第160話

 帝都地下。地下水道。

 幾重にも張り巡らされた、煉瓦造りの円形の通路。

 太鼓の昔から人々の生活を支える水道である。


 そこに篝火を持った兵士が二人。

 水道の両端には、人が歩き進めるようにと歩道が整備されている。

 水道と同じくレンガで作られた道である。

 長年行く人もの足が踏みつけた結果、表面は黒ずみ、所々削れている。


 二人の兵士はそこを辿りながら、警戒のために歩き進んでいた。


 ぴちゃん、ぴちゃん……。

 水が跳ねる音が聞こえてくる。


 湿気によって、水道の天井には苔や水滴がこびりついている。

 そこからいくつもの水滴が落ちてきているのだ。


 静まりかえった空間に、水滴と靴音が響いている。


 闇と水滴。

 永遠と続く単調で複雑な道。

 不気味さと恐怖が兵士たちの背中を撫で、より周囲への警戒心を強めさせる。


 ぴちゃん、ぴちゃん……ばしゃん……。


 水滴の音に混じって、何か妙な音が聞こえた。

 それは、何かが水面を蹴ったような、そんな音に似ていた。


 兵士は互いに視線を合わせ、音の聞こえた方へ足を向ける。

 頼りになるのは、ランプの明かりだけ。

 しかし、水道全体を明くするものではない。

 せいぜい、自分の足元からちょっと先の通路の照らすだけである。


 曲がり角にきた。


 ばしゃん。


 また聞こえた。


 曲がり角を折れた、右側の通路からだ。

 兵士たちは壁に背中をつけて、角から慎重に通路の先を覗く。


 そこから見えたのは、通路を覆う闇。

 どこまで続くかもわからない黒が、目の前に広がっていた。


 兵士たちは、意を決して角から出る。

 そして通路の先を、ランプで照らしてみた。


 そこには一人の男が立っていた。

 焦げ茶色のズボンに、黒のシャツ。その上から赤い厚手の布を袈裟がけに体に巻いている。


 口元を黒い布で覆い、頭にはフードをかぶっている。

 紛れもなく不審な人物であった。


「そこを動くな」


 兵士が言う。

 剣を抜き、じりじりと距離を詰める。


 男はゆっくりと片手を上げていく。


「動くな!」


 今度は語気を強めて、兵士が言う。

 男の手が真上に向いたところで、止まった。


 そして、くいと、指先が折り曲げられる。

 まるで、誰かを呼び寄せるような、そんな動作だった。


 しかし、その手が呼び寄せたのは人ではなかった。

 男の背後の闇。

 そこから、風を切って何かが飛来する。


 ランプに照らされ、その正体があらわになる。

 矢だった。

 

 正体が判明した刹那。

 兵士の頭に矢が突き立った。


 ぐらりと倒れる兵士。

 その背後にいた兵士もまた、二本の矢に喉を貫かれ、膝を崩した。


 男がゆっくりと兵士に歩み寄ってくる。

 喉を押さえながら、兵士は男を睨みつける。


「さて、始めようじゃねぇか」


 男は懐から杖を取り出し、兵士に向けた。

 慈悲を求める暇もなかった。

 兵士の眼前は、赤々と燃える炎に包まれた。

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