っているのか分からないが、お手並み拝見といこう。
できたら呼んでくれ、と言い残し、寝室に戻って『二人の英雄の
それから、数十分。漸く、真雫から完成の声が聞こえた。遅くないか?
洗面台で手を洗い、恐る恐るキッチンに向かうと、あちこちに道具が転がっていた。料理をあまり作ったことのない人のキッチンによく似ている。放っておくのもできないので、後で片付けるとしよう。
「ん。自分で運んで」
「ほいほい」
運べ、と言われたので、自分の今朝の朝食を確認。俺は、唖然とした。皿に乗っていたのは、何かだった。ベタッ、とした何かなのだが、恐らくパンケーキだろう。色合い的に。
「ん、よくできた」
よくできたのか!?いや、見た目がなんとも言えない感じなんだが……。
作ってくれたのだから、グダグダ言わずに食べよう。
口にパンケーキ(?)を放り込む。うん、味は悪くない。というか、見た目に反して美味い。普通に喫茶店とかでも出せそうな味だ。ふっくらしているし、甘味もちょうどいい。ただ、造形が……。逆に言えば、形さえどうにかすれば、文句なしだろう。
余談だが、この日から真雫の作るパンケーキは見た目とのギャップがすごいので、『ギャップケーキ』と、心の中でそう呼んでいる。
「どう?」
「うん、美味しいよ」
「そ」
心做しか、真雫が嬉しそうだ。こういう時に、つくづく美少女だな、と思う。
「とりあえず、調理器具を片付けような?俺も手伝うから」
「……うん」
食べ終えた後に、真雫と転がっている調理器具を洗って片付ける。意外と早く終わった。
「そういや、真雫。なんで朝ご飯なんて作ったんだ?見た感じ、俺よりほんの少しだけ早く起きたぐらいだったろう?」
「……なんとなく」
嘘だな。真雫は、嘘をつくとき、左手で右手の肘を触る癖がある。本人は気づいていないみたいだが。きっと、言い難いことがあるのだろうから、不問にしておこう。
それから、いつもの服装に着替えて、チラリと時計を見る。まだ9時前だった。ふぅむ、もう少し、この平和な空間に身を置くとするか。今日は、バッグを買いに行って、簡単なクエストこなした後、ゆっくりするつもりだから、まだ大丈夫かな。
ちなみにバッグの資金は、今までの高難度クエストで揃っている。きっかり稼いだから、いつでも買える。金の場所は、今まで通り真雫の
「ノア、行こう」
「ん?あぁ、そうだな」
真雫から催促されたので、とりあえず行くとするか。
玄関に置いてある靴を履く。本来、この部屋は靴を脱がなくてもいいのだが、否が応でも向こうの世界の習慣は身にしみているようだ。嫌ではないんだけどね。
そんなどうでもいいことを考えながら、玄関を出る。周囲に誰もいないことを確認して、俺達はギルドの影に転移した。
✟ ✟ ✟ ✟ ✟
気持ちいいくらいの快晴が、転移後、目に飛び込んできた。空に昇っている太陽が眩しい。
「ん?なんでギルド?」
「先にクエストを受注しておこうかなって」
先にバッグでもいいが、少し手順が多くなるだけだ。大して差異はないだろう。
ギルドに入ると、珍しく慌ただしかった。いつもなら、静かな空気が俺の体を撫でていくはずだが、撫でたのは何やら焦燥を含んだものだった。
よく見れば、中央にギルド長、クラー・シューナハイトさんが、他の受付嬢に囲まれている。何やら思案顔だ。
不思議に思い、彼女らに声をかける。
「あの、何かあったのですか?」
「!ノア様、マナ様、ちょうどいい所に!」
……?本当に何があったのだろうか?
話を聞けば、龍が現れたそうだ。ゆっくりとこの国に近づいてきているらしい。
龍とは、ラノベやアニメでよく出てくる、この世界でも最強の種族とされる生物だ。もはや、龍やドラゴンが異世界で最強、というのは十八番だろう。
彼らは、高い戦闘意識を持ち、強いと感覚的に判断すると、そいつに戦いを申し出るらしい。だが、それは殆どの龍だ。
中には、ほんの極一部だが、近隣の町や村、挙句遠方の土地にまで飛来し、襲うヤツらもいる。俗説だが、理由は力の誇示らしい。つまり、俺TUEEEEしたいヤツらなわけだ。
実際、前者の龍は基本、自分たちの領地から出ない。が、後者は頻繁に人里に来る。その度に力を誇示するらしい。迷惑極まりないヤツらだ。
姿形は、アニメでよく見たあの龍と差し支えなさそうだ。
「詰まるところ、俺達に龍の討伐依頼を?」
「話が早くて助かります」
彼女は真剣な眼差しで俺の目を見た。言外に、俺に受けてくれますよね?と言っているようだ。
「分かりました。他にも冒険者を呼ぶのですか?」
「いえ、もう既に送っています」
仕事が早いな。しかし、そんな話は聞いていなかったが?あまり龍の調査とかは外聞がよろしくないのだろうか?。
「それで、首尾は?」
「……全滅です。全員帰ってきません」
全滅か……。相当強いようだな。そんな力を持っていれば、誇示したくなるのも分からないでもない。
「軍に応援は呼ばないのですか?」
「いえ、呼びましたが、軍は確実を求めるために少し時間がかかるのです」
「なら、先行で俺達が行きます。もし、帰ってこなかった場合に、軍を派遣してください」
「まさか、お二人だけで行くおつもりですか?」
「はい」
「無茶です!」
受付嬢の1人から悲痛な叫びが上がる。いや、俺達は負けそうになっても、転移で逃げられるんだよね。
