第2話 ラスボス

 ラスボス。ラストのボスの略。

 ボスというのは英語的な意味では、親分、社長、所長などの意味があてられる。しかし、日本におけるボスとは多くの場合、ゲームにおける節目節目にいる強い敵のことを指す。その敵は周辺にいる敵とはランクの違う強さであり、その敵を倒すことで物語が進んだり、アイテムが手に入ったりする。


 ラスボスとは、そのボスの中でも最後に登場する普通のストーリーの中では最も強いボスのことで、倒すことで物語は完結する。物語の目的はラスボスを倒すことにあると言っていい。


 ラスボス、ラスボスか…。

 月ヶ瀬ナインにもわずかながらも戸惑いが見られた。しかし、ここはとりあえず、データ班からの報告を聞くところだからと、ナイン達からそれ以上の反応はなかった。


 ところが、

「さぁ、少し気にかかる話を出したけど、ここは明日への戦略にもかかわることだから、質問がある人は言って欲しい」

普通なら、相手の様子、警戒すべき点を伝える翔太が一旦そこで話を区切った。


「ラスボスってどういうことだ? あのラスボスって意味で間違いないのか」

 レフトの芹沢海斗せりざわかいとが言う。こういう時に一番先に口を開くのは、海斗だ。一番打者として打線の口火を切る役割を任されているからか、こういう時に口火を切るのは自分と言わんばかりに発言する。


「そうだ。あのラスボスでいい。相手の忍原高校。その忍原高校にとっての最後の壁、そういう意味でラスボスと言われているようだな。もちろん、これはネットでの話だが、この盛り上がりようからすれば、明日の試合は覚悟しておいた方が良い」

 翔太が説明する。


 月ヶ瀬高校野球部は野球に専念するために全寮制で、スマホや携帯は寮にいる時は禁止だ。たまの休みに返してもらえるが、家族の協力のもとインターネットには接続できない状態になっている。部内での連絡は全寮制だから、口頭で足りる。

 だから、こうした世間の雑音は部内には入らないようになっている。

 もっとも、データ班を除いては、である。


 データ班では、観客の様子も確認することになっている。高校野球ファンには、王者が負けてはならないという感じで、月ヶ瀬を応援してくれるファンも多いが、それ以上に相手高校への応援が目立つ。


 月ヶ瀬が王者であるから、受けなければならない試練。月ヶ瀬の強さも見たいが、一方で、それを打ち破ってくれる高校の存在を期待している。そういうものなのだ。そこで、データ班ではある程度ネットでも情報収集を行い、観客の様子も予測する。観客の反応も馬鹿にならないのが、高校野球である。


「……ま、どうせウチらは悪役ってとこだろ? マスコミ報道も忍原高校、とくに滝波の人気はほんますごいからな。こういうのなんていうんだ? 悠一」

 大和が相方の悠一に振る。

「『判官贔屓』ってのが一番近いと思うぞ」

「確かに公立ってだけで、今じゃ人気になるし、東北勢で、しかも、投手がかっこええねんから、騒ぐなって言う方が無理な話やわ。俺かて、もし自分が選手ちゃうかったら応援してた思うわ。くぅ~、かっこええ!!ってな」


「大和の言うこともその通りだが、それだけじゃない。今日も劇的な勝利だったが、今までの勝ち方、戦い方が劇的すぎる。しかも、それを観客が期待している。忍原高校ならきっと勝利をつかみとるだろうと。今日も9回は異常な雰囲気だった。9回裏、1点差で忍原高校は負けていた。ところが、先頭打者の滝波が打席に立った途端に地鳴りのような声が湧きあがったんだ。実際の球場は異常だった。正直、俺もデータ班としていろいろな試合を見てきたけど、あんなのは初めてだった。……身震いがした」

 翔太が思い出したくもないというように目を伏せる。


「で、結果が滝波がストレートの四球で出て、さらに声が大きくなって、次の打者が甘い初球を叩いてホームランってわけか」

 佳史が言った。


「ああ、あの状態でまともに投げられる方がおかしい。そういうレベルだった。いや、投手だけじゃない。キャッチャーもだ。先頭打者を出した後の初球、しかも、相手は甲子園に来て、調子のいい1番打者。佳史ならどう入る? ましてや9回裏1点差の場面だ」


「そりゃ、そういう時は一番気をつけるべきだから、入るっていう感じじゃないな。打者じゃなくて、マウンドの様子を確認して、必要なら一塁に牽制させたり、マウンドに行って間をとったりするな。送りバントとかも警戒すべきかもしれないが、まずは落ち着かせることからだな。もちろん、うちの悟、裕太、遼平ならそんな心配はないかもしれないが、それでも念には念を入れていい場面だ」


 佳史ならそうするだろう。佳史は3人の投手のよさを引き出すようにリードする。だから3人は安心して自信をもって投げることができている。


「そうだ。だが、あの場面、キャッチャーも急いでいた。あまりに不用意にストライクを取りにいってしまった。それで、ジ・エンド」

 翔太が肩をすくめて、手のひらを上にして両手をあげる。


「下手すりゃ観客全員が敵ってわけか。対策はどうするんだ? どうやっても野球には相手の攻撃は9回はあるし、最終回も用意されているんだぜ? 観客対策って言っても無理があるぜ。ま、ヤジには慣れてるけどな」

 ファーストの駒田克典こまだかつのりが言う。ファースト、サードは観客との距離が比較的近いこともあって、観客の声がよく聞こえる位置にいる。だから、観客からのこころないヤジにも慣れている。


「野球ってホント平等ですよね。でも、観客は不平等。不思議なものです」

 敬語を使ってるのは、レギュラーで唯一の2年生東原駿ひがしはらしゅん。月ヶ瀬高校において厳しい上下関係というのはない。そんなものはあっても無駄なものだと皆が分かっているからだ。それでも、駿が敬語を使うのは、先輩が積み上げてきたものがどれほどのものであるか分かっているからだ。

 

「でもな……ラスボスってさ。理不尽に強いってこともあるよな。圧倒的に強くて、他の敵とは違った攻撃をしてきて、どう考えても敵わないってこともある。そんなときにさ、ゲームを作った人間に文句を言う気力さえ起こらないこともあるよな。そして、俺らはラスボスだ。……さて、他に言いたいことはないか。じゃあ、ここからが本題。忍原高校対策、そして観客対策だ」

 翔太が不敵に笑った。

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