Episode02 学園のラブハンター(2)

 少女は重力を感じさせない静かな着地で白の目に降り立つ。

 すると近くにいた男子生徒たちが騒ぎ出す。


「何だあの娘もかわいい!!」

「今見えた!? 見えた!?」

「胸が、胸が!!」


 真白よりも肉感的な身体をした少女は真白の耳元で、


「私はアナタが許せない。だから今すぐに潰してあげる」


 真白は学園に入学してから親しく話をしたのは冬夜だけであった。

 誰かの恨みを買った覚えはなかった。

 なんのことだか分からないことを告げると、


「私はサキュバス。男を誘惑して虜にする。それが私たちの本質――それこそが本能。だから私はこの学園の男子生徒たちを私の虜にしてハーレムを作る。いうなれば怪奇学園ハーレム化計画を考えていたわけ……でも、入学してみたらみんな真白、真白、真白って……私じゃなくてみんなアンタに夢中じゃない!! 許せないの、私が女の魅力で負けるだなんてッ!!」


 清々しいほどの逆恨みである。


「だから私はあんたよりも優れているってことを証明することにしたのよ。あの皆月冬夜を私の虜にすることによって」


 高笑いをする少女は悪女そのもであった。

 なんだかわからないが、目の前の少女の逆恨みに冬夜を巻き込んではいけない。

 真白は少女に、冬夜は関係ない、と言うと、


「さっき彼と一緒にいて感じたの。彼、とてもいい匂いがするのね。そう、まるで……人間みたいな」


 真白は息を呑む。

 冬夜の正体がバレてしまいそうだ。


「彼の血はおいしい? アナタにとって冬夜くんは食糧ってわけだ。そんな大切な食糧を奪われたアナタはどんな顔をするのかしらね?」

「そんなっ……私は食糧だなんて――っ」



「真白さーん」


 後方から真白の名前を呼びながら冬夜が駆け寄ってくる。


「ここにいたんだ。さっきの事なんだけど……僕、謝りたくて……」


 真白も謝りたいことがある。

 謝るって勇気がいる。

 そのほんの少しの躊躇が命取りだった。


「あっ! 冬夜くんだ!!」


 弾かれたように冬夜に飛びつく希望。

 冬夜は戸惑いながら、彼女を受け止める。


「君はさっきの……」

「はい、先程は助かりましたぁ~」


 希望はその肉感的な身体を冬夜に遠慮なく押し付ける。

 冬夜は鼻の下を伸ばしまくっている。少し頭にきたが、致し方のない事なのだろう。

 同性の真白から見ても希望の身体はとても女性らしく、羨ましくも思う。

 そんな身体を押し付けられれば、男の子であれば誰しも鼻の下の一つや二つ伸びても仕方がないだろう。

 しかし……


「なによ嬉しそうな顔をして……」


 周囲の野次馬が、修羅場だ修羅場だと声を潜める。

 聞こえているのだが、聞こえていないふりをした。

 冬夜と真白は恋人同士ではないのだから。

 それなのに無性に腹が立つ。

 だが今はそんな自身の感情よりも優先すべきことがある。


「冬夜くん、早くその娘から離れて!! その娘は危険なのよ」


 真白が警告を与えると、希望はひどいと言いながら冬夜の方によろけて、「また胸が」とそのボリューミーな胸をさらに押し付ける。

 冬夜と希望が見つめ合うと、


「そんなことないよ。ノゾミさんはいいコだよ。それに危険なのはマシロさんの方じゃないか。僕の血を吸うし」


 ガーンと効果音が聞こえてきそうなほどのショックを受ける。

 そんな真白の様子を見て、希望はニタリとしてやったり顔で笑う。


「うっ……」


 ダメだ。涙があふれてくる。

 悔しさからか、はたまたそれとは別の感情からか、分からないが我慢しようとしても込み上げてくるのである。

 冬夜と目が合う。

 真白は耐え切れなくなりその場から逃げだした。


 …………

 ……

 …


 ついに勝った。天月真白に。

 希望は歓喜に打ち震えていた。


(見たあの顔? オロオロしちゃってさ。ぷぷぷ。たまんない――っ!!)


 体調が悪い設定の希望は冬夜の付添で保健室に来ていた。

 後は冬夜を自分の虜にしてしまうだけだ。

 希望は冬夜の顔を胸に抱く。

 ちょっとくすぐったいし、恥ずかしい。でも――、


「冬夜くん落ち込んでるの? でも大丈夫、私が癒してあげる」


 希望は《魅了チャーム》を使用する。


 魅了は異性を虜にする妖術である。

 サキュバスの性質上その相性は抜群である。

 そしてサキュバスは口づけを交わした相手を永遠に自分の虜としてしまう。


 頭がぼーっとして来た冬夜は、その身を希望に委ねる。


 キスすることで魅了は完成する。

 これで真白を見返すことが出来る。

 二人の顔が近づく。

 互いの息遣いが感じ取れる距離に顔がある。


 恥ずかしいけど……キスを――

 んっ……

 目を瞑る。

 すると冬夜が希望を力強く抱き寄せた。


「あっ、そんな大胆♡」

「……ごめん。僕、あやまらないと……」


(なによッ! そんなにあの娘がいいの? 私だって恥ずかしいこと我慢して、いろいろやってあげているのに――ッ!!)


「私がこんなに尽くしているのに……何でッ! 天月真白――あの女さえいなければ」


 希望は冬夜を突き飛ばす。

 背中から制服を突き破り、コウモリのような真っ黒の翼が飛び出す。

 スカートの中からは尻尾が覗く。

 サキュバスとしての本性をあらわにする。


「あの女に関わるもの全て壊してやるッ!!」


 どこかヤケクソな攻撃が冬夜を襲う――。

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