俺たち、ラスボスだってよ

水瀬 由良

第1話 決勝進出

 準決勝第1試合。

 月ヶ瀬高校は紫水高校を5対1で下し、2年ぶりに夏の甲子園決勝進出を決めた。

試合が終わり、月ヶ瀬高校の選手はホームプレート周辺に整列し、校歌を歌う。

一人として笑っているものはいない。真顔のままだ。


 紫水高校の選手はベンチ前でその姿を見つめている。

 もちろん、涙もあるが、どちらかというと、あいつら相手なら仕方ない、ここに来るまでやるだけやったという達成感の方が勝っているようにも思える。


 王者月ヶ瀬高校。

 今年の春の選抜高校野球も優勝候補筆頭と言われ、そのまま優勝し、紫紺の優勝旗をもって帰っている。


 どの高校も「打倒月ヶ瀬」を合い言葉に研究に研究を重ねている。


 しかし、どんな作戦も月ヶ瀬には通じなかった。どんな相手も月ヶ瀬には勝てなかった。


 打線に切れ目がない。隙のない打線にはよく使われる言葉だ。しかし、切れ目がないという言葉さえ月ヶ瀬打線を表すには不十分だった。金属バットとは言え、どこからでもホームランが出る打線。予選を含めればホームランを打っていない選手はいなかった。

 

 特にセンターの中平朝陽あさひは高校生、しかも野手にもかかわらず、ドラフト1位が確実視されているほどの逸材だ。朝陽ほどの選手がいれば、他の野手とバランスが崩れ、どうしても浮いてしまうものだが、周りのレベルの高いために朝陽だけが目立つということもなかった。

 朝陽を敬遠すれば、朝陽と勝負するよりも多く点数をとられてしまう。それが誰であれ、出塁させればさせた分だけ、点を取られる。損になる。それが月ヶ瀬打線だ。


 そして、月ヶ瀬が誇る左右二枚看板、左の市村裕太、右の藤沢悟が相手打線を沈黙させた。どちらも秋のドラフト候補だ。成績を見れば、どちらがエースと言ってもおかしくない。事実、防御率にも大きく差はない。加えて、3人目の投手、高倉遼平がいた。試合間隔が短く、登板過多となりがちな高校野球において、遼平の存在は貴重だった。


 遼平は肩をすぐに作れた。どんな場面でもすぐに登板できる。

 ただ、悟、裕太に比べれば荒削りだった。高レベルではあるが、完成度、信頼度という点からは若干落ちた。そのため、月ヶ瀬では3人目になってしまっていたのだが、他の高校では文句なくエースだっただろうし、プロ志望届けを出せば、ドラフトでは指名されるだろうと目されている。むしろ、悟、裕太に比べて伸び代はあるともみられている。甲子園でも、3回戦は4イニング、準々決勝は5イニングを投げていずれも1失点に抑えている。


 それだけの選手が偶然に集まるわけがない。


「あれだけ選手を集めれば、勝って当然」


 それが月ヶ瀬高校に対する評価だ。月ヶ瀬高校も野球強豪校の例に漏れず、私立で、全国から選手を集めている。しかも、今のレギュラーは中学時代から注目されていた選手ばかり。中学校の時代の実績だけで言えば、歴代でも最高の選手達が集まったといえる。おそらく、当時の中学生での日本代表チームを作れと言われたら、月ヶ瀬のレギュラーは全員入ってくるだろう。


「やっと次、決勝だ。」

 宿舎への帰りのバスで扇の要、副主将のキャッチャーの久保佳史よしふみが言った。


 そうやっとだ。ここまで来るのは必ずしも平坦ではなかった。

 地方大会も9回2アウトまで負けていたこともあった。先制点をとられたこともある。月ヶ瀬高校の名前は相手に圧力を与える。各選手も中学の頃から有名な選手だ。月ヶ瀬の名前はおろか、選手の名前だけで相手にプレッシャーを与えることができる。


 ただ、月ヶ瀬の選手とはいえ、高校生。緊張もすれば、焦りもする。負けることを許されない月ヶ瀬の名前は月ヶ瀬の選手自身にとっても圧力となる。その中でも最強世代の呼び声高い、この世代に対する圧力は高校生に対するものとしてはあまりに酷、異常と言っていいだろう。

 それでも、ここまで来ることができた。それは決して技術面、体力面だけではない、各試合で築きあげてきた勝つ意思、精神的な強さが月ヶ瀬の今のメンバーの強さだった。


「やっと、か。確かに長かったように思えるが、ここまで来たんだ。明日も勝つぞ。公式戦のここまでの連勝も明日までのためだ。必ず勝つぞ」

 主将で、サードの安本信司が珍しく高揚して声で言った。皆がうなづく。


「『終わりよければ全てよし』とはいうが、明日勝てなければ、台なしだからな。最後、集中していこう」

 ショート天谷悠一が言った。


「ほんまにことわざが好きやなぁ。まぁ、明後日の相手はどっちになるか分からんけど、どっちにしてもやったったらええねん」

 関西弁のセカンド田島大和が、右手を突き出して、悠一に応じる。ショート悠一、セカンド大和。悠一は東京出身で、大和は大阪出身。正反対の二人のはずなのに、このコンビはグラウンド外でもいいコンビだった。


 準決勝第2試合。

 この試合の勝者が決勝の相手になる。


 データ班がしっかりと見ているはずだ。データ班というのは、レギュラーになれなかった選手で構成されるデータ解析を専門とする選手のことだ。これは1、2年生が多いが、3年生もいる。そして、この3年生が中心だ。

 最後の夏に甲子園まで来て、甲子園のグランドに立てないのは内心忸怩たる思いを持っている生徒もいるだろう。


 しかし、月ヶ瀬の村田監督は常々言っていた。

「野球において、データは重要だ。そのデータ班を任せるのは、それだけその選手を信頼しているから。それ以上にその選手の将来に必ず役に立つ」


 事実、データ班になっていた生徒が大学に進学後急成長することが多かった。高校時代にはたまたま成長が遅れていただけで、大学になって伸びた。村田監督はそういったところも見て、データ班を選んでいた。


「今日もいい試合だった。とりあえず、宿舎に帰って、データ班の帰りを待つぞ。お前らなら分かってると思うが、いつも通りだ。それまでは自由時間だ」

 村田監督がまとめ、バスは宿舎に向かった。


 第2試合勝ったのは、忍原高校。

 今日劇的なサヨナラホームランでの幕切れだった。おそらく、TVなどでも大きく取り上げられることにだろう。


 これで明後日、夏の甲子園、全国高校野球選手権大会のカードが決まった。


「どっちでもいいっちゃ、どっちでもいいんだけど、忍原高校かぁ……」

 誰かがそう言った。


 ……ミーティングの時間。

 データ班の水岡翔太が前に立つ。

「皆も知っての通り、明日の決勝の相手は忍原高校だ。相手の高校のことはこれから話すが、その前に話しておくことがあるから、そっちを話す」


翔太が一呼吸おいて、続けた。

「俺たち、ラスボスだってよ」

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