第31話
ペルディナスって本当に栄えていたんだ。
街を囲う外壁、そこに設けられた門の中で一際大きな門からエヴァは街の中へと足を踏み入れた。
エヴァはアルバから降り、アルバと横並びで歩きながら門をくぐる。
「すごいわ」
百年前、この街は人や物でごった返していたのだろう。
エヴァとアルバが横並びにしてもまだ馬車が三台は通り過ぎれるほどの幅がある大通り。大通りは真っ直ぐ前に伸びていて、その先がかすんでいる。かすみつつも、先に次の城壁の門が見える。
通りの両側には渓谷のようにそびえる石造りの建物が立ち並ぶ。
エヴァが根城にしている屋敷と同じ石で作られているようで、町並みにどこか親近感を抱いた。
看板代わりにあちこちに掛けられた幕は千切れ、裂けつつも辛うじてしがみついている。そして哀れに風に揺さぶられていた。
通りの建物の多くの窓にはガラス窓が嵌められていた。そのほとんどは割れていたが、中にはくすんだだけできちんと綺麗なままのものも残されていた。
通りの地面を埋め尽くす敷石には草や苔が生えて歩きにくかったが、往年の姿を色濃く感じさせる。
「きっとたくさんの人が住んでいたり、訪れたりしていたのね」
これまでこの地に残された資料によれば、ここは北の渓谷の先から南の平原、西の河の向こうと全ての道が交わる地だった。だから大陸の中でも有数の交易都市だったそうだ。
そんな場所を排他的なグオルディアス王国が支配していたのも不思議な話であるが、重要な拠点であったのは間違いない。
エヴァの目的はこの街に残されたものを回収すること。
優先順位はあるものの、まず欲しいのはここにあるという魔法の品。マクスによるとあるそうだから、必ず回収しなければ。
そのためにアルバについてきてもらっていた。
「アルバ、魔力、感じる?」
アルバは首を伸ばし、匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
『あの門の向こうかな。ちょっと遠いね』
アルバは通りの向こうにあるかすみつつある門を示す。
魔法の品は当時でも高価だった。だからこんな外に近いところにあるとは考えにくい。
魔法の品の取引は北の交易所で行われていたが、別に魔法の品がそこにしかないわけではないようだ。きっとこの街に住んでいた貴族や商人たちが密かにあるいは厳重な管理の下に所持していたのだろう。
「歩いていくのは大変ね。アルバ、空を飛ぶ?」
『そうしよう』
竜は歩くより飛ぶほうが得意である。そのほうがその巨体を動かすのに手っ取り早いからだろう。
エヴァはアルバの首にしがみつき、アルバは石畳を蹴った。
鈍い音がしたけれど、石畳が崩れることはなかった。それだけ頑丈に敷き詰められているのだ。
一瞬にして左右に迫った建物を下に見る。
アルバは軽く跳んだだけなのに、もうほとんどの建物を見下ろすこととなった。それでもまだアルバの跳躍より高い建物や塔もいくつも見られた。
街の中心にある城のような建物もその一つだ。
『あの大きな巣の中にいくつかあるみたい』
「いくつも?」
『他の場所にもあるけど、まずはあそこに行こう』
「分かったわ。お願い」
意外だった。てっきりこの街では支配者グオルディアスの顔色を伺って、魔法の品をこっそり扱っていると思っていたからだ。だからそういうものは一まとめにしてあって、表に出にくいものだと。
でもどうやらそうではなかったようなのだ。
街の中心にあるものは、当然街の主、もしくは頂点に君臨するものの居城だった。
ペルディナスは何人かの首長がいて、彼らがこの地を分割で統治していた。この城はその首長のうちの一人のものだったようだ。
遠目から見ても大きな城。
今のエヴァの根城よりも、かつて暮らした離宮よりもずっと立派で、百年放置されてもその荘厳さを失なっていない。
その荘厳さが、かつてのペルディナスの繁栄を映していた。
だからこそ、より一層疑問が湧く。
それほど栄えていた都市なのに、どうして東の山脈の引きこもり王国の支配を受け入れていたのだろう。
これほどの財力があれば、東の王国の支配を跳ね除けることぐらい、簡単にできたはずなのだ。
さらに王国は排他的で、魔法嫌い。
ペルディナスが積極的に取り扱いたかったであろう魔法の品に難色を示していた。それだけでも煙ったいのに、なぜこの中心地ではなく北の交易所を開設してまで王国の顔色を伺ったのか。
百年前のことをエヴァは残された断片で拾い上げるしかない。
だからまだ、その疑問を解消する答を持っていなかった。
○ ● ○
この城の主はなぜ王ではなかったのだろう。
そう疑問を抱かずにいられないほど、その城――――エヴァは勝手にペルディナス城と名付けた――――は立派だった。
エヴァの住んでいた離宮よりずっとずっと素晴らしく、百年の放置を受けても尚輝く。寂れてはいたが、少し手を加えればまだまだ全然城として使えるだろう。
エヴァはアルバと共に城内に入ると、魔法の品を求めてさ迷い歩く。
大きな馬程度の大きさのアルバでも悠々と城内を歩き回れるほど、その城は廊下も部屋も扉も何もかもが大きくとってあった。
崩壊しているところも少なく、この城が相当の財と手間で維持されていたことが伺える。
この城はあとでちゃんと探索しよう。
必ずエヴァが必要な日用品が残っているに違いない。
それに、これだけの規模のお城なら必ず何かしらの武器が残っているはずだ。
剣は背中のセンモルタがあるにしても、狩りに使えそうな弓矢が欲しい。せっかく見つけた魔法の弓はエヴァが使えない大きさだったから、代わりのものが欲しかった。
