第168話

 エルフの攻撃は苛烈を極めた。

 防壁と回避行動によってどうにか防いでいるが、時間が立つごとに傷が増えていく。

 

 致命傷ではない。せいぜいかすり傷程度の小さな傷だ。

 だが、小さな傷がドミティウスの脳裏に苛立ちを積み重ねていった。


 表情は苦々しく歪んでいく。


「耳長風情にこうもしてやられるとは……。私も随分落ちぶれたものだ」


 ドミティウスはぽつりと呟く。


「遠慮することはねぇぞ。たんと喰らってくれ」 


 村長の指令によってエルフたちの攻撃はより激しさを増していく。

 謁見の間の壁にはいたるところに穴が空き、柱ももはや原型をとどめていない。

 ひび割れ、崩れ。破片が床に散乱していく。


 魔法は広間を埋め尽くすように、綿密に放たれている。

 隙間なく放たれる魔法は、防壁で防ごうとも、着実にドミティウスを追い詰めていった。


 一発の氷の礫がついにドミティウスの体を捉えた。

 礫はドミティウスの脇腹をかすめ、その柔らかな肉を貫く。


 痛みによってドミティウスの足が一瞬だけ止まる。

 そこへ待ったなしに魔法が襲いかかった。


 しかし、ドミティウスは動かない。

 ただ手のひらをエルフたちに広げる姿を最後に、魔法の嵐の中に消えていった。


 石柱が破壊されることによって埃と一緒に破砕煙が舞い上がる。

 煙で敵の姿が見えずとも構わずに魔法を放ち続ける。

 みるみると煙が濃くなり、あたりを覆っていく。


 村長がおもむろに手を挙げる。

 その瞬間、エルフたちの攻撃が止まった。


 破片の落下する音が響く。

 村長とエルフは油断なく煙を睨みつける。

 ジャックとユミルは、不安げにその様子を見つめていた。


 煙が晴れた時、そこには確かにドミティウスが立っていた。

 腕や足、腹部に、顔。

 その体にはいくつもの傷跡がついていた。

 だが、死んではいなかった。


 ドミティウスの掌に浮かび上がる得体の知れない黒い球体。

 それを見た瞬間。一同に緊張が走った。


「……いやはや、流石に肝を冷やしたぞ」


 ドミティウスは言う。

 痛みに表情を歪めながら、不敵な笑みを浮かべていた。


孤児みなしごよ。安心しろ。この娘はまだ生きておるぞ」


 誇るようにドミティウスはジャックに向けて言い放つ。


「エルフならば、この球体たまの意味がわかるだろう。なにせ貴様らの術なのだから」


「……防壁急げ!」


 村長が声を荒げた。

 エルフたちは杖を縦に構えて詠唱をする。

 目の前に薄い膜のようなものが広がっていく。


「もう遅い」


 ドミティウスが言う。

 彼の手のひらに浮かんでいた球体が膨張し、音もなく爆ぜた。


 眩いばかりの閃光が、謁見の間を包む。

 そして、けたたましい轟音が衝撃とともにジャックたちを襲った。

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