第68話

 それからも店を廻り、化粧品だの日用品だのを買い揃えていく。

 気づけば彼女の荷物は彼女の両手だけでは足りなくなり、ジャックも荷物持ちとして駆り出された。


 その結果、一つの傘に二人の人間が入ることになった。


 ジャックの肩に寄り添うように、雨粒から逃れるように。

 エマはジャックの腕に手を回して、彼の肩に頭を寄せる。


 通行人の視線が嫌に二人に集められた。

 微笑ましく見るもの、嫉妬まじりに軽蔑の眼差しを向けるもの。

 多くの視線が、二人のその様子をチラチラと覗き見ている。


「噂されるぞ」


「気にしません。噂をしたい人には、させておけばいいんです」


 エマはそういっていたずらっぽく笑って見せた。


「最近、帝国の兵士さんと訓練されているそうですね。ほら、あのカーリアという女性と」


「なぜ、それを知っている」


「たまたまコフィが見かけたんです。貴方に依頼をしようとして、後をついていったときに。何やら訓練に励んでいるようで、とても声をかけられる様子じゃなかったと、彼は言ってました」


「のぞき見とは、趣味が悪いな」


「ごめんなさい。後で叱っておきますから、あまり彼を責めないであげてください」


「別に責めているわけじゃない。ただ、趣味が悪いと思っただけだ」


 会話が途切れ、傘に打ち付ける雨音が静かに響いている。


「魔力を武器に流す訓練を、しているそうですね」


「それがどうした」


「良ければ、私もお手伝いしましょうか?」


「必要ない。講師はすでにいる」


「でも、まだ成功していないんでしょう?」


 言い返すことはできなかった。ジャックは押し黙り、エマから視線をそらす。


「大学に魔力の操作を補助する器具があります。それを使いながらやれば、おそらくは今までよりも早く、会得できるかと思います」


「なぜ、そこまでする?」


「あの時のお礼です。命の恩人に対して何もしないでいられるほど、私も図太い神経を持ち合わせてはおりません」


 エマの真剣な眼差しがジャックを見つめる。


「私にできるお返しといったら、このくらいしかありません。どうかお考えくださいませんか? 答えは今でなくて結構ですから」


「……考えるだけなら」


「ありがとうございます」


 晴れやかな笑顔が、エマの顔に浮かんだ。


「そうだ。エルフのお嬢さんの合格を祝して、何か買っていきましょう」


「いや、そんな必要は……」


「いいえ、買っていったほうがいいですよ。そのほうが、きっとお嬢さんも喜びます。私も選ぶのを手伝いますから、さ、行きましょう」


 ジャックの動揺も彼女に伝わることはないだろう。

 ジャックの腕をエマは引っ張る。雨が降り注ぐ通りに、エマの楽しげな笑い声が響いていた。




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