理想郷篇

Prologue

 夏休み。


 冬夜は一人自室でテレビを観ていた。

 人間界より幾分……かなり時代遅れのこちらの世界では、未だにブラウン管テレビが現役だ。


 スイッチを押すとヴォンとバネが軋む音がして、NHKでは躍動する高校球児が映し出されている。


 僕も普通の――人間界の学校に通っていたらあんな普通の高校生活を送っていたのかな?

 少なくとも甲子園でプレーする高校球児たちは普通の生活を送ってはいないのだろうが、妖怪に囲まれた生活よりは幾分普通と言えるだろう。


「冬夜くーん!」


 外から冬夜の部屋に向かって、声がかかる。


 夏の陽射しに目を細めながら窓に近づく。

 下へと視線を向けると、真白がぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。

 めちゃくちゃ可愛い。


 真白に指示されるがまま、寮を出た。



 部室に到着。

 既にみんなが……揃っていない。

 夏休み、みんなで集まるとなったら真っ先に飛んで来そうな人がいない。


「のぞみちゃんは?」

「補習みたい……」


 あぁ……

 返す言葉が見つからない。

 消して声には出さずに、ドンマイ。

 エール? を送る。

 きっと今頃、エールを受信できる状態ではないだろうけど……


「ちなみに、のぞみちゃんは幾つ補習あるの?」

「……全教科、赤点だって」

「あ、そうなんだ……」


 会話終了。

 突っ込んで聞けないじゃないか!?

 本人いないところで話してたら、悪口言ってるみたいで精神衛生上良ろしくない。


「でも、夏休み全部が補習で潰れるわけじゃないから」


 登丸先輩が曖昧に微笑む。


「本当ですか?」


 強く言ったつもりはないのだが、目を泳がせて、


「私、補習受けたことないから分からない……」


 自信なさげに俯く。


 何気に人間研究部の人たちは頭がいい。

 冬夜は平均点だが、真白は学年10位。

 登丸先輩にいたっては学年1位だ。

 ちなみに、未だに姿を見たことがない黒野先輩は学年3位。


 部内偏差値がえらいことになっとる。

 冬夜と希望は置いてけ堀をくらっている。

 勉強会もついていけなかった。

 それでも、人間史で点数を稼ぐことのできた冬夜はまだいい。

 希望に至っては……察してもらいたい。


 ドアノブが回る。


 噂をすればなんとやら……

 落ち込んでいるだろうし、明るく振る舞おう。

 いつも通りに接するんだ。


 ドアが開いて、希望が入ってくる。


 第一声。


「お疲れさま~!!」


 元気そう? 空元気かな?

 しばらく様子を観察してみるも、演技ではなさそうだ。


「何かいいことでもあった?」

「んふふ~♡」


 もったいぶるように笑って、これ! と一冊の雑誌を見せる。

 旅行雑誌のようだ。

 この学園にしては珍しい最新号だ。

 平気で十数年前の情報誌を図書館に入れるような学園。

 そんな学園で人間界の最新トレンド――最新号の情報誌を手に入れただなんて驚愕に値する。


「ここにみんなで行かない?」


 雑誌の表紙を飾っていたのは、最新リゾート地。


 ナツダ島。


 夏休みにピッタリのリゾート地だ。


 満場一致で旅行計画は可決。

 されど目下の問題は希望の補習だった。

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