9.護衛(2)
時は7時前。
俺達は部屋のキッチンにいた。いつもは8時ピッタリに朝食が運ばれるはずだが、今日はいらない、といつもの侍女に頼んでおいたので、運ばれてこないだろう。
今から、朝食を作るつもりだが……。食材や調味料は、リーベさんの家からおすそ分けさせてもらったし、調理器具も元から質のいいものが置いてあったので、それを使うとしよう。さて、始めるか。
今日のメニューは、オムレツとご飯、それとサラダ、そして牛乳だ。卵や野菜はともかく、米は流石にないと思ったのだが、普通にあった。マイナーな食材だが、一般人の間でも食べられているらしい。
先にサラダを作るために、キャベツやら人参やらのスライスしたものを茹でて、皿に盛ってから、ドレッシングをかける。まぁ、雑だけど完成。
次に、ボウルに卵、塩、砂糖、牛乳、マヨネーズを入れ、かき混ぜる。かき混ぜ終わったら、サラダ油をひいたフライパンらしき鍋に入れて、弱火で熱する。かたまり始めたら、フライパンらしき鍋の鍋肌によせ、ラグビーボールの形に整える。そして裏返し、また鍋肌でラグビーボールの形に整えるを繰り返す。少し経って、完全に出来たので、あとはケチャップをかけてオムレツ完成、っと。
ご飯は炊飯ジャーがなかったので、鍋で作った。学生時代に鍋でご飯を作る実習していて良かったよ。
後はマグカップに牛乳を入れて、朝食完成。
完成したことを伝えにリビングに戻ると、真雫とリーベさんは「あっち向いてホイ」で盛り上がっていた。
「ん、ノア。完成?」
「ああ、完成した。念の為手ぇ洗っといで」
「「はーい」」
あれは相当距離が縮まったな。もはや姉妹にすら見えてしまう。仲良きことは良きかな、だな。
とりあえず、出来た食事を運ぶ。運び終わったと同時に真雫達も洗面台から帰ってきた。長すぎだろう。何してたのか気になる。聞かないけどさ。
「わぁぁ、美味しそう!」
「どうぞ、食べてください」
「「いただきます!」」
早速、と言わんばかりにオムレツを口に運ぶ真雫とリーベさん。俺も1歩遅れて口に運ぶ。うん、質がいい食材を選んだから、それなりに上手い。見れば、2人はとても幸せな顔をした。いや、そんな顔するほどは美味くない。嬉しいけどね。
「ッ!ゲホッゲホッ!」
「ああほら、ちゃんと噛んで食べろ」
真雫が詰まらせたようなので、背中をさすって、水を飲むように指示する。だから、喉を詰まらせるほど、美味くはない。
「ん、これは美味しいです。ノア様、私の専属料理人になりませんか?」
「お断りさせていただきます」
だからそれほど……もういいや。
それから楽しく朝食を終えられた。たまにはこういう日もいいかもしれない。
「あの、マナ様、ノア様」
「はい?」
「何?」
「今日、街をまわりませんか?」
皿を片付けていると、リーベさんがそんなことを言い出した。真雫を見ると、真雫も少し困惑気味のようだった。
「いいですけど、どうしてです?」
「……実は、生まれてこの方、街で買い物とかしたことがなくて、憧れていたんです」
なるほど、箱入り娘、というわけか?なんか違う気もするが、まぁ細かいことはいい。ただ、一度も外出させないなんて、余程のことがあるのだろうか?
