『今想う。あの時、君の手を離さなければ良かったと』

いとり

君が大切だからこそ選んだ選択肢


「もう、別れよ……」


 放課後、唐突もなく呼び出された教室には、僕と彼女の二人だけが存在していた。夕日に彩られた教室は、いつもと違って静まり返っていた。その為、彼女の言葉は教室によく響き渡った。


故に……彼女のその言葉を聞き間違えることが出来なかった。

 

珍しく彼女の方から誘って来た事に、驚きと期待の感情を胸に聞いていた僕は、予想と180度異なる言葉に困惑した。

彼女の告げた一言は鉛の様に重く、顔面を拳で殴られるよりもずっと痛かった。

その痛みはまるで、彼女を想う気持ちと比例しているかの様だった。

気持ち良いくらいのカウンターを貰い、思考がぐちゃぐちゃの僕が絞り出せたのは


「ど、どうして」


その一言だけだった。

僕の籠もった質問に対し、彼女はこう答える。


「付き合っていても、何も変わらない」


解らない。

彼女のおしゃっている意味が解らない。


聞き間違えではない彼女の言葉は、僕の頭の中でぐるぐるとリピートし続ける。

(変わらないってなんだ??)

人生経験の浅かった当時の僕に、その言葉の真意を理解し即答する力は無かった。


無かったのだが、ひとつだけ、自分がしなければいけないことだけは分かっていた。

なので、僕は彼女に質問した。


「僕と、別れた方がいい?」


彼女が本当に好きだからこそ、彼女が嫌がることはしたくなかった。

たとえ、自分は別れたくなても、僕と付き合っていることが彼女の苦になっているのならば、僕は自ら進んで身を引こう。それで彼女が幸せになるというのなら、僕はそれを望む。

それが、未熟ながらの精一杯の考えだった。


が、しかし

その質問に対し、彼女の表情は思わしいものではなかった。

何とも言えない、苦笑い手前のその顔は、どういうことか縦には降らなかった。

そして、眉間にシワを作らんばかりの表情で


「私と別れたいの?」


と、質問してきたのだ。

「別れよう」という提示から、「別れたいの?」という怒りを混じった疑問へと変わる。

もう、この時点で僕の頭の中はショートした。

僕は、(別れたいんじゃないの??)と無意識の中で叫んでいた。


ただ、ここで冷静さを欠いていなければ「別れたくない !」と、言えば良かったのだろうが、既に思考が停止していた僕は、反射的に彼女の幸せを想い


「別れたいのなら、別れよ」


と、終焉のセリフを口にしていた。

それを聞いた彼女は


「……分かった」


とだけ口にして、表情を消し去った。

僕は崩れそうになる感情を抑え (これで彼女が幸せになるなら) と、自分に言い 聞かせながらその場から去ろうとした背後に


『……ぁなたと連絡を取るために携帯を買って貰ったのに……』


と、認識できるギリギリのか細い声を聞き取った僕の頭は、

とうとう思考限界の閾値を超え、全速力で走って男友達のもとへと逃げ出した。



恋愛の駆け引きから解放を求め走った廊下には、ずっと耐えていた感情の雫が溢れ落ちていた。


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