彼女らの反対を押し切って、2人のみで受けることにした。
「よろしいのですね?」
「はい」
「……報酬はご自由に選ぶことができます。先にお決めになりますか?」
「あー、じゃあ、上質な金庫をお願いします」
彼女らの頭に、無数のハテナが浮かぶ。金庫を買おっかなぁ、って朝から思っていたんだよね。今のあの金庫だと、微妙に心配。
「分かりました。……最後です。本当によろしいのですね?」
「えぇ、それでは、どうにかしてきます」
「……ご武運を」
なんだろう、なんか俺達死にに行くみたいなことになってないか……?状況に、少々不満を持ちながらも、俺達はギルドを出た。
✟ ✟ ✟ ✟ ✟
「ノア」
「なんだ?」
隣を歩く真雫の手には、魔法のトートバッグが握られている。これは、今さっき買ったものだ。俺は今は持っていない。家に置いてきている。だが、魔法のベルトポーチのみ、腰に装備している。
両バッグの中には、昼食なり着替えなり、色々入っている。これで、昼食とかを食べるのにいちいち自室に戻らずに済みそうだ。
「なんで2人で引き受けたの?」
「なんでって?」
「だって、2人で龍退治したら、目立つ」
「……それもそうだな」
「内密にするようクラーに言う?」
「いや、それは……」
確かに、本来はそうするべきなのだろうが……。
「流石に恥ずかしいよなぁ」
あんなに見栄切って、ノコノコと帰ってくるなんて、恥ずかしい気がする。悲痛な叫びを上げた受付嬢にとっては叫び返せ、とか言ってもおかしくはなさそうだ。
仕方ない、少しばかり目立ってもいいや。俺は、今後の利益よりも今の羞恥心をとった。この選択に、後に俺が心から後悔するのはまた別の話。
聞いた話では、龍は1度行ったスードゲビルゲ山脈に住み着いているらしい。数は1匹。
龍は種類が分かれており、弱い方から紅龍、碧龍、蒼龍、白龍、
今回は、その驪龍が山脈に住み着いたらしい。いや、今更だが、住み着いた、というには語弊がある。ケーニヒクライヒ王国を襲うために休憩している、と言った方が正確だろう。
相手の位置が分からない以上、どうにもできな……いや待てよ。
「真雫、龍までの距離と方角、分かるよな?」
「……(コクッ)。ここから南南西に約20km」
やはり、真雫の【場所特定】は使えるな。もはや場所は関係ない気がするが。もしかすると、地球の道筋も分かるんじゃね?
「分かる。でも、上手く伝えられない」
分かるのか。便利だな、その常時魔法。少し真雫が羨ましいと思った俺であった。
閑話休題。
現在、山の麓。今のところ【感覚強化】に引っかかるヤツはいない。先程の真雫が言ったところから、龍が離れてさえいなければ、恐らくヤツは山の頂きにいるだろう。
リージンフォーゲルを狩猟した時と同じように、
相手の強さがどの程度なのか分からないので、最初から魔眼共鳴状態にするか。
「「”我が身に眠りし
久しぶりに、真雫と手を繋いで魔眼を発動する。真雫の柔らかい女子の手が俺の手を包んだ。
「「”
金色の魔法陣が、俺達を包み、基礎能力を増加させる。そして、俺は全速力で山の斜面を転移しながら駆け抜けた。
山の麓に到着すると同時に、【感覚強化】が敵の情報を拾ってくる。
敵は──あそこか!
頂きのど真ん中に、驪龍が
途端、火球が2つ飛んできた。龍という種族は魔法も使えるらしい。
召喚した
スタッ、と頂上に足を着ける。俺達と驪龍2匹、対峙する形になった。
「「グルアアアアァァァァァアアアアア!!!」」
ヤツらの咆哮が、空気を震撼させ、俺の耳朶を打つ。ビリビリくるな。強さはおよそ、魔眼状態の俺の半分の強さ。リージンフォーゲルよりも小さく、縦に5mぐらいなのに、馬鹿げているな。リターさんでも立ち回りできないくらいに強いな。
しかし、これは少しキツいかもしれない。八岐大蛇を2匹相手にするようなものか。こいつは今まで通りほぼ無傷とはいかなさそうだな。
この後、この体を蝕むであろう痛みに対して覚悟を決めた俺に、真雫が俺に意外なことを言ってきた。
「ノアは右のを。私は左のヤツを殺る」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫。基礎能力は私が勝っている」
それはそうだろうけどさ。ただ、あまり戦闘向きではない真雫で勝てるのだろうか。
「それに、もう、足でまといは嫌」
真雫が足でまといなんて、人生で1度も思ったことがないのだが、真雫自身は足でまといになっていると感じていたようだ。
本人が言っているのだから、左のヤツは任せよう。危なくなれば、俺が右のヤツをさっさと片付けて加勢に行けばいい。
「じゃあ、気をつけろよ」
「うん。ノアも気をつけて」
「あぁ」
右の驪龍の足元に転移して、ヤツの腹に、ヤクザキック。
「相手してもらうぞ、駄龍その一」
グオア、と変な声を出して、ヤツは山の斜面を転げ落ちて行った。俺もそれについて行く。
今日はゆっくりしたかったな。これを終わらせたら、1日だけでもゆっくりのんびり過ごそう。
妙なフラグを建てながら、俺は斜面を駆け、ヤツを追った。
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