Episode01 みんなで旅行(2)

「ありえない……」


 希望は頭を抱えている。

 真白は平静を保ってはいるものの顔色は悪い。

 登丸先輩は静かに就寝中……正しくは絶賛気絶中である。


「こんなに快適な乗り物なのにな?」

「そうですね」


 男性陣は平気なのだが、女性陣は飛行機の旅に卒倒。

 刺激が強かったかな?



 みんなは初めて見た飛行機に興奮していた。


 その圧倒的スケールに驚嘆し、人間界に来れたことを実感していた。

 しかし、いざ飛行機に乗ってみると彼女たちの中に一つの疑問が生まれた。


 この鉄の塊、本当に飛べるの?


 魔法に妖術。

 そんなファンタジーな世界に生きている彼女たちにとって、科学は信用足るものではないらしい。


 希望は普段自分の翼で空を飛ぶ。しかし、鉄の塊が飛ぶのは理解し難いようだ。

 冬夜からすれば飛行機よりも、希望の翼が生み出す浮力の方が理解し難い。

 だがそれは互いが過ごした世界――時間(経験)の差なのだろう。


 登丸先輩は魔女で、空くらい余裕で飛べる。

 箒ではなく飛行魔法で。

 魔法なんて非科学的なものは信用するのに、科学に基づいた飛行機は信用しないだなんて、不思議な話だ。


 そんなこんなで空港――搭乗口で散々乗る乗らないで揉めた挙げ句、飛行中も「墜落する」だの言って騒いでいた。

 変に注目を集め、乗務員から注意も受けてしまった。


 …………

 ……

 …


 精も根も尽き果てた三人を、児島先生と協力して飛行機から降ろす。

 空港を出る前に身体検査を行う。ゲート式のやつだ。

 精根尽き果てた三人は無事にゲートをくぐる。

 もちろん危険物など持っていない。

 だが、見事にゲートのセンサーが反応。ついでに児島先生も。


 ゲート横の小部屋に連れていかれる。

 生気の抜けた三人を残して行くのは、不安しかなかったが致し方ない。


 連れていかれた小部屋は殺風景で、白い壁に囲まれた正方形。

 長机とパイプ椅子がニ脚。それと予備のパイプ椅子が壁に何脚か立て掛けてあるだけだった。


 机を挟み空港職員と見合った。

 しばらく互いに見つめ合う。

 不安から目を背けたくなるものの、それはそれでやましい事がある、などと変に勘繰られてしまうかもしれない、そんな思いから職員の目を見つめ返した。


「そんなに緊張しなくていいよ」


 笑いながら職員は続ける。


「念のために調べるだけだよ。幾つか質問するから答えてくれる?」


 そう言って職員は、考えることなく次々に質問をする。マニュアルがあるのだろう。


 名前。

 生年月日。

 出身地。

 家族構成。

 学生か否か。

 在籍している学校名。

 渡航歴。

 ……などなど。


 5分程度の質問。


 それが終わると、


「はい、オーケー。もう行ってもらって大丈夫だよ」

「いいんですか?」

「なに? まだここにいたいの?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「ハハハハ。冗談だよ。それに目を見ればだいたい分かるからね」


 だったら質問の数々は何だったのだ。

 まあ、それがお仕事なのだろうけど。


 よい夏休みを、とかけられた声に一礼して部屋を出た。



 小部屋を出るとロビーにいるはずの三人の姿を探した。

 三人はすぐに見つかった。

 三人は他の旅行客(ガラの悪い)に絡まれていた。


「めちゃくちゃ可愛いじゃん!?」

「俺めっちゃタイプ!!」

「三人ともかわいいね~」


 下心ありありな男三人組。

 他の旅行客は見て見ぬ振りだ。


 男たちの呼び掛けを三人はスルー。

 答える気力もないのだろう。


 初めのうちは楽しげに話しかけていた男たちも、無視されつづければ腹が立つ。

 反応のない会話ほどつまらないものはない。


「なんだ、おい! 無視すんなや!?」

「すかしてんじゃねぇよッ!!」

「仏の顔も三度までだよ~」


 次第に声に怒気がこもる。


 ドクロや煙草を吸う女性の顔がプリントされたTシャツ。

 金色のネックレスにブレスレット。

 腰履きしたダボダボのジーンズ。そこから伸びるチェーン。

 おまけに頭も色とりどり。

 見た目からしてやんちゃな人たち。


 これまでの冬夜であれば目を背けていただろう。

 しかし、今の冬夜は違う――違った。

 妖怪たちに囲まれ、生死をかけた戦いを経験した今の冬夜にとって、やんちゃな人間など恐怖の対象にはなり得ない。


 でも、ちょっとは怖いかな。

 それでも冬夜は男たちに、


「すみません。連れが何かしましたか?」


「あん? なんだテメェ?」

「なになに? 君このコたちのお友達? 今日だけ俺らにこのコたち譲ってくれない?」

「ま、明日になっても帰ってくる保証はできないけどね」


 アハハハと周りを気にせず大声で笑う。


「なに見てんだ!! 文句あんのか!!」


 ついに周囲の人たちにまで被害が出始めた。

 警備員が来るのも時間の問題だ。


「めんどくせぇ!」


 興奮した男の一人が殴り掛かってきた。


 回避。回避回避。回避回避回避回避。


 まぁまぁ、と宥めてみるものの一向に興奮は治まらない。

 むしろ興奮は高まっているようだ。

 いかにもケンカなどしたことのなさそうな奴に、攻撃をかわされ続ければフラストレーションも溜まるだろう。

 だからといって殴られてやる気もないが。


 さすがに何とかしないとな……


 次の瞬間。


「ギャアギャア煩い……」


 腹立たしそうな声。

 振り向くと、真白が男たちを睨みつけていた。


 普段とは目つきが違う。

 鋭い眼光は、狂暴な野獣のようだ。


 いつもの真白ではない。

 もう一人の――覚醒したときの真白。

 瞳や髪の色は変わっていない。

 だが、放っているプレッシャーは本物だ。


 まずい……


「他人の迷惑を顧みない不届き者ども。私は今、機嫌が悪い……覚悟しろ、脆弱者が!!」


 真白が半身の構えを取り、ゆっくり深く息を吐く。

 集中力を高めている。


「真白さん!? 待って――」


 真白と男たちの間に飛び込む。


 しなる脚が風を切る。


 あっ……死んだ……


 死を覚悟する。


 ものすごい勢いで吹っ飛んだ。

 周囲の悲鳴を聞きながら壁に激突。

 当たり前だが、めちゃくちゃ痛い。


「ま、真白さん……ここ……人間界。力使っちゃ……まずいって……」


 フンと鼻を鳴らす真白。反省の色はない。

 目の前の光景に男たちの腰は抜け、ガタガタと歯を鳴らしている。


「おい、悪ガキども。痛い目合う前にとっとと消え失せな」


 聴取終わりの児島先生が言う。

 男たちは尻尾を巻いて逃げ去る。


 先生……もう少し早く来て……


 文句の一つも言う前に、冬夜は力尽きた。

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