第80話

 三人が向かったのは、以前試験を受けるために連れて行かれた、あの倉庫然とした建物だった。

 入り口の前には男が立っている。燕尾服を着た、紳士然とした男である。

 以前にエリスたちを案内した遣いの男だった。彼は三人に気がつくと、にこやかに微笑みながら近づいてくる。


「お待ちして降りました。さあ、こちらへ。荷物をお持ちしますよ」


 ジャックから荷物カバンを受け取る。それから鉄柵の門を開けて、三人を建物へと通した。廊下を進んでいく。


 螺旋階段を降りてドアに入る。試験の日と同じ部屋に通された。ただ違うは、部屋で三人をまっていたのは、パーシーではなかった。


「エリス様とそのご家族の方でしょうか」


 名簿らしき紙の束をめくりながら、女が言う。歳は三十くらい。明るい赤色のボブの髪。日に焼けたような浅黒い肌。笑い皺を浮かべながら、青い目で三人の顔を見る。


「ああ、そうだ」


 ジャックが答えた。


「でしたら、ご家族の方はこちらにご記名をお願いします。エリス様は会場にご案内いたしますので、そちらの者の後に従ってください」


 女が手で指すほうを見ると、あの遣いの男がいた。

 男はにこやかに頬を歪めて、軽く会釈をする。


「また後でね」


 エリスは言う。男はエリスを先導して、部屋を出て行った。


「では、お父様もこちらにご記名を」


 彼女の背中を見つめていると、女から声をかけられる。

 ジャックがエリスを見送っている間に、ユミルはとっとと名前を書いていたようだ。


「ほら」


 ユミルは羽ペンをジャックに差し出す。ジャックは受け取り、インク壺にペン先をつけた。スラスラと自分の名前を記入し、ペンを置く。


「ありがとうございます。では、こちらにどうぞ」


 女は立ち上がりエリスが案内されたドアとは、また別のドアに連れて行かれる。

 そして、女はプレートを取り出すと、それを金獅子に飲み込ませた。


 廊下を進み、『大学 体育場』と書かれたドアを開ける。


 広々とした空間だった。

 ドーム型の丸い屋根には闘技場のように観覧席が円形に並び、下を見下ろすとフローリングの敷き詰められたフロアがある。フロアの中心には円形のステージがあり、そこから司法にあるドアに向けて、絨毯が十字に伸びている。絨毯の間には椅子が並んでいた。


 ジャックたちは女に案内され、観覧席に腰を下ろす。


「入学者たちが揃い次第、式を始めますのでもうしばらくお待ちください。お荷物はこちらで預かっておりますので、何かご入用であればお声をかけてください」


 女は言う。頭を深々と下げると、二人の元から去っていった。


 式がまだということもあって、観覧者はまばらだった。人のいる席よりも、空席が目立っている。しかし、時間が経つに連れて一人、また一人と大人たちがやってきた。老若男女、親兄弟から祖父母のような老人まで。空席に様々な人間の顔が並んでいく。


 在校生、そして入学生が一階のドアからぞろぞろと歩いてくる。その中からアリッサとエリスを見つけ出すのは、それほど苦労はなかった。なにせ二人揃って、仲良く歩いていたのだから。

 

 エリスはジャックたちを見つけると、大きく手を振った。アリッサもつられて彼らに目を向け、軽く会釈をしてくる。


 ユミルは軽く手を上げて、二人に答えてやっていた。ジャックは、特にこれといった反応は見せない。それはエリスもアリッサもわかっていたようで、ユミルから藩王をもらって、さっさと座席へと向かっていった。


「これより入学式を執り行いたいと思います。入学生、在校生、並びに観覧の皆々様。どうか静粛にお願いいたします」


 女の声がどこかともなく聞こえ、講堂の中に響き渡った。そして、室内は暗転し、学校長レイモンドが姿を現した。彼はカーペットに沿って真直ぐに歩いて行き、ステージに上がった。


「初めまして。ここの校長をしております、レイモンド・ブラム・ヴィットリオです」


 レイモンドが言う。

 ステージを囲う在校生、入学生をぐるりと見まわした。


「まずは、合格おめでとう。私も教職員一同も皆さんに会えてとても嬉しいです。さて、話は変わりますがここがどのようなところなのか、みなさんにはきちんと理解してもらいたく、少しの時間をいただて私の方からお話しさせていただいます。まず…」


 大学の創設者の話に始まり、創設に至るまでの目的。理想。なんのためにある施設であるか。説明するべき当然の理念ではあったが、しかし、退屈だった。校長の言葉尻が次第に熱を帯び始めるのに対して、列席した面々の熱は冷めていく。


「便所に行ってくる」


 横に座るユミルにそう言うと、ジャックは席を立つ。


「……もう」


 ため息をつきながらも、彼を引き止めることはしなかった。

 この場から離れたいと思うのは無理もない。興味のない長話ならば尚更だ。

 だが、二人してこの場から離れてしまっては、なんとなくエリスがかわいそうだ。

 そう思って自分だけでもと、ユミルは学校長の長話に立ち向かうことにした。

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