第167話

「口ばかり達者な野郎だな」


 そんな言葉が、どこからか聞こえてきた。

 ユミルに向かって放たれた雷は、別の雷によって相殺される。

 弾ける火花。眩いばかりの光が、瞬いた。


 ユミルは無事であった。

 村長が放った雷によって、ドミティウスの雷が弾かれたのだ。


「……邪魔をするとは、随分と行儀の悪い耳長だ」


「同族の体を使っているやつに、言われたくはねぇな」


 微笑みながら言うドミティウスに対して、薄ら笑いを浮かべながら答える村長。

 しかしどちらも目は一切笑っていない。


「私の言葉は聞こえていなかったのか。私と言葉を交わすことを許したのは、そこにいる孤児だけだと言ったはずだ」


「んなこと言いながら。俺と口を利いてるじゃねぇか。何を寝ぼけたことを言ってやがる。バカなんじゃねぇのか? テメェ」


「安い挑発だな」


「挑発なんかじゃねぇさ。ただ素直に感想を言ってるだけだ」


 村長は言う。

 神経を逆撫でるように、なおも小馬鹿するような口調を続ける。


「……こっからは俺も介入させてもらうぞ。いつまでも時間をかけるわけにゃあ、いかないからな」


 それはジャックへと向けられていた。

 苦肉の策ではあるが、了承する他にない。


「殺すなよ。絶対にな」


「ああ。だが、両手両足が欠けるくらいは我慢しろよ。見ている限り、それぐらいしねぇと、このガキは大人しくなりそうにないからな」


 エルフ語で村長が何かをつぶやく。

 すると村長の周囲にいたエルフ達が一斉に杖を構え村長の前方に先端を向ける。


「さぁて。ちょいとお手合わせしようや、お嬢ちゃん」


 村長の言葉の後、幾つもの魔法がドミティウスへと殺到した。


「……チッ」


 ドミティウスの口から舌打ちが聞こえてくる。

 彼はすぐに魔法の防壁を張り、殺到する魔法から身を護っていく。 


「おしいな。あと少しだったんだが」


 せせら笑いながら、村長は言う。


「……ユミルって言ったけか。お嬢ちゃん」


「え、ええ」


「あいつをこっちに連れてきてくれ。治療をして、戦わせなくちゃならねぇ」


 村長は言う。

 ユミルはすぐにジャックの元へと向かう。


「大丈夫?」


 ユミルがジャックに声をかける。


「私のことはいい。それより……」


「エリスを殺さないように見ていろって言うんでしょ。わかってるわよ、言われなくても。でも、貴方のその足を治さないとならないでしょ?」


 ジャックの太腿から、今も血が溢れている。

 このまま放っておけば、エリスを救うどころではないのは、目に見えていた。


「今はあなたの足をどうにかしなくちゃならない。それが優先されるわ。……肩を貸すから、さっさと立ちなさいよ」


 ユミルはジャックの腕を肩にかけ、立ち上がらせる。

 片足を庇いながら、ジャックはユミルと歩調を合わせて、村長たちの元へ歩いていく。


「……すまない」


「謝らないでよ。気持ち悪い」


 眉根を寄せて、ユミルはジャックを睨む。


「よぉ、死に損ない」


 村長がケラケラと笑っていた。


「余裕そうだな」


「今のところはな。だが、いつまでやれるかは分からねえ。ヤッコさん。まだまだピンピンしていやがるからな」 

 

 村長が話している間にも、エルフたちは耐えず魔法の弾幕を張っている。

 だが、いずれの魔法もドミティウスには当たらない。


 前後左右に移動しながら、避けきれないものは防壁によって防ぐ。

 いまだに傷の一つも与えられていない。

 しかし、攻撃もさせていない。


「今の内だ。せいぜい傷を癒すんだな。突貫工事の治療になるが、まあ、動けなくなるよりマシだろうさ」


 一人のエルフがジャックに近づいてくる。


「座ってください。治療を施します」


 エルフが言う。


「なるべく急いでくれ」


「わかってます。だから、言う通りにしてください」


 ジャックは地面に腰を下ろし、エルフの治療を受けた。

 その間に、彼の目はドミティウスを見ていた。

 

 戦闘対象が移動したことで生じた、一時の休息。

 その間も気が休まることはなかった。

 

 この治療が終わるまでに、ドミティウスが殺されてしまわないように。

 ジャックは、それだけを考えていた。

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