「……私、人間恐怖症なんです」
その発言に俺達は驚いた。だって、俺達と初めて会った時は、普通に会話をしていたからだ。
「あの時は、あなたがた転移者と会えることへの興奮が強くて、緊張とかはあまりなかったんです」
どんだけ転移者が気になっているんだよ。
「今も正直、緊張しています。でも、もう誰との接し方のわからない私でも、やっぱり友達とか、心を許せる人が欲しいんです」
そう言ったあと、リーベさんは、頑張って作り笑いをした。
理解者が欲しい、というのは分からない訳では無い。俺も中二病の時は、真雫しか理解者がいなかったしな。ここでこの人の理解者になれれば、今後色々使えるかもしれないし、何より俺の寝覚めが悪い。
「私と、友達になってください」
「……何を言う。私達は既に未来永劫の輩。ね、ノア」
「そうですよ」
すると、リーベさんはまた眩しい笑顔を見せて、
「はいっ!」
そう答えたのだった。
✟ ✟ ✟ ✟ ✟
「それでは、私のことは、せめてこういうプライベートな時だけでいいので、敬称と敬語は使わないでください」
「いや、それは、」
「嫌、ですか?」
リーベさんがあざとい。なんか、あざとい。
「分かった。これからもよろしく。リーベさん。あと、俺のこともノアでいいよ」
「分かりました、ノア。私も出来るなら呼び捨てでお願いします」
「了解だ、リーベ」
「はい、マナもよろしくお願いしますね」
「勿論」
ここに絆、誕生せし、だな。まぁ、これでこの国の人との個人的繋がりは持てたし、良かった良かった。
「リーベも敬語使わなくていい」
「はい、分かりまし……分かった……わ?」
ぎこちなさすぎだろう。
「やっぱ使いやすいほうでいい」
「はい、では、敬語で許してください」
さて、お互いの
「それじゃ、出掛けるとするか」
「了解」
「はい!」
終始元気なリーベであった。
「それでも、俺達金持っていないよ?」
「大丈夫ですよ、ほら」
そう言って、ゲームで見るような、薄茶色の袋を取り出した。受け取り、中を覗けば……。
「……!?金貨何枚、これ!?」
「えっと、確か、150枚くらい?」
無邪気な笑顔で話すリーベ。……150枚はヤバい。
ちなみに、この国における貨幣価値は、白金貨、金貨、白銀貨、銀貨、銅貨、銭貨の5つの種類があり、
白金貨1枚=金貨10枚=白銀貨100枚=銀貨1000枚=銅貨10000枚=銭貨100000枚
という感じだ。
確か、白金貨1枚で、アパートみたいな感じの家の家賃分ぐらいって聞いたから、仮に10万円=白金貨1枚とすると、
金貨150枚=白金貨15枚=150万円
この袋に入っている莫大な値段に、卒倒しそうになる。……こんな大金、よく持ってきたね……?
「いつもこのくらい持ってますよ?」
ダメだ、こりゃ生粋の箱入り娘だわ。初めて見た。
「リーベ、こんな大金持っていかなくていいよ……。これから俺達と出かける時は10枚以下の方がいい」
「また一緒に出かけるのですね」
……はぁ。そこじゃない。こちらとしては、お金を借りる立場なので、あまりどうこう言えるわけではないのだが、この娘の将来のためにも、言わなければいけないだろう。
とりあえず、一生懸命貨幣価値を説明し終えて、外出の支度をする。そういや、リーベの素性とかは隠した方がいいのだろうか?
「リーベ、失礼かもしれないけど、リーベってこの国では顔がしれている方?」
「それは分かりませんけど、国をあげてのパレードや舞踏会などには出席したりしてますよ」
なら、知っているヤツがいてもおかしくないか。
「じゃあ、これ着て行って」
「これは、パーカー?」
「ああ、なるべく深く被って歩いてくれ」
そういや、朝はよく何も起きなかったな。朝早すぎて、人がほとんど出歩いてない時間帯だったからだろうか。まぁ、明日から期限まで迎えにいく予定だから、少なくともその間は大丈夫だろう。
とりあえず、支度は終えた。まぁ、お金ぐらいで、他は何もいらないんだけどね。昼ご飯も弁当を作ろうかと思ったが、真雫とリーベが総一致でレストランとかで食べたい、と言ってやまないので外で食べることにした。
「ん、準備完了。これより敵地へ……うにゃ!」
「行かねーよ、そんな物騒なとこ」
涙目の真雫をほっておいて、袋に入っているお金を数える。1、2、3、4……うん、全部で15枚あるね。銀貨と銅貨も20枚ずつ入っている。残りの金貨135枚はプリンゼシン宅へ行って返してきた。ついでにその時に、サイスさんからリーベの外出許可と銀貨20枚と銅貨20枚を貸してもらった。俺達なら大丈夫だろう、と許可してもらった。
「さて、じゃあ行きましょう!」
張り切って進むリーベに後続する形でついて行った。
✟ ✟ ✟ ✟ ✟
「わぁぁ、すごい!」
俺達が徐々に見慣れてきた繁華街に、リーベが感嘆の声を上げる。ちょっとしたリーベの大声に、少し視線を集めてしまったが、誰も深く関わろうとはしなかった。フードを深く被らせた意味はあったようだ。それでも、真雫は視線に気づいて、即座に緊張したようだが。
「リーベ、あれもすごい」
「……?おお、本当ですね!」
2人が例のイルカの形を模した占い屋を見ている。相変わらず胡散臭い。そしてその胡散臭さに気づいたリーベも、案の定すぐに興味をなくした。というか、すぐ興味を失いそうなものを普通勧めるか、真雫?
