第33話
エヴァは再びシムドのなわばりで竜狩りの片づけをしていた。
日差しが強くなると、水辺を中心の竜狩りたちは野営地を築くらしく、川沿いに大きな野営地が残されていた。
例のごとく、ここの設営者たちはシムドによって排除された。
なかなか大きな野営地で、シムドも今回は人間の数も多いと言っていた。もしかしたらまたどこかの国が本腰を入れて竜狩りを計画したのかもしれない。
野営地を探ってみると、それをうかがわせる命令書や食糧、高そうな衣服が残されていた。
エヴァの衣装部屋や宝物庫がまた狭くなりそうだ。
今回アルバは数日だけ手伝ってくれると申し出たので、それまでにこの野営地を片付けて、荷物をまとめておきたいと考えていた。
とりあえず選別は拠点で行うことにして、野営地の片づけを優先していた。
野営地での片付けの最中はここに食糧が残っていたから、狩りに行かなくて済んだ。それでもエヴァにはセンモルタがあるから、狩りに手間取ることはなくなっていた。
『エヴァ、順調かね』
いつの間にか上空にはシムドがいて、エヴァを見下ろしていた。
「順調よ。今回は広いからちょっと時間がかかっているけど」
『何、片付くなら遅くなったって構わぬよ。魔法のものはあったかね』
「まだ分からないわ。でも金とか銀とかあるから、期待できるわね」
『そうか。エヴァ、君が大丈夫なら倒した人間がまだ残っているのだか見てみるかね』
「え?」
それはどういう意味だろうか。
呆然とエヴァはシムドを見上げた。
『今回は火で片付けていないんだ。エヴァが魔法のものを欲しがると思ったから、形を残しておいたんだ』
「つまりそれって亡骸があるってこと?」
『そうだ。君がよければ案内しよう』
エヴァはしばし考えた。
竜と戦った人間がまともな形で残っているとは考えにくい。しかし魔法の品というものを所持するなら、常に肌身離さず持っておくだろう。
ないかもしれないが、あるかもしれない。
しかし死体から装備品を剥ぐなんて、人道に反している。
いや、もうエヴァは死を何度も跳ね除けている邪道の存在。どうせ神のいる楽園に行けないのだ。だとしたら今さら罪を重ねてどうなるというのか。
エヴァは顔を上げると、シムドに叫んだ。
「分かったわ、シムド。案内してちょうだい」
● ○ ●
この服はもう駄目だな。
エヴァは野営地の傍らに流れていた川に入り、髪と体と服を洗った。
髪と体の汚れはすぐに取れたが、服についたものはなかなか落ちない。別に服ならこの野営地にもあったし、諦めてもいいかもしれない。
汗をかき、火照った体を川の冷たい水が鎮めていく。
このままさきほど犯した所業の穢れすら洗い流してくれそうだ。
シムドは器用な竜だった。
エヴァに語ったとおり、きちんと彼らの形を残して彼らを排除していた。
エヴァもどんな無残な遺骸を目にするかと覚悟を決めていたが、意外にも綺麗な形で彼らは事切れていた。
確かに内臓をぶちまけていたりとか、首が皮一枚で繋がっているわけではないが、手足があらぬ方向に向いていたり、頭部に大きな怪我を負っているものばかりだった。
そして彼らから遺品を回収しやすかったのはありがたい。
彼らの衣服はありきたりなものだったからそのままにし、魔法の品がないか確かめる。
ふとエヴァは気が付いた。魔法の施された品というのはどうやらそうでないものと比べると丈夫な傾向にあるようだ。火の中に入れても燃えず、焦げない。経年劣化も起こりにくく、廃墟の中に不自然に綺麗なものが存在するなど、明らかに他と違うと分かるのだ。
その特徴を参考に探してみると腕輪や指輪、首飾りなどの装飾品の多くが魔法が施されたものだと気が付いた。
エヴァはそうと分かると嬉々としてそれらを回収し、野営地に戻ってきた。
野営地のテントを一つ潰し、センモルタで火を付け焚き火にする。
体を拭いてから、野営地にあった服に着替えて、それまで着ていた服を焚き火の中に放り込んだ。湿っているからなかなか火がつかなかったが、やがてチロチロと火が舐め始めて、黒く焦がしていった。
