第50話

「失礼を承知で言葉を述べさせていただきますが」


 ジャックが困惑を見せる中、アーサーはガブリエルに向けてそう切り出した。


「お嬢様が危険な目にあったのは、元はと言えば貴方様が護衛の一人も雇わなかったからでありませんか。物騒な輩を毛嫌いするのは貴方様の自由です。ですが、お嬢様があんな危険な目にあってなお、護衛の一人も雇わないとは言いますまい」


「確かに、お主の言う通りではあるが。だが、彼の実力がいかほどなのか」


「それは心配には及びません。こいつの実力は私が保証しましょう。今回の事だけでなく、冒険者としての実績も中々のものだと聞き及んでおりますから」


「……お主がそうまで言うのだ。その腕前は確かなものなのだろう。もっとも、愛娘を人攫いどもから取り戻してくれたというだけでも、その力を示しているのかも知れないがな」


「そうですとも。ですから、今回の件を機に末永いお付き合いをなされては……」


「ふざけるな」


 眉根を顰めながら、ジャックが言う。言葉の端々には、怒りと殺気が混じっていた。


「ふざけてはいないさ。こっちは大真面目だ」


 ジャックの言葉を意に介すことなく、アーサーは言った。嘲笑とも取れる笑みを浮かべながら。ジャックの顔から表情が消え、ただ殺意のみが彼の顔に浮かぶ。


「……何やら君らの間には確執があるようだが、どうだろう。この件を考えてみてはくれないか」


 ジャックの殺気に気圧されながら、ガブリエルは声を掛ける。アーサーを睨んでいた彼の目が、ガブリエルを捉える。


「何もつきっきりで警備に当たってくれとはいわん。私や娘が外出する時にだけ護衛として着いてくれさえすればいい」


 ジャックは無言でガブリエルの言葉に耳を傾ける。

 ガブリエルはなおも言葉を続ける。


「報酬には色を付けて払おう。どうかね、考えてみてくれんか」


「ことわ……」


「いいんじゃない」


 ジャックの声を遮って、何者かの聞き覚えのある声が飛んでくる。ジャックはその方へ目を向ける。そこにはユミルが彼の隣に立ち、ジャックを見上げていた。


「何を言っている」


「貴族様から直々に指名されるなんて滅多にないんだし、この際受けちゃいなさいよ」


「君は、エルフかね……」 


「ええ。エルフですよ。初めまして、ユミルと言います。この人と一緒に仕事をしている冒険者です」


 ユミルはガブリエルの手をとり、握手をする。


「ユミル君、といったかね。では、受けてもらえるのか」


「ええ。勿論ですよ。こっちも仕事があって困るような事はありませんから。ちなみに、報酬には色を付けると言っていましたが、それはどのくらいに…」


「おい」


 ジャックはユミルの肩を掴む。するとため息とともに彼女が振り返り、彼に向けて話し始める。

 

「貴方があのアーサーって人を嫌っているってことは分かったわよ。だけど、それとこれとは話は別。貴方の機嫌で仕事を不意にするなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。子どもじゃないんだから、そういうのは分けて考えなさいよ」


「だが……」 


「それにね。指名の依頼は本当に貴重なのよ。良い依頼は掲示された瞬間に取り合いになるし、残った依頼はそれ相応に報酬も安いものばかりになる。貴方もそれぐらい分かるでしょう」


 ジャックに喋る隙を与えず、己の話を続ける。ユミルの所為ですっかり苛立が抜けてしまった彼は、面倒臭さをため息に乗せて口から吐き出した。


「貴方だけだったら、それでいいわよ。でも、エリスちゃんの事を考えれば、少しでも収入が多い方がずっといいでしょう。少しは冷静になって考えてみなさい」


 鼻を鳴らし、ユミルはジャックとの会話を締める。そしてガブリエルに向き直り、交渉を始める。


「報酬の相場は大体金貨がこれくらいになるんですけど……」


 金の話になって、いよいよユミルの目が輝き始める。仕事人の目だ。

 ジャック共々金額をひけらかすことを恐れ、手の甲をジャック達に向けて、内側をガブリエルに向ける。手の内側に金額を示しているのだ


「ふむ。ならばその倍額を支払おう」


「……本気ですか?」


「ああ。何だ、足りぬか」


「い、いえ、とんでもない。十分過ぎるくらいです。ただ、本当によろしいのかと……」


「心配には及ばんよ。このくらいは支出の内にも入らん、はした金だ」


「はした金って……」


 ガブリエルの言葉に唖然とするユミル。今になって目の前の老人が貴族であることを彼女は思い知る。


 平民と貴族の懐事情と金銭感覚は比べるべくもなく、むしろ比べる事の出来ないほど乖離している。


 自分たちの感覚で貴族の財布事情を気にするのは、考えてみればおかしな話だ。


「……ふっかけてみるものよ。ほんと」


 交渉を終えてジャックの脇を通る間際、ユミルがポツリと呟いた。


「それで、どうかね。ローウェン君」


 念には念をとガブリエルが訊いてくる。


「……わかった。受けよう」


 ガリガリと頭を掻いた後、ジャックはそう答える。ガブリエルは目を細めながら満足そうに頷いた。


「ではそれを祝してという訳ではないが、今回もその同額を報酬として払おう。少し、待っていてくれ。エマは着いてきなさい。コフィ、皆さんにお茶を」


「かしこまりました」


 コフィは深々と一礼して、素早く部屋を後にしていった。


 何もない部屋だが、くつろいでいてくれ。そう言い残しエマを連れてガブリエルは部屋を出ていった。


 つかの間の静寂。重苦しい空気が室内に漂う。

 その原因を作り出したのは、ジャックの発言であることは間違いない。ユミルの言動で少しは濁らせたが、払いのけるには至っていない。

 

 帝国軍、軍人達の物言いたげな視線が、ジャックにつきまとう。

 ジャックはさして気にもしていないが、ユミルは心底胃が痛くなった。

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