ただ、このイルカの建物の後は、確か……。
「わぁー!」
「お、また来てくれたのかい、嬢ちゃん」
「うん、今日はお金、ある」
「おう、それが普通だ。ほれ、いくつだ?サービスしとくぞ?」
「じゃあ、10個」
「あいよ、銀貨1枚だ」
ざっと100円くらいか。これは……安いのか高いのか分からんな。いや、これが1個10円と考えると、なんか高い気がする。まぁ、いいか。この娘達が喜んでいるしね。
「はい」
「兄ちゃんも、こんな可愛い娘達を侍らせて、羨ましい限りだよ」
「ハハハ……」
見た目は兎も角、相手するのに疲れますよ。お金を出して、おっさんの手に置こうとした瞬間、おっさんに手を掴まれ、引き寄せられた。【感覚強化】のお陰で、悪意は感じないため、大丈夫だろう。
「気をつけろ、最近ここらでよく若い女を狙った誘拐事件が発生している」
「……分かりました。気をつけます」
どうやら忠告してくれたようだ。まぁ、今のところ全員
ちなみに、リーベも真雫級の甘党だった。あの甘々お菓子を普通に甘そうに食べている。
……俺が普通じゃないのか……?見ているだけでも胸焼けしそうだ。
前回はここで【感覚強化】により不審な人物を見つけたのだが……実は今もいます。俺達に悪意を向けた人が複数人。前は実験で正面切って戦ったけど、今回は別にいいよね。
魔眼を発動。詠唱開始。
「”
極小の
次は【気配操作】を使う。未だに練習中だが、周囲100mぐらいなら複数の人を特定して殺気などの気配を当てることが出来る。今のところ、殺気は何も殺したことがない俺には無理だが、怒気はあるからできる。早速、最大限の怒気をヤツらに当てる。お、感覚が消えた。いなくなったか。流石に気絶はしていないだろうから、急に目の前で人が倒れた、なんてことはないだろう。
「「ノア!」」
「ん?どうした?」
「ここでお昼食べたい」
街をぶらりと歩いていたら、既にお昼をすぎていたようだ。確かに少しお腹空いたな。
真雫達が指さしたのは、地球のヨーロッパにありそうな造りの店だ。えっと、『レストラン・ヨールッパ』?……惜しい、一文字違い。
「ほら、早く行きましょう!」
左右の手を、リーベと真雫に引っ張られ店内に入る。俺に発言権はないようだ。
中に入ると、和風な造りになっていた。なんでやねん、と心の中でツッコミをする。あの外観でこれは……この世界って、どこかネジが外れているよね。王宮のチャイムとか、お菓子の甘さとか、この店の内装と外観の違いとかさ。
意外と人気があるようで、中は結構混んでいた。入った同時に一家族が出ていったので、丁度その空いた席に座った。
メニューに目を通すと、地球ではない料理が多数並んでいれば、和風や洋風等の地球の料理もあった。恐らく他の転移者が広めたのだろう。ここは地球の料理を食べたいところだったが、カレーや肉じゃがみたいな家庭料理しかなかったので、こっちの世界発祥の料理を食べることにした。「メイジックベアー・ゲコフテスクラタート」という名前の料理だ。謎すぎる名前だが、載っていた写真が肉料理だったので、まぁ普通なものだろう。それだけじゃ心もとないので、ご飯も頼んでおいた。
リーベと真雫は、カレーを頼んでいた。真雫は久しぶりに、リーベは気になったから頼んだらしい。
頼んで数十分待った後、みんなの料理が一斉に運ばれてきた。俺のこの「メイジックベアー・ゲコフテスクラタート」というやつは、何かの角煮らしい。料理を口に運ぶ。この肉、何の肉かはわからないが、歯ごたえがあって、美味しい。噛めば噛むほど、旨みが増してくる感じだ。気に入った。ご飯にもあっていい。
真雫はともかく、リーベはカレーの辛さに苦戦していた。それでも頑張ってフゥフゥ、と小さい口で息をはいて冷ましながら食べている。なんだろう、ものすごく微笑ましい風景だ。
およそ10分ぐらいで食べ終わった。気に入った食べ物も見つかったし、また今度来てみたい。出来るなら、この3人で行きたいね。
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