月の明るい夜だった。
だから野営地で見つかった文書に目を通していく。
シムドが残した遺体は二十四体。この野営地の規模からしても順当な数だ。そしてそのほとんどから魔法が施された装飾品を回収できたのだ。その理由を探りたいとエヴァは考えていた。
これだけ月が明るいなら、野営地の片づけを続行することも可能だが、まずは資料を紐解くことにした。
「リジエテア王国……」
まずこの野営地を築いた者たちはリジエテア王国の人間で、予想した通り、国を挙げてこの地に竜を狩りに兵を派遣したようだ。
シムドが倒したのはその派遣された兵たちで間違いないようだ。
ただ残された計画書を見ると、彼らは先遣隊だったようだ。
リジエテア王国はこの地の竜を狩り、この地そのものを得ようとしていたようで、長期的に兵を送り込む計画だったのだ。
「これはシムドに伝えないといけないわ」
先遣隊が二十数人だということは後から来る本隊はもっと人数が多いはずだ。
先遣隊が全滅したのなら、もう諦める可能性もあるが、彼らが持っていた魔法の装飾品のことを考えるとそうではないとも思える。
これまで竜狩りの後片付けを何度も行ってきたが、これほどまでに魔法の品が見つかるということはなかった。
リジエテア王国がどうやってこの魔法の装飾品を得たのか分からないが、彼らが派遣した兵のほとんどに魔法の装飾品を提供するぐらいだから、力の入れようが違う。
警戒するに越したことはない。
そして回収した魔法の装飾品は合計で二十三。
腕輪に指輪に首飾りに、と形は様々であったがリジエテア王国の紋章が刻まれていた。
命令書に描かれていたものと同じだからすぐに気付いた。
だとすると施されている魔法も同じなのかと思いきや、どうやら違うようだ。
試しに指輪を付けてみると、それまで夜気を感じひんやりとしていた肌に一枚何か被せられたように感じた。外してみるとその感覚は消える。再び付けると、また感じる。
竜狩りに行く兵士に与えられるということを考えると、戦闘に役立つものだろう。
だとすると、もしかしてこれは。
エヴァは指輪を付けたまま、思い切って焚き火の中に手を突っ込んだ。
すると火はエヴァの手をなめることはなかった。
手の表面から一センチほど離れたところを、何もないところを舐めている。
そうだ。やっぱりこれは魔法の守りを得られるんだ。
この皮膚から約一センチの幅が魔法の守りなのだろう。
これは良いものを手に入れた。
と、言うのもエヴァは暑くなってきたこともあって、背中にセンモルタを背負うのが辛くなっていたのだ。センモルタは熱くならないが、温かいからその熱がわずらわしかった。
この指輪の魔法の守りは全身に施されるから、当然背中にもある。
指輪を付けたままセンモルタを背負うと、煩わしく感じていた熱を全く感じなかった。
「やったわ!」
これで暑い夏でもセンモルタを気にせず持ち歩くことができる。
指輪は常につけておくことにした。
ただ指輪は二つ以上つけても重ねがけされるわけではないようで、二つ目以降は皮袋にしまい込んだ。
次に首飾りを付けてみると、世界が変わった。
それまで感じていた世界がより鮮明になったのだ。
視界も音も匂いも何もかもがエヴァに押し寄せるように世界が緻密になってゆく。頭が迫る情報に追いつかず、混乱してゆく。
慌てて首飾りを外した。
すると、それまで通りの世界に戻る。
どうやらこの首飾りは五感を研ぎ澄ませるもののようだ。
索敵などに使われたのだろう。
有用だが、使いこなすには慣れる必要がある。
今はとりあえず皮袋の中にしまい込んだ。
そして最後に腕輪だ。
二つとも良いものだったから、これにも期待が上がる。
早速右手首に付けてみると、何もなかった。
「あれ?」
皮膚の上を何かが覆う感覚も、感覚が敏感になっていくことも、何も起こらなかった。
「そんな、魔法のものっぽいのに」
実は何でもないただの腕輪だったのだろうか。それとも何かの条件で効果が発動するのだろうか。
もしかして指輪と同じ魔法で、効果が重複されないために何も起きないのだろうか。
