第56話

 大通りを脇にそれ、小道を進む。大通りとは打って変わって、そこは人通りは少なく、鼠が一匹路地を横切るだけである。シャーリーは迷う事なく進み続け、その後をアリッサ、エリス、ユミルが追っていく。


 少し歩いていくと、一軒の店が見えてきた。シャーリーはドアの前に立って、押し開いていく。


 カランカラン。


 扉に着いたベルが彼女達の入店を内部に伝える。

 暖かい色味のランプが店内を照らしている、落ち着いた雰囲気だ。右手にはボックス席が三つ。左手にはカウンターがあり、背丈の高い椅子が五つ並んでいる。


「いらっしゃい」


 カウンターから店主が顔を覗かせる。黒い背広。金髪を後頭部でまとめている。

 シャーリーは軽く手を挙げると、慣れた足取りでボックス席へと向かった。アリッサはシャーリーの横に、エリスとユミルは対面に座る。


「注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」


 店主はメニューをテーブルに乗せると、軽く頭を下げて、カウンターの奥へと戻っていく。


 そのメニューを開いてみて、驚いた。メニューに書かれている文字は人間の言語だったが、エルフが慣れ親しんだ料理の名前がずらりと並んでいたのだ。


「ここの料理、すごく美味しいのよ。きっと貴女達の口にも合うわ」


 シャーリーが言った。

 

 数分ほどメニューとにらめっこをした後、店主を呼び寄せる。


 山菜とキノコのパスタ。エゲケー。エッグケーキ。麦パン。フレスケスタイ。スモーブロー。そして食後にリンゴケーキ。

 店主はメモ帳にペンで走り書くと、ぺこりと一礼し、すぐに店の奥に戻っていった。


 食事が来るまでには少し時間がある。その間にアリッサとエリスは楽しげに話をしていた。

 学校はどうだの。エリスなら絶対受かるだの。最近好きな人はできたの、だの。アリッサが話を進め、エリスは時折顔を赤らめながらも、彼女の話に耳を傾けている。


「ごめんなさいね」


 ふとシャーリーがそんなことを言った。


「何がです?」


「うちの主人やアーサーさんが貴女達に失礼なことを言ったみたいで」


「ああ……」


 どうやら昨日の一件のことを言っているらしい。


「別にいいですよ。私もそこまで気にしてはいませんでしたし」


「そう? ならよかったんだけど。主人が言うには、お二人ともかなり怒っていたみたいだから」


「ええ。そりゃあ、まあ」


 改めて言われると、どことなく気恥ずかしさがある。ぽりぽりと頬をかきながら、ユミルは返事を返した。


「あの時はムカつきましたよ。あのアーサーみたいな人は私は大っ嫌いですし、あの人の言っていることを理解するつもりもないですし。思いっきり殴ってやりましたけど、今も反省はしてません」


「なかなかいい張り手だったって、主人が言っていたわ」


「ほめ言葉として受け取っておくと、ご主人にお伝えください」


 ユミルが言うと、シャーリーは微笑みながら頷いた。


「でも、今はあの人のことは理解しないってことで納得したんです。無理に納得や理解をしようとするから怒るのであって、それをしなければ、どうでもいいこととして片付けられますから」


「そうね。それが一番いいことかもしれないわね」


「人間誰もが理解しあえるわけがない。他人は他人。自分は自分。そんな当たり前のことを、昨日はちょっと忘れてしまっていたみたいでした」


 話もひと段落した、ちょうどその時。店主が料理を持ってやってきた。

 四人の目の前にそれぞれ注文した料理が並べられていく。


「いただきましょうか」


 シャーリーの合図とともに、四人は料理を口に運んでいく。そのひと時は、なんとなく家族と過ごした頃を思い出すようで、なんとなくユミルは懐かしい気持ちになった。

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