第32話

 装備の買い出しに、ジャックは帝都の小道を進んでいく。

 路地を進んでいくと辺りの町並みは煉瓦から木造に。

 木造のものからついに建物の一切がなくなった場所へとつく。


 用水路に架けられた橋を渡ると、煙の昇った煙突が見えてくる。

 煙を目指して進んでいくと一件の平屋があった。

 辺りには他の家はなく、その家だけがぽつんとそこにあった。


「いるか」


 扉を叩き、声を掛ける。だが返ってくる声は一つもない。

 扉に耳を当てて中の物音を聞き取ろうと試みるが、中からは何の物音も聞こえない。

 煙が上がっているから、中には人がいるはずなのは確かなのだが。


「おい、誰かいないのか」


 今度は強めに扉をたたき、ジャックは声を張り上げる。


「何だ、喧しい」


 その声は家の脇から聞こえた。

 そちらへ目を向けると一人のドワーフが現れた。


 筋骨隆々。その言葉がこれほど似合うものはいるまい。

 筋肉質の太腕が肩口から露出し、手には金鎚を握りしめている。

 ドワーフを特徴づける長い髭や小さな背丈。衣服は煤と汗によって黒く汚れている。


 このドワーフの名をバルドという。

 帝都の鍛治屋であり、帝都の中でも名匠と名高い職人だ。

 ただ、気が難しいところがあり、客足があまり続かないのが難点だった。


「……ああ、アンタか」


 ジャックの顔を見るや否や、面倒臭そうに顔を歪める。


「頼んだ品はできているか?」


「ああ、できてるよ。こっちだ」


 金槌で肩を叩きながら、バルドは家の扉を開けて中へ入る。

 ジャックもその後に続いて、家の敷居をまたぐ。

 金槌。鉄床。十能。鍛冶屋の道具が壁にずらりと掛けられている。


「ほれ、これだ。持っていけ」


 バルドが店の奥から持ってきたのは、彼の背丈よりも大きい物体だ。

 白い布にくるまれたそれをジャックの前に置く。

 布に手を掛けて、一気に覆いを解く。その下から現れたのは黒一色に染まった鎧だった。


「注文通り、だろ」


「ああ」


「しかし、今の時代黒檀なんて骨董品で鎧を作れなんてな。一体どんな爺様が言ってんだと思ってたが、テメェみたいな若造がご所望しているとは」


「慣れ親しんだ鎧の方が動きやすいだけだ。珍しいものでもあるまい」


 ジャックは言いながら鎧に手を伸ばし、その身につけていく。

 全身に身にまとった本黒檀の鎧。

 艶のある黒は光沢を持ち、美しい曲線を描いている。

 鎧を身につけたまま腕を動かし、足を上げ、飛び跳ねる。


「……思ったより軽いな」


「胸当て、篭手、具足の装甲板を防御に支障がない範囲のぎりぎりまで削った。なるべく軽くしてやったつもりだが、どうだ」


「いや、充分だ。ありがとう」 


「そりゃ、よかった。なら、さっさと帰れ。俺もまだまだ仕事が残ってんだ」 


 しっしと手をふって、ジャックを追い返す。

 ジャックは財布から金貨を五枚手にとり、バルドの前に置く。


「また頼む」


 そう言ってジャックは踵を返して、バルドのもとを後にする。


「気が向いたら、作ってやるよ。またきな」


 ジャックの背後からバルドの言葉と、すぐに聞こえてくる金槌を打ち付ける音が追いかけてきた。


 そのあとは消耗品や傷薬を買い足し、夕方には宿への帰途につく。

 宿の中では給仕服に身を包んだエリスが、フロアの床を掃除していた。


「おかえりなさい」


 一旦手を留めて、エリスがジャックを出迎える。


「今夜も仕事か」


「ううん。今日はこれでおしまい。ディグさんが早く上がってもいいって」


「そうか。じゃあ着替えてこい。話を聞かせてもらおう」


「わかった。すぐ着替えてくる」


 エリスはとてとてと小走りに階段を昇っていく。

 後ろ姿を追いながら、ジャックはカウンターにいるディグのもとに歩み寄る。


「今月の家賃だ」


 家賃分となる金を、カウンターに置く。

 ディグは受け取ると一枚一枚を数えながら、自分の財布の中にしまった。


「大学に行くそうだな」


「エリスか。前々から決めていたようだ。アンタは聞いてたのか」


「ああ。だいぶ前からな。お前は反対しないのか。あの子が大学に行く事を」


「止める理由はない。そこまでの義理はないし、あいつの人生を束縛するほど私も暇じゃない。自分の身は自分で守る。あいつが自分で言っていたんだ。好きにさせてやるさ」


「そういうものか」


「そういうものだ」


 ディグと話し込んでいるうちに、階段から勢いよくエリスが駆け下りてきた。

 そしてジャックの向かいに腰を下ろすと、大学の資料をテーブルに広げた。

 

 魔法大学は魔法使い、魔術師を志す人々に広く門扉を開いている。

 入学にかかる費用はない。

 授業で使う魔導書、そ参考書などを購入する際の費用だけは別途払う必要がある。


 入学できるのは集団試験での合格者に限られた。

 内容は学校側が提示する魔術を行使できるか否かを問うというものだ。

 聞けば単純だが、本当に魔術の才能がなければ容赦なくふるい落とされることになる。


 確かにエルフが大学に籍を置く事も出来るらしいのだが、条件が幾つか提示される。


 一つ、大學に籍を置く事を認めることと引き換えに、故郷へ帰郷を禁じ、帝都でその一生涯を送らなければならない。

 一つ、大學で学んだ技術や魔法は全て帝国の為に使わなければならない。

 一つ、もしこれらを破る事があれば極刑に処す。


 この他幾つかの要件や罰則があるが、大きく括ればこの三つに集約される。

 エルフが力を取り戻す事を封じる目的と、帝国の力をより強めるという目的からの条件だろう。


 入学試験は二ヶ月後

 場所は知らされず、案内人が直接出迎えに来るのだそうだ。

 親、もしくは近親者、もしくはそれと同等な者の付き添いは認められている。


 一通りの話を言い終えたエリスは、急に下を向いて、指を絡めていじり始める。

 話を聞き終えたジャックは、不思議そうにそれを見守っている。


「あのさ。試験の日に、一緒に来てもらえないかな」


 先ほどまでのハキハキと喋っていた彼女は何処へ行ったのか。

 急に尻窄みに声が小さくなっていく。


「一人でも問題ないはずだろう?」


「そうだけど。ほら、もしも襲われたりしたら、怖いからさ。貴方がいると安心できるというか、なんというか……」


 なるほど。確かに帝都も他の場所よりは治安はいいが、決して安全とは言い切れない。

 人さらいは未だに横行しており、その他スリや暴力沙汰など、荒事は後をたたない。

 その中に武力を持たぬエルフが飛び込んでいくのは、恐怖するのは無理からぬことだろう。


「確約はできないが、努力はしよう」


「うん。それでいいわ」


「それで、他にはあるか?」


「ううん、あとはいい。……今日はもう疲れたでしょ。私の用事はそれでいいから、それじゃまた明日ね」


 顔を上げて立ち上がったエリスは、すぐに踵を返して階段を駆け上がっていった。

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