そう考えて指輪を外すも、ただ魔法の守りが消えただけだ。
腕輪は魔法の守りの効果ではないらしい。
効果が違うなら、重複で打ち消されないはずだから、とりあえずしばらく付けておこう。
その効果を気付いたのは翌日だった。
簡単に朝食を済ませて、野営地の片付けに取り掛かった。
五、六人が寝室として使っていたらしいテントの中で、雑多なものが詰まった木箱を動かそうとした。木箱は大きく持ち上げることは難しい。だから入り口へ体全体を使って押すことにした。
中身の量を考え、力を込めたとき、エヴァは思わずつんのめって、地面に倒れ伏した。
「えっ」
地面に倒れ伏したのは、思ったよりも木箱が軽かったからだ。体全体を使えば少しずつ動かしていけるだろうと考えていたが、エヴァの予想が外れ、木箱は軽かった。
むしろこんなに軽かったのなら、持ち上げられるかもしれない。
そう考えて、木箱の縁に手をかけ、持ち上げると易々と木箱は地面から離れた。
「あれ、何だ。軽いじゃない」
とんだ見込み違いだった。このままテントの外に運ぼうと思ったが、木箱はやはり大きく、持ち上げながら運ぶと歩きにくいので、ただ押すだけにした。幸い、テントの中であるが、床は剥きだしの地面。テントの出入り口にも引きずって邪魔になるものはない。
その木箱をはじめ、エヴァは次々とテントの中の物を外に運び出し、大まかに選別する。
食べ物か、貴重品か、日用雑貨か、衣類か。
大体竜狩りがこの地に運び込むものなど決まりきっていて、エヴァは慣れた手つきで仕分けしてゆく。食べ物以外はできるだけその場で一つにまとめ、後日アルバが来たときにまとめて運び出せるようにしておく。
食べ物は、足が早そうなものだけここで片付けてゆく。
そうしてテント一つを解体し終えて、まだ日が傾き始めた時刻であることに驚いた。
もうすっかり夏で、日が伸びたとは思っていたが、ここまで長くなっていたとは。
これなら次のテントに軽く手を出せる。
エヴァは日のあるうちにできることをしようと考え、まずは先ほど片付けたテントから出た不用品を処分することにした。
不用品はテント跡地にまとめて置いてあり、後はセンモルタで焼き尽くすだけである。
エヴァは火が燻っている焚き火のそばに置いておいたセンモルタを拾って、眉を弾ませた。
センモルタは第三の腕と言っていいほどエヴァに馴染んだ一振りだった。
その手触り、重さ、長さ、全てがエヴァのよく知るもの。
しかし今拾い上げたとき、感触が明らかに違った。
軽いのだ。
センモルタは魔法の品であるが、金属製の剣でもある。だからその重量はそこそこある。エヴァ自身、その剣を振り回すようになって、腕が鍛えられたような気がしている。
それなのにまるで羽ペンのように軽々として、その違和感が引っかかった。
センモルタに何か起きたのだろうか。
エヴァは不安を抱いて、いつものように不用品にセンモルタで火を点け、焼き尽くす。
その様子はいつもと変わらないように思えた。
不安は拭えず、剣の先生から教わった剣の素振りを何度か繰り返す。
それでもやはりセンモルタは軽いままだ。
「どうして……?」
まさかエヴァが知らないうちにセンモルタが壊れてしまったのだろうか。
昨日までは何も変わらなかったのに。
昨日と一体何が違うというのか。
そこまで考えて、エヴァは小さく声を漏らした。
そして昨日の夜右手首に嵌めたリジエテア王国の腕輪に目を落とし、外してみる。そうしてもう一度センモルタを持ってみると、慣れ親しんだあの重みが戻っていた。
「そうなのね、そういうことなのね」
感動とか感激より、安堵した。
この腕輪はどうやら筋力を増強する効果があるようだ。だから野営地の片付けもいつもより早く終わったし、センモルタが軽く感じたのだ。
なるほど、これは地味に便利な品だ。
エヴァはリジエテア王国の指輪と腕輪を常に付けている事にした。
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