六章
第79話
帝都の痛ましい悲劇はジャックたちの耳にも入っていた。
運のいいことにジャックのアパートも、ユミルのアパートも無傷で済んだ。無事に顔を合わせた時には、ジャックも少なからず安堵をしたものだ。
だが、彼らの生活には、少なからずの変化がもたらされた。
ギルドの元へは復旧工事に協力するようにとの、帝国からのお触れが掲示された。
多くの冒険者は瓦礫集めにかりだされている。ジャックとユミルも例外ではなかった。
剣と弓を一旦置いて、スコップと手押し車を持って作業にあたる日々。勝手の違う労働にいつも以上の疲労がつきまとう。それが一日、二日と続き、気づけば二週間が過ぎようとしていた。
この日は二人とも仕事を休み、ジャックの部屋に集まっていた。
グレーのワイシャツ、赤茶の下地に白のストライプの入ったネクタイ、ブラウンのベストに黒のスラックス。ジャックの持つ衣服の中ではかなり目新しい。それもそのはず。数日前に購入し、おろしたばかりの衣服だった。
ユミルは黒のパンツに白のシャツといったシンプルな服装だ。
だがエルフ特有の整った顔立ちが、飾りっ気のない服装であっても華やいで見える。
「先に下で待っているぞ」
「うんっ! ちょっと待ってて」
「あんまり時間はかけないようにね」
「わかってるって!」
エリスは声を張り上げた。
エリスの荷物を詰め込んだカバンを持って、ジャックは部屋を出た。
今日この日。エリスはこの下宿を出て、大学の寮に入寮する。その旅立ちの日を見送ろうと、ジャックとユミルは仕事を休んだ集まっていたのだ。
一階に降りてそのまま通りへと進む。居酒屋ではディグが中の清掃をしている。
エリスがいなくり、店は再び彼一人になった。彼はいつも通りふてぶてしい表情のままだが、その背中はどこか寂しそうである。
ちらりと視線をジャックに向ける。すると、ディグは軽く会釈をして、厨房へと姿を消した。
「お待たせ」
エリスが階段から降りてきた。今日は見慣れた給仕服ではなく、大学から支給された制服を身につけている。紺色のチェック柄のスカート。黒のロングソックス。白のシャツに、赤と黒と白のラインが入ったネクタイ。紺色のブレザー。
長くなった金髪を編んで、肩に流している。赤いルージュの口紅は、ユミルが昔買ったおさがりを使った。緊張と興奮から、頬は赤らんでいて、目は爛々と輝いている。
「ほら、早く行こ」
エリスは言う。ジャックとユミルの背中を押して、先を急がせる。
「お前を待っていたんだがな」
「それは悪かったと思ってる。けど、ぐずぐずしてたら時間に遅れちゃう」
「まだ余裕があるだろうが」
「いいから、早く行こうって」
笑みを浮かべながら、エリスは胸を踊らせる。
ジャックはそんなエリスをなんとなく心配になった。喜ぶのはいいが、この先そんな調子でやっていけるのかと。ジャックの眉根は下がり、その目には一抹の不安が浮かぶ。
そんな相対する二人の表情を、ユミルは微笑ましげに眺めていた。
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