弓矢があれば、もしかしたら一人できちんとした狩りができるかもしれない。
『ここじゃないかな』
アルバが顎をしゃくり、一つの扉を指した。
今、エヴァたちは城の上層、おそらく城主とその家族が暮らしたであろう区域を歩いていた。
「ようやくね。どんなものだと思う?」
『うーん、魔力の感じからしてもそんなに強いものじゃないと思うな。エヴァの爪のほうがずっと強いよ』
炎と熱の剣センモルタは、魔法が使える竜たちが必ず気付くほど強い力を持っている。その剣が生み出す炎は竜の炎にも劣るにも勝らない。竜たちも驚く一品であった。
「でもわざわざ城に置くぐらいだから、きっといいものだよね」
エヴァは蝶番に不気味な音を立てさせて、扉を引いた。
すっかり慣れていたが、舞い上がるほこりに鼻がくすぐられ、くしゃみを三回もした。
落ち着いてから改めて、扉の向こうに顔を向けると、言葉を失う。
その部屋は、扉の向かいの壁の一面がガラス窓となっていた。
天井から床まで金属製の窓枠があるが、それを極力細くしてあり、部屋は白い昼の日差しが存分に差し込んでいた。
『外みたいだね』
エヴァはアルバが通り抜けられるように扉を全開にし、部屋の中に彼を通す。
「温室みたい」
『オンシツ?』
「こういうガラス張りの部屋で、日差しが差し込むようにして、部屋の中を温めるの。そうして暖かい場所の植物を育てる部屋だよ」
『人間はそんなことするの? それなら暖かい場所に行けば良くない?』
「確かにそうだけど、人間は翼を持っていないから移動が大変なのよ」
『そっか、人間は歩くしかないんだ』
エヴァは絨毯を踏みしめながら、窓際まで歩く。
これだけ大きなガラスでありながら、百年の時を経てもひび一つ入っていない。ここで使われているガラスは特別頑丈のようだ。
『エヴァ、あれだよ。あの水が出てるのから魔力を感じるよ』
アルバがエヴァの横にやってきて、ガラスの向こうを示す。
ガラスの向こうには小さいながらも伸び放題の芝生が占領し、おそらく花壇だったらしいところも荒れ果てた中庭が広がっていた。アルバの言う水が出ている、というのは、中庭の片隅にある噴水のことだった。
その噴水から湧き出た水は水路を通じて城のどこかへと流れていっている。
そういえばこの部屋に至るまでの道で、どこかから水音を聞きつけたことがあった。きっと老朽化で何かしら壊れているのだろうと考えていたが、もしかしたらここから流れ出た水だったのかもしれない。
噴水ならば、水が出ているのは何もおかしくないが、この世界にポンプや水道といったものはない。だから独りでに水が出るなんて、まずおかしくて、さらにここは城の上層。井戸を掘ったにしてもそれを汲み上げるのは一苦労だ。
だからこそ、あの噴水の異常さが際立つ。
「あれかぁ」
調べるために外に出た。
噴水の中心にその魔法の品が取り付けられていて、そこから水が噴出している。
見た目は食卓にぴったりな大きさの花瓶だった。いやきっと水瓶だ。
城にも使われている石材と同じ色をしていて、水が出ている意外、周りにうまく溶け込ませてある。
もしかしたら、この城のために作られた一品なのかもしれない。
エヴァは背中のセンモルタを地面に下ろし、噴水に近寄った。
水を引っかぶりながらその部分をあらゆる方向から見てみると、どうやら取り外せるようだった。
しかし取り外して大丈夫だろうか。取り外して水が止まってしまわないだろうか。仮に止まったとしてもまた出せるだろうか。もし取り外して水が出しっぱなしだったらどうやって持ち運べばいいというのか。
疑問と不安を抱きつつさらによく調べていくと、その水瓶の底と水瓶が取り付けてある土台にそれぞれ小さな溝が掘ってあった。今その溝はぴったりと合わさっていて、一本と線となっている。
これがつまりはまっている状態なら、これをずらせば水が止まるのではないだろうか。そして再びこの溝を合わせれば水が出るようになるのではないか。
気が付くと試してみたくなるもので、エヴァはずぶ濡れになりながら、水が出ている水瓶を、土台の上で軽くずらしてみた。苔や泥で固くなっていたものの、力をこめるとまるで解放を待ちかねていたかのようにすんなりと動いた。
そして。
『あっ、水が……』
絶え間なく出続けていた水は、エヴァが水瓶をずらした途端に勢いをなくし、止まってしまった。
「ってことは、やっぱり」
エヴァは再び水瓶の底の溝と土台の溝を合わせる。
すると予想通りに水が流れ出したのである。
『へぇー、面白いね!』
水を自在に出し入れできる。それを目の当たりにして、アルバは楽しそうに翼を上下させた。
「なるほどね」
エヴァは再び噴水の水を止め、手早くセンモルタを拾い、鞘から抜くと、その熱波で濡れた体を乾かし、温める。
風邪はひかないけど、風が吹くたびに背中がぞくぞくする。ましてやまだ春になったばかり。水浴びは早すぎた。
『それ、持ち帰るの?』
アルバが尋ねる。
「できればそうしたいけど、できるかしら」
あの水が出続ける水瓶はおそらく土台と水瓶両方が不可欠だ。しかしそのどちらも石でできているように見える。水が出ていた水瓶部分だけなら抱えることができるだろうが、下の土台の部分はサイドテーブルぐらいの大きさはある。さらに石製だ。重さは水瓶の比ではない。
「アルバ、また手伝って貰ってもいい? また重いものなんだけど」
『そのために僕が付き合っているんじゃないか。任せてよ』
「ありがとう、アルバ。今度また一緒に狩りをしましょう」
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