第33話

 村で二日ほど過ごした後、帝都への帰途についた。

 村を離れる際に、エリスは名残惜しそうに何度も村を振り返って見る。

 だが、とうとう見えない所までくると、その顔を前に向けた。

 ジャックは横目でエリスの顔を覗き見るが、その顔は何か吹っ切れたように晴れやかだった。

 

 帝都についてから早々にエドワードの元を訪れた。

 あのミノスという牧師の言葉を確かめるためだ。


「その牧師が言うには、帝国軍から弔うようにと依頼されているとか。それは本当なのか」


「ああ。本当だ」


 エドワードは言った。


「俺たち兵士は任務で様々な場所にある村を回る。エルフの村しかり、ドワーフの集落しかり、リザードマンの住処しかりだ。だが、一度に回る村の数は多く、一つの村に滞在する時間はあまりない。村人が死に絶えているなら、なおさらだ。お前も目の前で見ただろう」


 エドワードはメダルをジャックに投げ渡す。


「任務のために速やかに村を回らなければならない。だが、死人を弔ってやりたい。そこで、帝都にある教会や宗教団体に依頼をして、死人の弔いをしてもらうようにしてもらっているんだ」


「では、これもその一つなのか」


「そう。だが、それは他と違って、最近になって現れた団体だ。確か名前は…」


 言いかけたエドワードはすっと立ち上がり、壁に据えられている棚の引き出しをあけ、何かを探し始める。


「走り書きでもしておいたのか」


「ああ。俺も何度かそっちの依頼をした事があってな。折角だから控えておいたんだ。っと、あった、あった。これだ」


 エドワードが取り出したものは、くしゃくしゃになった一枚の紙だ。

 皺を広げてみると、確かに何かの名前が書いてある。

 その横には、あの教会の紋章もあった。


「えぇと。セント・ジョーンズ・ワート教会。この前依頼したばかりの所だ。創立は昨年のルブの月。教会の創立者はミノスという男だ」


「そう、そのミノスが牧師とともに村にいた」

 

「へぇ。創立者直々に村に赴いているとは、感心だな。……で?」


「……で、とは。なんだ」


「お前が俺のとこまで来て、この教会の事を聞きにきたんだ。何かあるのだろう」


「いいや。何も。ただ、少し気になっただけだ。もう、興味も失せた。帰る」


「おい、急だな。もうちょっとゆっくりしていってもいいんだぞ」


「いや、聞く事は聞けたし、もう用はない」


 そう言い残してジャックはエドワードの部屋を後にする。

 残されたエドワードは肩をすくめて苦笑するばかりだった。


 大人しく椅子に腰掛けると、エドワードは紙に書かれた文字に目をやる。

 紙には、教会の紋章と名前が書かれている。

 だが、その字は彼の書いた文字ではない。


 筆記体で流暢に書かれている文字は、彼の上司であるアーサー・コンラットが書いたものだ。


 『死体の処理はここの者達に任せろ』


 それだけを言われて渡されたこの紙に書かれている場所に行けば、あの妙な男に出会った。

 正直、あの手の男はエドワードは嫌っている。

 上司の命令でなければ、わざわざ近寄ろうと思わなかった。


 それに妙な話でもあった。

 これまでは教会の指定などしてこなかったのに、しかも、アーサーが直々に指名するなんて。


 表に裏に、紙を色々な方向に動かして眺めるが、それも飽きて机の引き出しを開けてその中に入れてしまう。


 お上の考える事はいつも分からない。

 だが、考えても仕方がない。

 そうやっている方が、余計な不満を持たずに職務に集中できる。


 貴族の馬鹿連中に猫をかぶってやるのも、これもまたそういう心持ちがあっての事だ。

 それがなければ、今頃エドワードの身は牢の中、それか吊るされてカラスにでもつつかれていることだろう。


 知らない事は調べない。

 危ない事には近寄らない。

 特に、帝国の頭に関することには、気をつけなければ。


 しかし、あのジャックがこんな事に興味を持つとは意外だった。

 自分の事かエリスの事以外にあいつの気を惹く何かがあれにあるのだろうか。


 頭の片隅でそんな事を考えつつ、背もたれに寄りかかり、提出された報告書を流し読む。

 兵士の訓練記録。

 備品の補完。それらもろもろの雑事の色々が書かれている。


 世はなべてこともなし。

 何もない日常こそ、誰もが願う平和なのだから。

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