第22話

 翌日からジャックとエリスの引っ越しが始まった。

 と言っても、そう大層な荷物があるわけではない。


 エリスの場合には、シャーリーやアリッサからもらった衣服と下着。

 ジャックの場合は新たに買い足した衣服と、武器、装備があるくらいで、大した量はなかった。


 荷車に詰め込んでみると、それでもあまりが出た。

 隙間を埋めるように、エドワードが選別だと酒をいくつか詰め込んでくれる。

 準備は朝のうちに終わり、午後には出発の途についた。


 家で見送るとばかり思っていたが、エドワード達は、引っ越し先にまでついてきた。

 そこまでする必要はないと、一応ジャックは断ってみたのだが、アリッサのためとそれなりの理由をつけて、エドワードは彼の言い分を聞き入れようとはしなかった。


 こうなってしまっては仕方がないと、ジャックはそれ以降何も言うことはしなかった。諦めもあったが、エドワードの言い分も理解できたためだ。


 エリスと寄り添うようにアリッサと、そしてシャーリーとが仲良く歩いている。

 それはそれは楽しそうで、どこか邪魔のできない雰囲気がある。

 どうしてついてくるのだと、問い詰めることこそ無粋というものだろう。

 そのくらいの甲斐性は、ジャックにもわずかにながら残っていたのだ。


 アパートに到着すると、ディグに挨拶をして、部屋に入る。

 荷物を用意された箪笥に詰め込み、部屋の掃除をする。

 五人で分担してしまえば、あっという間に方が付く。

 それから男二人は酒を酌み交わし、女三人はシャーリーが用意した紅茶を楽しんだ。


 気づけば夕暮れ時に差し掛かっていた。


 引っ越し祝いにと、この日はエドワードの好意によって、ささやかな夕食会を執り行われることとなった。

 場所は一階のディグの店。

 本来は居酒屋という名目なのだが、金を払ってくれるのであれば、酒を飲まずともいいという風だった。


 テーブル席を用意して、料理を注文する。

 ディグはそれを聞き届けると、厨房へととって返す。

 そして再び姿を現した時には、トレーにいくつもの料理を載せていた。


 ミートソースをかけたパスタ。

 鉄板に乗せられた熱々のハンバーグ。

 湯気のたったシチュー。

 カリッとあげられた細切りのポテト。

 チーズを混ぜ込んだ焼きたてのパン。

 クラッカーに果実酒。


 どれもこれもが食欲をそそり、芳しい匂いを放っている。

 子供達が急いで手をつけて、その後を大人達がゆっくりと味わう。

 ディグは他の客の応対にせわしなく動き回っている。

 しかし、忙しさをおくびにも出さずに淡々と料理を運ぶ様は、なかなかどうして目を奪われてしまう。


 この店は一人で切り盛りしているという話だが、なるほど確かにあの様子では一人で事足りる。

 妙に納得してしまったが、エドワードに促されてジャックは食事に戻った。


 さて、夕食会が終わって、エドワード家族との別れがやってきた。

 別れを惜しむように、アリッサとエリスは何度も会う約束を取り交わしている。

 短い間に随分と仲良くなったものだ。ジャックは静かに感心する。


 そしてついに二人きりになって、部屋に戻る。

 互いのベッドに横になって、あとは朝になるまで眠りに通までだ。


 …………

 ………………

 ……………………


 それから何時間が過ぎただろうか。気配を感じてふと目が覚めてしまった。

 やおらに起きようとした時、個室のドアが開かれる音が聞こえた。

 肩越しにチラとみてみると、そこにはエリスが立っていた。


 彼女はおもむろにジャックの方へと歩いてくる。

 そしてベッドの脇に止まると、じっと彼の背中を凝視する。


 一体こんな夜中に何の用だろうか。

 疑問に思いながらも、彼は背中を向けたままで様子を見ることにした。


「わがままを、聞いてくれて、ありがとう。それと、ごめんなさい」


 ポツリとエリスがつぶやく。

 それは自分の願いを聞いてくれたジャックに対しての、心からの感謝と謝罪だった。


「貴方にしてみれば、いい迷惑、と思う。それは、私にも、わかる。見ず知らずの子供に、無理強いされて、きっと怒ってるよね」


 自虐するような口調でエリスは言葉を続けた。


「だから、これからは、自分のことは、自分でやる。貴方に迷惑をかけないように、ちゃんと働くし、貴方の助けになるように、頑張る。長い間貴方の世話には、ならない。約束する。だから……」


 どうか、見捨てないで。

 そう言い残すと、エリスは足音を忍ばせて部屋を出ていった。

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