第39話

 夜の闇は相変わらず濃い。

 帝都を離れていくに連れて目の前が黒一色になってしまう。


 先頭を行くコビンと最後尾を行くカーリアのランタンに灯がともる。二人の間に挟まれるようにジャックとユミルが馬に乗って進んでいく。


 時刻は虫も泣き止む丑三つ時。虫の羽音も鳥達の囀りも聞こえてこない。

 ランタンの明かりを頼りに、彼らは闇の中をひた走る。

 ユミルがコビンのすぐ横に馬をつけて、親しげに話しかける。


「ところでさ。コビン君がお嬢様の居場所を見つけたって聞いたけど、どうやったの」


「ああ、それはですね」


 そう前置きをしてから、少し間を開けてコビンが語り始める。


「始めは、犯人達はどうやってお嬢様を路地から運び出したのだろう、というちょっとした疑問から調べたんです。人気のない路地で貴族様方を襲うのは護衛も着いていなかったという事なので容易かったでしょう。ですが、お嬢様をその場から連れて行くとなると、目撃者がいないのはおかしい。そうは思いませんか」


「それなら、気絶させて大袋か何かに入れて出たんじゃないの」


「それも考えました。でも、もしそんな大荷物を持っていたとしたら、帝都入口の検問で引っかかると思うんです。最近人攫いが帝都でも横行していますから、大きな荷物は片端から調べる事になっています。手荷物程度なら見逃すかもしれませんが、人一人入るくらいの荷物です。兵士が見過ごすはずがありません」


「でも、そんな証言はなかった」


 ユミルの言葉にコビンは頷く。


「だったら、お嬢様を殺してバラバラにして持って行ったんじゃない。それなら手荷物で済むはずだし、貴族様から金をいいだけ毟り取ったら、後は捨てるなり嫌がらせに貴族様の元へ送るなりやればいいんだから」


「……恐ろしいことを考えつきますね」


引きつった頬を動かして、コビンは言う。


「そうかしら。私は普通だと思うけど」


ユミルはあっけらかんとした表情で答える。


「でも、それも違います。犯行があった場所にはスタンリー様と殴られた際にとびちった血痕があるだけでした。もし、あの場で殺されてバラバラにしたのだとしたら、辺り一面血の海になっているはずです」


「じゃあ、どこか別の場所で」


「それもないでしょう。あの路地は建物の間にはありますが、入り口や裏口の類いはありません。ユミルさんの考えるように、もし仮に建物の中に入って殺害しようとすれば、一度大通りに出なければなりません。でも、近くで露天を開いていた商人はそんな人たちを見ていない」


「じゃあ、どうやったのよ」


「地下道を使ったんです」


 まるで教師が教え子に言い聞かせるように、コビンはユミルの問いに答える。


「地下道って、下水が流れてるあそこ?」


「ええ。あの路地には地下道に降りられる穴があります。簡単には降りられないように石蓋がかぶさっていますが、それも開けられない訳ではない。男三人が力を合わせれば難なく持ち上げられます」


「でも、そこを使って逃げたという証拠はないんじゃないの」

 

「お嬢様の血痕です」


「……さっき血痕はお坊ちゃんのものだけだって言ったじゃない」


「見えるものはそれだけした。自分が見つけたのは血の匂いです。これでも、嗅覚には自信があるんですよ」


 自分の鼻を掻きながら、コビンはすこし胸をはりながら答える。


「路地の血は拭かれていましたが、地下に降りてみると点々と血が続いていました。それを追っていくと外へと出ていました。場所は帝都の西側にある橋の下です。急いでその場を離れたんでしょう。馬車の車輪と馬の足跡がくっきりと残っていました。それを追っていき、砦の場所に辿り着いたという訳です」


 「へえ」


……

…………

………………


「何であの人を連れてきたの」


カーリアが言う。


「必要になると思ったからだ」


 顔を向ける事をせずに、ジャックは後ろにいるカーリアに声を返す。


「私たちだけでは足りない、ということ」 


「お前達の実力がどれほどのものなのか、私は知らない。実力の知れない奴に私は背中を預ける事は出来ない。私の知る限り、それが出来るのはユミルだけだ」


 「それは、私たちに実力がないって言いたいの」


 「そうではない。だが、実際に見てみなければ、使えるかどうかの判断はしようがない。何かの信頼を得るためにはある程度の嘘がいる。だからこそ、疑ってかかる」


 「……でも、貴方達に迷惑を掛けるようなことはないわ」


 「ならば、大いに働いてくれ。そして、それが嘘でないことを証明してみせろ。お前の実力を認めるのはそれからだ」

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