第57話

 ところ変わってカーリアの訓練場。鍔迫り合い、押しのける。一度距離をとったカーリアは、もう一本模造刀を手に取り、二刀共々魔力をのせた。


「手合わせではなかったのか」


「このぐらいしなくちゃ、貴方と対等に渡り合えそうにない」


 息を短く吐き出し、彼女は再びジャックに迫る。


 下段から迫り来る模造刀を、ジャックは模造刀で受ける。勢いを殺す事なく、むしろ押される勢いを活かし、身体を反転させて肘打を彼女に見舞う。


 狙ったのは彼女の顔、鼻先めがけてうったはずだが、彼女の頭はそこにはなかった。肘の下。身体を倒しながらひねりをくわえ、もう一歩に握った刀をジャックの横腹に突きを放つ。


 彼は横に飛び退いてそれをやり過ごす。地面を這いながら彼女はすかさず距離をつめる。足下を狙って右から左から剣を振るう。立ち上がりながらも止まる事はない。


 足から太もも、太ももから腹。腹から首へと対象を移し、刀を振るう。

 ジャックは移動を繰り返しながら、訓練場の広さを活かして避け続ける。


 より広い方へより広い方へ空間をとり、逃げ道を常に確保する。

 カーリアはその空間を少しずつ狭めさせながら、速度を更に上げる。


 腰や肩、太もも、鳩尾、攻撃を当てやすく避けづらい所を狙って仕掛けていく。


 篭手や具足も使ってカーリアの攻撃を捌いていくジャックだが、それでも捌ききれずに肌が露出している箇所には傷が増えていく。


 避け続けていたジャックだったが、運の悪いことに、彼の背中が壁についてしまう。追い込まれた彼を逃すまいと、両手に持った刀で彼の腹を挟み込むように、横薙ぎに振るう。


 切られる事も覚悟の上で、ジャックは上段から彼女の頭めがけて振り下ろす。当たれば怪我どころでは済まない。ジャックは当たる寸前に刀をとめ、カーリアは魔力を解いて彼の腹に優しく刀を当てる。


「……死んだわね」


「そうだな。これは死んだ」


 二人は互いに模造刀をおろす。約一時間ほどの手合わせはここで幕をおろした。

 ようやく模擬戦から解放され、ジャックは壁に背を預けながら腰を下ろす。


「魔力を纏わせるのに専用の道具はない。剣、槍、杖、あるいはこんな木刀でも、手で握れるものなら何でも構わない」


 カーリアが言う。自分の体についた傷を、魔法で直していく。

 それを終えると、彼女は模造刀をおもむろにつかみ取る先ほどと同じように青い光を纏わせた。


「どうやるんだ」


「身体の中から剣へ水が流れていくイメージを持つこと。俗な助言で申し訳ないけど、それが全てよ」


「そうか」と応えてみたはいいが、やってみるとこれがなかなか上手くいかない。


 体から剣に水が流れる。それを実践しようと模造刀を握る手に力を込めるが、腕の筋肉が突っ張るだけで、模造刀には何の変化もなかった。


「簡単にできるものでもない。エルフの様に魔術に長けているならそう簡単に出来てしまっては私も困るわ。……そうだ、昔使っていた訓練用の道具を貸してあげる」


 カーリアはポーチの中から金属製の小箱を取り出した。

 表面には直線が組み合わされた幾何学模様が彫られている。

 彼女は箱の上部に開けられた穴から、金貨を一枚入れる。そして穴を塞ぐ部品をはめ込んだ。


「魔力を上手く流し込めれば、これは開く様になっている」


 カーリアの持つ箱の溝に青い光が満ちていく。光が栓に集まると、栓が自然と持ち上がった。箱をひっくり返すと、中から金貨が転がり出た。彼女は金貨を再び箱にしまい、栓をしてジャックに手渡す。。


「もし、私に魔力がなかった場合はどうすればいい」


「魔力は誰しもが持っている。それに気づいて使うか、死ぬまで腐らせておくかはその人次第。エルフでない限り個体差はそうないわ。硬くなる事はない、気楽にやって頂戴」


 気楽も何も、まだそのスタートにもたっていないのだからそんな事を考えても仕方がない。


 試しにカーリアをまねて力を送ってみるが、反応はない。手元にはただの金属の箱があり、それを自分は握りしめているだけだ。


 明日も私はここにいるから、気が向いたら来るといい。

 別れ際にカーリアから告げられた言葉を耳に、ジャックはその場を立ち去った。

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