第102話
「これがお前の探し求めていた者であり、私の新たな体となる容れ物だ」
ドミティウスの手がエリスの頭を鷲掴む。
エリスの姿を見た時、ジャックを蝕んでいた恐怖が、怒りによって消え去った。
ジャックの剣がドミティウスの腕を両断し、脇から肩にかけて切り裂く。
ぐらりとドミティウスの身体が傾く。
上半身が滑り落ち、腕と共に地面に転がった。
ジャックはすぐにエリスの元へ駆け寄り、体を揺らす。
「エリス、エリス起きろ」
いくら呼びかけようとも、彼女は目を覚ます気配はない。
エリスの胸が小さく浮き沈みを繰り返している。少なくとも生きているのだ。
奇跡的なのか、それともいたぶる気が起きなかっただけなのか。彼女の体には目立った傷跡はなかった。
唯一どこかにぶつけたかのような、小さなこぶができている。
さらわれる時についたものか、大人しくさせておくために殴られたのだろう。
「……中々の腕だ。さすが、丹誠込めて育てたかいがある」
床に転がったドミティウスの首が、にたにたと笑みを零しながら喋った。
己の首が斬られたというのに、まるで他人事のように飄々としている。
「しかし、またしても無様に転がるはめになるとは……。敵の首を刈る。その行為自体非難するべきではなく推奨するべきだが、それは確実に死ぬ相手に限る。でなければ、恥辱と屈辱を味わうはめになる」
独白するようにドミティウスが口を動かす。
ジャックはエリスをその場に寝かせると、剣を握りドミティウスの元へ向かった。
「止めを刺すか。当然だな。形はどうであれ、敵が動き続けている限り、動かなくなるまで叩かなくてはならん。そうでなければ真の勝利とは呼べん」
自分がもはや殺されると知ってなお、ドミティウスは口を動かし続ける。
だが、ジャックの耳は彼の言葉を受け付けない。
全ての思考を目の前にいる人間もどきを殺すことだけに向ける。
死体の胸部に剣を突き刺す。
ドミティウスは表情をゆがめることなく、ジャックのその行為を平然と見守っている。
ジャックは剣を引き抜いた後、ドミティウスの腹を横に切り裂く。
傷口からは赤々とした臓物がこぼれ落ちてくる。
血はあまり流れ出ない。
臓物にまとわりついた体液が床を濡らすだけで、それ以上の広がりはしない。
「ほう。これは、容赦がない」
無惨にも切り裂かれた己の体を見て、ドミティウスはそんなことを口から漏らした。
ジャックの目がドミティウスの首をとらえる。そ
して今しがた血にぬれたばかりの剣を高々と掲げる。
「そうだ、そのいきだ。そのまま振り下ろせ」
笑みで歪んだ顔を、ジャックの剣が両断する。
上顎と下顎に分かれた頭はものをいわなくなり、開いていた両目は静かにまぶたおろす。
剣についた血を振り払い、鞘に納める。そして、エリスの所へ戻る。
「エリス、エリス」
エリスの肩を揺らす。しかし、相変わらず反応はなかった。
すぐにでもエリスを医者に見せた方がいい。
ジャックはエリスを背負うと、ユミルの元へと向かう。
ユミルは薄暗がりにうつぶせに倒れる。
ジャックは一旦エリスを背中から下し、ユミルの体を仰向けにさせる。
「ユミル、起きろ」
ジャックは言う。ユミルの肩を揺らし、意識があるか確かめる。
「……起きてる、わよ」
脇のあたりを押さえながら、ユミルは言った
どうやら、死に損なってくれたようだ。
ひとまずは肩の荷がおりた。
背後から気配を感じる。
振り返ると、そこにはエリスが立っていた。
「気がついたのか」
ジャックは言う。
しかし、返事はない。
気がついたばかりで疲れているのだろう。
ジャックはそう思い、エリスの肩に手をのばす。
「帰るぞ」
肩を叩きながら、ジャックは言う。
すると、彼女の顔がゆっくりと上を向き、ジャックの顔をとらえた。
様子がおかしいことに気づいたのは、その時だった。
焦点のあわない両目が、左右バラバラの方向に向いている。
その上、ニタニタと歯を剥き出しにして笑みを浮かべていた。
「……どうした」
ジャックの呼びかけに反応はない。
よろよろと怪しげな足取りのまま、エリスの体はジャックの懐へともたれかかる。
いぶかしみながらもエリスの体をジャックは受け止める。
妙な薬でももられていたのか。
ジャックが彼女の顔を見ようとした。
その時、エリスがジャックの剣を鞘から抜き取った。
そして躊躇なく、ジャックの腕を切り落とした。
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